が綺麗ですね」

「そうですね」
「………」

あ、日本語の練習だと思われてる。タタンカは直ぐに解った。
片言の日本語で発して、彼女は流暢な発音で返してきた。返してきた意味はキチンと理解出来る。つまるところ通じてない。
ドンに教えてもらって言ったのは良いが、通じてないのでは意味が無い。
少しだけ思案する。何故この言葉が愛してるの意味になるのかと、ドンから教えてもらった話を思い出した。

「…は月が好きですカ」
「うん、好きです」

自分に合わせた会話をしてくれるに好感が持てた。英語が通じるから、解らなくなった時もフォローしてくれる。
何故か持っている参考書が敬語ばかりの日本語なので、自分のモノにするまでは敬語で日本語を扱う。そのせいで随分滅茶苦茶な日本語だが、も自分に釣られて滅茶苦茶な口語表現を使うようになった。ドンに自分達の会話は面白いと言われたことまで有る。
は解らない所だけじゃなく、間違ってる所はキチンと指摘してくれるから、かなり練習になる。
それを理由に何度も彼女に話しかける訳だけれど。

は、何で月が好きですカ」
「綺麗だから、かなあ」
「他には有りますカ」
「うーん、手が届かないから、憧れます」

タタンカの身長なら、自分よりも月に近いね。笑いながらそうやって話す。
確かによりも月に近いかもしれない。それでも遠いけれど。
目線を上げた空には月が浮かんでいる。今日は空が晴れているから雲もきちんと見えた。
見上げる月は大きく高く、何処までも遠い。

「タタンカは、月の何処が好きですか?」
「…と一緒、です」
「綺麗だから?」
「ハイ」

日本人は表情が乏しいというのは嘘だとタタンカは思う。ワールドカップユースでもそうだったが、身振り手振りが苦手なだけで、表情は多彩だと思う。
ただ単に人見知りが激しいというのも有るのかもしれない。とりあえず今は、が初期よりも表情が生き生きしている。それだけで自分はただの知人から友人になっているのだろうと勝手に舞い上がっていた。
自分とのやり取りで微笑んでくれるは、自分の周りに居る女性よりも魅力的だった。

「俺は、」

また今度こうやってまた月を一緒に見れれば良いと、思う。
友人でも恋人というカテゴリでも良い。出来れば、恋人のカテゴリで一緒に見たいとは思うけれど。

と一緒に見る月が、綺麗だと思いまス」

彼女の特別になれれば、また何かが違うのだろうと勝手な願望が出てくる。

「……そうです、か」
「そうです」
「それは、好きな人に言う言葉だと思うのだけれど?」
「だから、に言っタ」
「…そうですか」
「そうです」

今日はとりあえず、このまま無言で彼女を送って終わるだろう。
怖がるかもしれないから、あまり近付かずに、普通に家の前まで送って帰ろうと思う。好かれたいから行動に出たいけれど、それで嫌われたくもなかった。バッドならここで手を繋げだの抱きしめろだの言ってくるかもしれない。でも、はそういうことが嫌いだろうと、何故だか思った。
嫌われるくらいなら、先に振られたかった。振られた後に、行動に出て嫌われたい。
何とも後ろ向きだと思う。好きになったのが同国のアメリカ人なら、こんな行動しなかったかもしれない。

「タタンカ」
「…何ダ?」

戸惑ってる彼女から話しかけられることは無いかもしれないと思っていたから、僅かに驚く。
緩く歩く足とは別に、心臓はとても速かった。ちょっと苦しい。
が上を見上げるのを横目で見えた。この2m10cmよりも高い、あの月を見上げている。
未だに苦手と言うが、きちんとした発音で彼女は英語を喋った。

『今日の月は綺麗ですね』
「…
『昨日一人で見た月よりも、綺麗です』
「……、………」

気付いたら息をのんで閉ざしていた口を、開ける。短いけれど深く息を吐いた。
いつの間にか下に顔を向いているの腕に、手を伸ばす。

今日という日の終わりは、幸福で終わりのようだ。タタンカにはそれが堪らなく嬉しかった。



09/10/28
タタンカには月が似合う。
日本メンバーには敬語使わなかったけど、ヒロインには使う所が個人的には萌えポイント。
っていうか私がタタンカに敬語使わせたかっただけかもしれませんすみません。

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