「貴方はワールドカップユースで、日本と対戦して良かったわね」
「ほう、何故そう思う?」
「出逢ってから初めて人間らしく見えたのが、その時だったから」
「失礼、変な単語が聞こえたのだが?」
「変じゃないし間違えてもないわよ」

色んな意味で、ドンを始めアメリカメンバーが日本メンバーと戦ったのは良かったと、は思っている。
日本と戦っている時のドンは、余裕も何も無い状態だったけれど、それでもとても格好良かった。頂きに立ち挑戦者を迎えうつその姿は、とても雄大で気高かった。けれどもそんなにも必死な姿だったからこそ、初めてドンが10代の人間らしいと思ったのだ。
正直人間なのかこの人、怪物とかそんな領域の人じゃないのだろうかと常々思っていたにとって、あんなにも何かにしがみ付いて頑張っているドンは人間臭さが溢れ出すぎて何故だか笑えるほどだった。
初めてなのだ。初めて、ドンが自分と同じ次元の人間だったのだとあの試合を見て実感した。自分は選手とは程遠い観客席だったとしても、とても近くに感じられた。それほどドンが近かった。あんなにも必死な彼はこの先見れるかどうかも解らない。
あの試合の後、ドン自身も随分変わったように思う。
だから、は自分自身にとっても、ドンにとっても日本メンバーとの試合はして良かったものだと信じて疑わなかった。

「初めてだったのよ、貴方が自分と同じように必死に頑張れる人間だと思ったのは」

ただの怪物ではなかった。自分と同じように、必死に生きている人だった。

「人間離れしていたと?…褒められていると取って良いのか?まあ凡夫からしたらそう思うかもしれんが」
「そうよ、貴方怪物よ」
「失礼だな」

彼女の自分に対して凡夫と平気で言うこの男もどうかと思うが、自分もこの男を怪物だと思っているのでお相子だと思った。
怪物だけれど、全てがそうではなかった。そう解っただけでも、随分この人との距離が近くなったように感じた。

「…が俺に甘えるようになったのは確か日本と戦ってからか」
「あら、解ってたの」
「解らないほうがどうかしている」

ドンが自分とそう変わらないのだと気付いてから、何だか壁が無くなったように感じたのだ。まあ自分自身が勝手に彼との間に壁を作って距離を置いていただけだが。
それくらい、彼とは距離が有ると思っていたのだ。勝手に。

「人間らしいところも有るって、気付いたから」

だから、日本メンバー達には感謝している。ドンを更に高みへ近づけてくれて、ドンが人間だと気付かせてくれた。
お陰でそれなりに仲良くやっていた程度のドンとの仲も、深くなれた。

「…見損なったと言う奴も多かったが?」
「あれを格好悪いと思う輩は放って置けば良いのよ。あの時のアメリカメンバーを侮辱できる程の人間なら、その内テレビや新聞に出るわ。その時に貴方がショックを受ければ良い。…あの時のドンほど、貴方がアメフトをやっていて…本気で勝って欲しいと思ったことは無いよ」
「…俺もだ」

俺も、あの時ほど勝ちたいと思ったことは、無い。
そうやって掠れた声でドンは呟いた。目と目を合わせて、近くでその声を聞いているから聞き漏らすことは無かった。
ドンの膝の上に乗りながら髪を撫でた。顔を近づけて喋ることにも慣れて、昔では想像できないほど彼氏彼女らしい関係になった。ドンから腰を引かれることは数多かったけれど、自分からドンに近付いて身体をくっ付けるなんて無かった。きっかけは、やはりワールドカップユースで日本との試合だろう。

「お前が俺から離れなかったことも少し驚きだったんだがな」
「あらそうなの。喜ばしいことに私はあの試合のお陰でドンへの愛が増したわ」
「…それは日本チームに感謝せねばならぬのかな」
「そうよ。日本のチームメンバーに感謝しないと駄目よ」
「あまりしたくはないな」

少しだけ眉をしかめて渋い表情をするドンには笑った。彼からしたら感謝したい存在でも、あまり表立ってそういう事をしたい相手ではないだろう。
初めて苦汁を味わった相手だ。けれども初めて心の底から認めて勝ちたいと思った相手でも有るだろう。
はドンから贈られた品を身に付けている左手を、ドンの顔に添えた。意外と子どものようなことを考え思い、言葉にするドンが面白かった。こういうのが可愛いということかもしれない。この巨体と風貌には絶対に似合わない言葉だから余計笑えた。

「なら私が勝手に感謝しておくわ。ドンは好敵手が出てくれたことを神に感謝していれば良いんじゃないかしら」
「そうだな」



09/10/04
ドンは日本戦以降、ちょっと変わったんじゃないかなあという勝手な願望。
今までの短編のその後的な話に捉えてもらえればかなりヒロインの心情が変わったように思えるはず。
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