「え、ランドまた夜遊び?」
「夜遊びって…いやまあ、間違ってねーけど」

言う通りだが、何だかガキくさい言い方だ。いや、本当に間違ってはいないのだけれど。
微妙な顔をしながらランドは財布を持って笑った。

「ま、いつも通りだな。クレイと二人っきりになれんだから、別に良いだろ?」

そう言って片手を上げて部屋から出た。の返事なんて聞かずに。

(ちゅーかいい加減そういうことすれば良いのによー。付き合って暫く経つのになんっっっにも無いなんて本当あり得ない)

自分が居るからだろうと、ランドはそう思って今回は財布的に厳しいが外に出ることに決めたのである。この二人そんな関係で本当満足なのか?と丁度思っていた所に入った宿は、一部屋しか取れなかった。三人で、一部屋。これはもう自分は居ない方が良いと誰がどう見たって言うだろう。

(んー、とりあえずまあ、明日の昼ごろ戻ってくれば良いかなー。あんまり早く戻ってきて気まずい格好見たらアレだし)

そう思いながら街の中を機嫌良くランドは歩いていった。





「まーた、何でお金そんなに無いのにああいうことするかなー」

ランドが出て行った後、は一人でそう呟いた。クレイはエアーの世話をしてここには居ない。そろそろ戻ってくる頃だろう。
…まあ、ランドはいつも通り出て行ったと言えば良い、かな。
手袋を外し、装備も軽くしながらはちょっとだけ、寝るときどうしようかなーと思った。ランドが帰ってこないなら、ベッドは二つあるから誰がどこで寝るとか話し合いになることはない。しかしまあ、うん、二人きりなわけだ。好きな人と二人っきりだ。
キスもしたし怪我の治療で背中を見せたりもしたが、それ以上のことは全然だった。別段急ぐ気もないし、ランドも居るしでまあ時期が来れば流れに身を任せれば良いかなーとは思っていた。クレイもそんながっつくような人でもなかったし。
それでもまあ、今回はランドが居なくてクレイとは同じ部屋で。そのクレイとは一応恋人同士なわけで。

(うーん、…ううーん…。うん、とりあえず綺麗な下着用意しておこう…)

いや別に、そういうことが有るって決まったわけでもないけれど。別段期待してるわけでも、ないけれど。いやでも万が一と言うか。一応、用意だけだ。
夕飯食べたらお風呂に入って、…いや、剣と馬の手入れと、今日の筋トレなんかも済ましてからの方が良いから、夕飯前までに出来ることは全部しておこう。そうしよう。それからお風呂入って、綺麗にしておこう。

(…期待してるわけじゃ、ないけどさ)

寧ろちょっとだけ怖いのかもしれない。無くても良いと、思っている。
それでもやっぱり、綺麗にして、下着もちょっとは可愛いの付けておこうと人知れず思った。いや、見られるって決まったわけでもないけどさ。
悶々と考える。足音がしてハッと我に返るまでは。

(…あ、ちょ、クレイに何て言えば良い!?とりあえずランド居なくて、えーと、今日二人っきりだねって?)

それって誘ってる風に見られないか!?頭を抱えて唸った。
その間に足音の主は部屋に入ってきてしまう。クレイはランドと違ってノックをして数拍待ってから、ドアを開けた。
を見て、もう一人居ないことに疑問を持つ。

「あれ、ランドは?」
「えーと、いつも通りに夜の街へ」
「あいつ…。所持金そんなにあったかな」
「いやー、微妙だと思うなあ。それでも行っちゃったんだよね」
「そうか」

案外普通に会話できてる。そう思っては自分をちょっと褒めた。うん、意識しなければ良い。やっぱりそうしよう。そういう夜のことを考えてたら多分相手にも伝染してしまう。よし出来るだけ考えないようにして、それでもやらないといけないことは済ましておこう。
そうして今度はが馬の世話をしに行こうと、立ち上がった。

「あ、
「ん?」
「ごめん、昨日の火の番のせいでちょっと眠いから、先に寝てる。夕飯一人でも大丈夫?」
「へ?ああ。うん。…うん、それくらい大丈夫。今から馬の世話行くから、静かに寝てて良いよ」
「ありがとう」

…しまった。そういえばそうだった。部屋から出てはちょっとうな垂れた。
そういえば昨日はクレイが火の番で、しかも途中モンスターに襲われてクレイはそんなに眠れていない。すっかり忘れていた。寧ろ何でフォローできなかった自分。自己嫌悪では自分の頬を叩きたくなった。何て、気が利かないのだろう。クレイに謝っておけば良かった。
外に出て、自分の愛馬の愛くるしい目を見て、は愚痴を言いそうになった。馬相手に。

「…一人で勝手に考え込んで、馬鹿みたいだね」

丹念に手入れをして、今度は素振りをし始める。その後はいつも通り筋トレをする流れだった。いつもと、同じ。
そうしてその後は食事をして、風呂に入って寝る準備だけだった。髪を拭きながら部屋に戻る。
部屋は暗かった。小さく部屋のランプに火を付けて、はベッドに座る。
明日は何時に起きようか。向かい合わせのベッドに寝ているクレイをぼんやり見ながら、どうでも良いことを考えた。別段直ぐにこの街を出るわけでもないし、クエストを急いでるわけでもない。ああでも、ちょっとだけ財布が寂しいからダンジョンのマップは何個か欲しいかもしれない。でも別に朝早く起きてすることでもなかった。

(…まあゆっくり寝てよう)

は髪の毛を乾かして、そのまま眠りに付いた。





ふんふんと鼻歌を漏らしながら階段を上がって、目的の部屋に辿り着く。普段やらないノックを、一応してみた。
ちょっとして中の気配が動くのが解る。その後直ぐにドアが開けられた。

「何だランドか」
「おーうただいま」

クレイがドアを開けて、ランドはそのまま部屋に入る。もう太陽も真上に昇っているのに、ランドから物凄い酒の匂いがしてクレイは少しだけ顔を歪めた。
ランドはとりあえず近く似あったベッドに座る。昨日は沢山酒を飲んで、しかもこの二人のために良いことができた。気分が悪くなるほうがおかしい。

「酒臭いぞランド」
「あー、飲み比べしてさあ。勿論勝ったんだけど」

へらへらと笑って、意味もなく手をぶらぶらしてクレイの言葉に答える。が居ないのが何だか気になって、今度は逆に尋ねた。

いねーの?」
「クエスト探しに行ってる。後は買い出し」
「ふーん」

気もそぞろだった。居ても居なくても正直今はどっちでも良い。しかし昨日の今日でもうそんな動くのか。そう思ったけれど、クレイの顔を見たら関係なくなった。
ニヤニヤしながらクレイに問いかける。

「ところでよー、どうだった?」
「…は?」
「いやだからさー、とどうだったんよ?細かく言わなくても良いけどさ、流石に昨日くらいは…」
「………」
「………」

あれ?と思った。

「…いや、ちょっと待った。クレイさん?」
「…多分お前が思ってるようなこと、してないよ」
「いやいやいやいや!だってお前、二人っきりだったろ!?」
「おれ一昨日そんなに寝てないんだよ」
「はあっ!?だから寝たのお前、先に!?」
「…そうだけど」

目すら逸らさずにクレイはきっぱり言い放った。おいおいおい、ちょっと待ってくれよ神様。
ランドは身体に残ってた酒も吹っ飛んだ。びっくりだ。酔いなんて醒めてしまう。

「うっわー…ありえない。マジで?ないだろ普通。むしろお前…」

もそんなんで良かったのか?クレイにそんなこと聞きそうになった。
思わず半目になってクレイを見る。思いたくないが、クレイって…。

「…使えないわけじゃないよな?」
「凄い失礼なことをあっさり言うなよ」
「いやだってよう」
「…ハア」

クレイは普段はつかないような溜め息をついた。ランドの言いたいことも、解るけど。

「…お前に言うことじゃないからなあ」
「え、何、マジで使えないの?」
「違う」
「えー、本当かよ。に言えなくてもおれには言えるだろ」
「だから違う。そういうんじゃないよ」

というか、本当に昨日は眠かった。夜中に一回だけ起きたけれど、それ以外は熟睡だった。
…まあ、うん。確かに、昨日の状況で寝るっていうのは、有り得ないだろうけど。でも、肩にあんなにも力が入ってるにどうこうしたいとも思わなかった。

「…と言うか、もう気を使わなくて良いよ。別におれ達にはおれ達のペースがあるから」
「いや遅すぎだろもう既に」
「良いんだよ」
「有り得ないって」
「だから気にしなくて良いって」
「うっわー本当信じらんねー」

そう言ってランドはベッドに寝転んだ。「あーもう良いや。寝る」そう言って直ぐに寝息が聞こえる。
クレイはまた溜め息をついて、ランドを起こさないように静かに装備の手入れをし始めた。





昨日、期待してたのはだけでもない。自分だって、それなりに期待はした。
したけれど。

(あんなにも肩に力が入って、緊張してるのを見るとなあ)

普段通りに振舞っては居たけれど、力が入りすぎていた。緊張してるのが丸解りで、どう接すれば良いのか逆に解らなくなって眠ってしまった。
夜中に一度だけ、起きたときはも熟睡していた。向かいのベッドで、静かに寝息を立てている彼女を見てクレイは何故か微笑んだ。

月明かりだけを頼りに起き上がって、静かに気配を消してのベッドに近寄る。見下ろす彼女の寝顔は、幾らかあどけなく見えた。窓から入ってくる月明かりが丁度彼女の顔を照らしていて、ちょっとだけ不気味に見えるのかもしれないが、今のこの状況だと逆に綺麗に見えた。閉じている瞼と、うっすらと開いた唇が、この暗闇ではっきり見える。
立ったままだと触れなかったから、クレイは気を使いながら静かにの寝ているベッドに腰を下ろした。もしかしたら気配や振動で起きるかもしれない。まあでも、起きても別に良いけれど。何の関係も無かったりしたらこの状況はおかしいけれど、そういうわけでもないし。起きても起きなくても良いと思った。
多分、起きたらそのまま抱くんじゃないかと、クレイはぼんやり思った。起きなければ何もしない。夜這いをしたいとは思わなかった。
クレイは親指での唇に触れた。ふっくらしていて、自分とは違う気がする。柔らかかった。光源が月明かりなせいかいつもより白く見えた。そのまま指でなぞる。
ぞくぞくした。
今度は手のひらで頬全体を包んだ。軽く撫でて、の反応が無いことにちょっとだけガッカリしてる自分に気づいた。
どうやら、自分は彼女に起きてほしいらしい。心の中でだけで笑った。

(何か変態だなおれ…)

冒険者としてここまでされて起きないのもどうかと思うが、今は熟睡している最中だからしょうがないのかもしれない。実際ダンジョンの中でだと彼女は自分よりも眠りが浅い。眠りの深さをきちんと変えているから、まあこの状況でも起きないのはしょうがないけれど。
狸寝入りをしているようにも見えなかった。素直に残念だなと思う。
起きたら、本能のままに自分は動いているだろう。
頬から手を離して、クレイは上半身だけに覆いかぶさった。体重はかけないように、それでも顔だけに近づける。
顔を近づけて、一瞬だけ止まる。動く気配も、起きた気配も無い。クレイはそのまま口付けた。軽く触れて、離れる。
起きれば良いのに、と思ってる。起きたら多分、彼女はこんなにも暗い中でも解るくらい顔を赤くするだろう。それも見てみたい。
でも、このまま起きてほしくない気も、する。
投げ出されているの片腕を、クレイは自分の手で包む。その間に、さっきと角度を変えてまた唇を重ねた。
深くは口付けない。直ぐに離れて、とりあえず今回はそれで満足する。

「残念だな。…続きは、また今度」

小さく小さく、掠れたような声で呟いた。起きなかったが、悪い。
クレイはそうしてまた自分のベッドに戻って布団を被った。ああ、早くを抱けたら、楽なのかもしれないけれど。
無理をさせたくはない。無理矢理したい訳でもない。記憶に残るような二人の最初を経験したい。
でも、ちょっとだけを焦らしてるのは、クレイだけの秘密だった。

気付いてほしいけれど、気付いてほしくない。
それでも、気付かれたら、その時は。



10/10/11
うちのクレイは、申し訳ないことに結構変態くさいです。本当すいません。
あと未だに口調が掴めていません。すいません。
ランドとは結構シモの話もするんじゃないかと勝手に思ってます。まあ話を振るのはランドからだけなんですが。
それをサラッと返していると妄想。
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