誕生日とバレンタイン


12月に入って、年末年始の予定を確認する。
来年のカレンダーや手帳を見ながら、はどうしようか悩んていた。2月になって慌てるのも嫌なので、先に一人の予定を聞いてどうするのか決めないといけない。

(当日逢えたらいいけど、どうかな~)

夏に両想いというものになり、一人と籍を入れた。一人はすぐに村に戻ってきてほしそうにしていたが、流石にがすぐに仕事を辞めることができなかった。むしろ勤めている治療院からは引き留められたし、どうにか続けられないか打診もされている。治療院の院長になる話を蹴って辞めるというのも不義理だと思ったので、は年度末までは仕事を続けようと決めた。
一人にもそう伝えて、どうにか納得してもらっている。結構渋られたが。だいぶ嫌な顔をされたが。この男こんな顔をするのかとは本気で驚いた。何だかんだ眉間に力が入っていても澄ました顔ばかり見ていたので、あんなにも渋い顔をするのは初めて見たように思う。その話をしたあとに村にいる間の一人の甘え方が尋常ではなかったので、は多少面倒くさいと思いつつも好きにさせてしまった。両想いになる直前の自分がとんでもなく面倒な女だったので、一人のそのくらいのワガママも甘え方も何となく受け止めてしまっている。その甘え方も膝枕程度だったりするので、まあ、可愛いものだと思っている。一人が自分に甘えている状況がむず痒い。嬉しいと思ってしまっているので受け止めるしかない。
夏の出来事以降は予定を合わせてデートをしており、冬になっても変わらず続いていた。
2月18日に書いてある予定を見て、はどうしようか悩んでいる。

(っていうか、誕生日祝うのって何年振りだろう。……高校生以来?)

10年以上経っていることに驚いてしまった。しかも学生の頃はバレンタインと一緒くたに贈っていたので、しっかりと誕生日を祝うというのもあまりなかった。そもそも中学校以降は試験期間とも被ってくるので中々一人の誕生日を祝うのも難しかった。
社会人になってからもこの時期に会うことは早々なかったし、わざわざ電話をすることもなかった。毎年手帳を買い換える度に、一人の誕生日をちゃんと書き加える程度には祝いたい気持ちはあったのだが、片想い中は実現しなかった。
一人の誕生日を、今年は祝うことができる。

(……祝っていいんだよね?)

10年以上祝ってこなかったので、急に祝うのも驚かれるかもしれない。引かれたらどうしよう。
誕生日を祝われるのは煩わしいと思うタイプだったら、逢わないほうがいいのだろうか。
籍を入れてからの一人の愛情表現を見るにそんなことはないだろうが、当日急に祝うのはやはり止めておこうとは考えた。
そもそも祝うにしても、何を贈ろうか悩ましい。一人の好みが結局籍を入れても解らないままだった。何でも食べるし気になった知識は何でも吸収する男に、自分の貧相な脳みそでは最適な贈り物が全く思いつかない。
高校の頃に診療所で住んでいたときにバレンタインと別で贈ったものは手袋だったが、あれもだいぶ悩んで何とか絞り出したプレゼントだったので、今回も頭を抱えている。

(ネクタイはつけないし、ネクタイピンも無理でしょ、ハンカチ……財布、靴……? いや普段使いするやつは好みのもの自分で買うよな)

流石に両思いというものになって初めての誕生日プレゼントなので、ある程度は頑張りたい。頑張りたいが、一人の好みが全くもってして解らない。靴に関してはサイズも解らないので、贈るほうが迷惑だろう。
医学書が一番喜ぶかもしれないが、そんなもの一人が自分で手に入れてることがほとんどである。診療所の本棚を久しぶりに見たら信じられないほど蔵書が増えていたので、持っていなくて一人の欲しい本を探すほうが難しそうだった。

(食事奢ろうかな……)

アリだな、と思った。自分だったら嬉しい。
けれども流石に一人の手元に残るものを贈りたい気持ちもある。自己満足でしかないが、指輪も貰っているのである程度しっかり祝いたいし贈りたい。

「うーん……」

聞いた方がいいだろうな、と考えを打ち切っては開いていた手帳を閉じた。思いつかなかった虚しさには蓋をした。


***


「――誕生日」
「そう、お祝いしたいけど、予定どうなのかなって」

年末に帰省して、何やかんやしながらの実家で一人と鍋をつついている。
1月はいつなら逢えるか話をし始めて、流れで一人の誕生日をどうするかが聞けば、少し驚いた顔が見えた。

「……ごめん誕生日祝うの嫌だった?」
「いや、違う。そういえばあったな、と思い出しただけだ」
「あ~まあ、忘れちゃうよね」

仕事ばかりだと余計である。そろそろ自分の年も覚えていられないのはも実感している。
日程を詰め合わせて、の中での本題を伝える。

「ご飯奢ろうとは思ってるけど、何か欲しい物ある? 考えはしたんだけど良さそうなの思い浮かばなくて……」
「飯だけで構わんが」
「え~何か欲しい物出して」
「……物じゃないと駄目か?」

一人にそう言われては「えっ」と声を出してしまった。それはつまりアレだろうか。

「エッチなことしたいってこと?」
「お前俺を何だと思っているんだ」
「漫画とかでよく見る定番かなって」
「そうなのか……」
「いや待って真に受けないで漫画の話だから」

真面目すぎて天然なのではないかと、最近一人を見ていては思う。生真面目もここまで来ると中々面白い。
だがしかし誕生日に物以外で欲しいと言われたら、発想が貧困なとしては自分の身体しか思い浮かばないのも事実である。

「治療でいい」
「ええ……別にいつでもできるじゃん」
「最近頼めていない」
「ああ、まあ。そうだけど」

夏以来、共に過ごすことに重きを置いているせいか一人がに治療を頼むことがなかった。の休みに合わせて逢っているので、治療を頼めなかったのもある。言えばはやってくれるだろうが、休みを合わせて逢おうとしているのにそれは何だか違うので、一人は頼めていなかった。の治療院に行けば良いのだが、行けばの帰りを待ってしまうだろうし、そのままズルズル一緒にいるのが目に見えていたので何とか一人は我慢していた。
一人の言い分には理解をしたが、それは結婚する前でもやっていたことなので、もっと他のことがないのか言い募ってしまう。

「いや、言ってくれればいつでも治療するからもっと何か、欲しい物とかない? 診療所で使う消耗品とか」
「それは経費で買える」
「うーん、一人の服とか……」
「足りている」

と問答をしながら、一人自身から貰うなら何が良いか考え始めた。
から贈られた服は着るのが勿体なさそうだと、一人は頭の隅で思ってしまう。着ないのも勿体ないが、からの贈り物を使ってしまうのも勿体ない気がした。大事に仕舞っておきそうである。

(10代の頃は遠慮なく使えていたんだがな……)

学生の頃にから貰った手袋は穴が開くまで使ったが、一人は捨てるのを最後まで躊躇っていた。
が村から出て行ったせいで執着の度合いが強くなった今、からそういう日常使いの物を貰ったら、使い込むか使わないかの二択になりそうだと考えてしまう。

(――どうせ貰うなら、これだろうか)

『はい、誕生日おめでとう』
『使ってもらえれば、えーと、嬉しい』

高校の頃に、そうやってから誕生日プレゼントを貰ったことを思い出しながら、一人は口を開く。

「手袋でもいいか」
「手袋!? いやいいけど、誕生日に!?」
「ああ」
「いや必要ならもっと早く買いなよ!」
「……」

そうじゃない。
この分だと高校の頃に贈ってきたことは忘れていそうである。

「えー、じゃあ1月逢えるときに贈ろうか」
「いや、2月で構わん」
「ええ……」
「持っていないわけじゃない」
「あ、そうなの」
「高校の頃に貰ったのが、存外嬉しくてな」
「…………、…………」
「覚えていないか」
「覚えてるよ、何贈ろうか静江おばさんにもめちゃくちゃ相談したもん」
「……そうだったのか」

穴が開くまで使ったことを一人が報告すれば、は驚いていた。

「安物だったんだからすぐ買い換えて良かったのに……」
「嬉しかったと、言っただろう」
「…………」

一人が素直に言葉にすれば、はもごもごしながら飲み物に口をつけた。
こうやって言うとは素直に折れてくれるのを、想いが通じてからのこの半年で一人は学んだ。他の人間に言うには憚られるが、になら言うことができる。
はコップを元に戻すことなく口を開いた。

「手袋以外贈れなくなるようなこと言うの止めてよ……」

飲み物を飲んでる素振りだけで、コップから口を離さないのは顔を隠したいのだろう。辛うじて見えるの頬周りが真っ赤だった。
一人は「そうか」と言いながら、別に毎年貰っても構わないな、と考えてそのことを伝えた。
毎年貰えるなら、遠慮なく使いこむことができるだろう。の顔をしっかり見ながら、一人は楽しみにしていることを口にして、の顔がさらに赤くなるのを見て笑った。

「祝ってくれるだけでも構わんがな」
「安上がりな男」
「そうだな。に祝われるのが10年以上なかったからな」
「……お互いそうじゃん」
「ああ。だから祝ってもらえるだけありがたいと思っている」
「…………」

はやっとコップを机に置いたが、何故か凄んだ顔で一人を見てくる。

「――お、美味しいもん食べに行くよ!!」
「睨み付けながら言う台詞ではなくないか?」
「うるさいなバカずと! 食べたいもの考えておいてよ!」

あまり食に好みがない一人はの好みの物で構わなかったので、の気に入っている店がいいと伝えた。
何故かまたに凄んだ顔で見られて怒られたが、の好きな物を共に食べたいことを伝えたら静かになった。ここまで言えばは自身の一番好きな店を選ぶだろう。
に赤い顔で睨み続けられたが、一人は自分の誕生日に予定が埋まる幸福感に包まれてあまり気にならなかった。


***


「――はい、誕生日おめでとう」
「ああ、わざわざすまない。ありがとう」
「本当に手袋で良かったの?」
「飯も奢ってくれたのだから、貰いすぎなくらいだろう」

そもそも誕生日をわざわざ祝ってくれるだけ、一人はとても嬉しく感じている。
母の静江が死に、父親も村井さんも診療所に帰ってこなくなってから、誕生日を面と向かって祝われることは激減している。村の人が思い出したら祝ってくれるが、わざわざ当日にこうやって個人的に祝ってもらえることは早々ない。
祝ってくれるのがなのだから、それだけでも笑みが零れる。逢うだけでも構わなかったが、祝ってくれると言うのならお言葉に甘えて食事もプレゼントも貰ってしまった状況である。

「そもそも一番欲しいものはまだ貰えんからな」
「え、何やっぱり欲しいものあるの?」
「早く村に戻ってきてくれ」
「……4月まで待ってってば……」

あと一カ月半程度だが、されど一カ月半である。10年待てたので短くはあるが、それでもまだが村に戻ってこないのは変わりがない。夏に入籍してから、一人がずっと欲しいものはこれしかなかった。

「だから飯とこれで良いと言っている」
「……ん、ごめんね。ありがとう」
「きちんと戻ってきてくれるなら、それでいい」
「うん。――うん、休み動かして早めに戻ってこれるようにするから、待ってて」
「ああ」

来年は、何も気にせずと共に誕生日を過ごせるのだろう。一人はそれが嬉しくて微笑んだ。
一人のその顔を見て、も目尻が下がった。一人のこんな顔を見れるのは、も嬉しい。

「――そうだ、他のも今渡していい?」
「他?」
「こっちバレンタインで診療所の皆の分」
「解った」
「こっちは一人用」
「……俺に?」
「えっ、あ、やっぱりチョコ苦手だったりする……? 一応こっちはビターなやつ選んだんだけど」
「いや、普通に食べられるが、いいのか貰って」
「え、贈るの駄目だった……?」
「すまん聞き方が悪かった。誕生日も貰っているのに、バレンタインまで良いのかと」
「――今年から、ちゃんと贈れる、から」

個人的に、一人に贈ることができるからと、は続けて言う。
一人は数拍その意味をしっかり咀嚼して、噛みしめながら「そうか」と相槌を零した。

「……誕生日と分けて貰えるのは、やはり嬉しいな。――ありがとう」

その日、何ではまだ診療所に来ないのだろうかと理不尽なことを一人は思ってしまった。早く診療所に来てくれればいいのにと、と籍を入れる前にも考えていたことをまた思う。待っててほしいと言われたばかりなのに、が村にいないことが寂しく感じられる。
春はもうすぐだが、こんなにも待ち遠しく、早く春になってほしいと初めてのことを一人は考えた。


あとがき:
2025/02/18
公式で神代一人の誕生日出たので書いたんですが、完全に連載後の話になりました。本編で出す設定ちょろっと書いてますがそういう感じですガハハ。
絶対水瓶座だと思っていたのでガッツポーズしてました。地味に中学以降は祝われにくい時期だな~って感じ。っていうか早生まれでこの体格マジ?
誕生日おめでとうございます。