「私も、殺しますか」
「…いいや。だが、紫の上に仇名すなら、その首掻っ切る」

少し暗い部屋の中、市松は数馬と向き合っていた。数馬三成の、ただ一人の嫁だ。

「…そこまで時代も、戦況も読めない女だと思われているなら、腹立たしいことこの上ないですね。腰巾着様が」
「あの男、嫁にまでそんなこと言ってたのか…!」
「みんな思ってますよ」
「おま、」
「それでも、それなりの名前は残りましょう」
「…」

数馬三成の名は、どこにも残ることはないだろう。

「…恨みつらみでこの身も、子どもも生きていて良いことがあるとは思えません。この地を憎んでるわけでもない。今はもう、私も一市民です。…その代わり、紫の上だろうと、意見は言わせていって頂きます。それこそが、平等というものでしょう?」
「………ああ、もちろんだ」

女は怖いと、市松はこの時初めて思った。

「…アンタみたいに若くて才女なら、また縁談も舞い込んでくるだろ。まあ早いところ良い人見つけて…」
「でりかしーと言う物が無いですね。三成様とは恋愛結婚だったの覚えておいてそんなこと言ってるのなら、一辺頭を切り落とした方がよろしいのでは?」
「お、女一人と子ども一人で生きてくには辛いだろうから一応言ってやったんだろが!…数馬の、三成のことは、早く忘れろって言いたかったんだよ!」
「それこそ最低にも程が有りますね。どれだけ辛くても私は結婚しませんよ。あの人は、結局私しか嫁にしなかったし、花街に通うことも無かった。私もあの人しか愛しませんでした。これからも変わりません」
「…アンタ本当難儀な性格してるな」
「ええ。潔くても、しつこいのですよ」

ただただ主君の為に生きたあの人を好いたのだ。それは、変わらない。

「ああ、そう。私の名字は、このままで良いでしょう?まあ元に戻せと言われても戻しませんが」
「そりゃアンタの自由だろ。…数馬

その時初めて、少しだけは微笑んだ。
数馬の名前は、そのまま絶えることは無かったと言う。



11/08/19
お前どんだけマイナーなの書くんだよって自分で思います。解る人居るのかこれ。
黒の王と一緒に沈んだ、あの人の嫁さんです。顔好みだったから、死んだ時はちょっと寂しかった。
このヒロインは、死ぬまで名字は変えません。数馬三成以外の男に嫁ぐことは、ありません。
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