ある街娘から見た二人

「わあ……、すごい人」

小さい街だった。村とは言えないが、村のように全員が住民を解っているわけではないので、それなりの大きさではあるとは言える。だが店はそこまで品ぞろえもよくないし、やはり流行が遅れてやってくるようなところだった。
その小さい街に住む、本屋の娘の日課は人の観察だった。読書も好きだが、人間観察も楽しいものだ。小さい街のわりに冒険者や商人が来ることも多いので、飽きることもなかった。
その日は天気のいい日だった。店を開ける前に洗濯物を終わらせて干してきたのだが、大成功である。この天気ならすぐ乾くだろう。
お店も窓を開け、換気をする。風はほどよく、気分が上がる。
今日は店の雑用はそこまでないので、日課の人間観察をし始める。読書もするが、この間仕入れた本はもう全て読んでしまった。次に新しい本が来るのは未定である。何せ小さい街だからだ。本をたくさん仕入れても捌けなければ意味がない。それでも興味のある本は仕入れてしまうので役得だった。収支は見ないものとする。
その日、目に止まったのは冒険者だった。身長の高い、黒の防具を身に纏った男性だった。とてつもなく顔がいいので街の年若い娘たちも時々振り返って見るほどである。
思わず先ほどの言葉が勝手に口から出ていた。あんな美男子、こんな小さい街じゃそうそうお目にかかれない。

(一人で冒険してるのかしら? そうするとだいぶ手練れ?)

人間観察だけでなく、色んな妄想までしてしまう。
どんな冒険をするのだろうか? どんな死線を乗り越えたのだろうか? 武器は? 魔法は使うのだろうか? 仲間はいるのか?

(答え合わせはできなくても、考えてるだけで楽しい)

時には勝手にそのまま頭の中で物語まで作ってしまう。それくらいゆっくりした時間が流れている店なのである。
その黒い冒険者は、はす向かいの雑貨屋に用があるようだった。あそこはこの街の何でも屋である。街の人間だけでなく、冒険者や商人もよく利用している店だった。そんな形で色んな人間が店の前を通るので、人間観察が捗るのである。

(あれ、もう何か先に買ってるのね)

外套を羽織っているので解らなかったが、手荷物があるのに気づく。冒険者でもう先に何か買っているとしたら、クエスト地図か、この街周辺の地図だろうか。地図自体なら自分の店にもあるが、大体ギルド辺りで冒険者は購入しているものである。
窓が開いているので、色んな音が耳に届く。あの冒険者が雑貨屋に入っていく音が聞こえた。
少し古い扉の音、扉に付いている鈴の音。冒険者の足音はさすがに聞こえない。そのまま扉が閉まる音。あの冒険者の顔につられている女性が、チラチラ雑貨屋を覗いていた。

(あんな人は、やっぱり貴族とかお姫様とかと一緒になるのかな)

でも村娘辺りとの燃えるような恋も絵になる。自分がそんな相手になりたいかと言われたら絶対に嫌だが(何せ今の本屋の生活を気に入っているのだ)、妄想をするのは別だ。物語を読んで心踊らすのは全くの別物だ。読んでいて楽しく、読後の満足感がある物語なら幾らでも欲しいのだ。
チラチラ雑貨屋を覗いているような、あんな女性に手を出すのは正直言って印象が悪い。そこは軽くあしらってほしいなどと性格の悪いことも考えてしまう。だからと言ってお硬すぎるのも困りものである。いや面白いことは面白いのだが。あの顔で恋に奥手なのはどうだろうか。

(――いや、……普通に美味しいわね……)

あの顔で好いた相手には奥手。大変美味しいと感じてしまった。何だかんだ顔のいい男の恋物語は何であろうと面白いのだろう。
代わり映えのない風景を見ていてもつまらないだけなので、ようやく窓から手元の本に視線を戻す。だがこの本も何度か読んでしまっているものである。楽しいことには変わらないのだが、それでも飽きが来たりはするものだ。

件の冒険者が出てきたのは、意外とすぐだった。というか本に視線を戻して本当にすぐだった。店内を見ていないのではないだろうか? それとも欲しいものが決まっていて店主に聞いて終わったのか。雑貨屋の扉が開く音がして、視線をまた上げた。

「まあ」

出てきたのは冒険者一人ではなかった。女性も増えている。身なりからして、その女性も冒険者のようだった。パーティを組んでいるのだろうか。先ほど男性を見ていた街の女性が何とも言えない顔をしているのも見えてしまった。
何せ女性のほうはそこまでパッとしない。いやこの場合男性のあの人が桁外れに顔がいいと言える。あの男性と一緒にいる女性が普通の人のわけがない……とは確かに思ってしまう気持ちが解る。だが選ぶのは彼自身であるし、女性にだって選ぶ権利はあるだろう。
元々素敵な男性だとは遠目で見ても思ったが、今はそのとき以上に見目麗しい男性だと感じる。それはつまり、そういうことだろう。

(すごいわ……女性が花開くことなんてよく聞くけど、男性もあるのね)

顔がいいだけで終わらない。今、女性冒険者の隣に立っているあの男性はとても幸せそうな顔をしているのだ。頬を染めているわけでもないが、嬉しそうに笑っているのがこの距離でも見て解った。あれは近くで見たら色気で死ぬのではないだろうか。見たいような見たくないような。
女性冒険者に視線を合わせ、目で微笑み、身のこなしで愛しさを伝えているようだった。
どんな人と一緒になるのか妄想してはいたが、いざそのサマを見せつけられて惚れ惚れしてしまうとは。愛した女性は大事にするのだろうか。

「あんな素敵な表情をするなんて、よっぽどお好きなのね」

思わず口に出てしまうほどの感情を持った。あんな顔で、冒険者なのだ。もしかしたら火遊びが好きな人かもとまで思ったりもしたのだが、多分それはないのだろう。
雑貨屋を出るときに扉を押さえて彼女に譲る仕草。重たくてかさばる荷物を持つ配慮。歩幅を合わせる気遣い。貴族のエスコートとはまた違う、その仕草と気遣いは、彼が本当に彼女のことを好いているのが解った。女性慣れしてるだけと言われたら確かにそうなのだが、それならばあの表情は一体何なのかという話だ。
愛しいと全面に出している、あの表情で女性慣れしているだけとは言えないだろう。

「うーん、でも……」

何だか女性はそうでもなさそうだ。というか、気にしていないというのだろうか。

(……えっ……もしかして片想い……?)

それはとんでもないことだ。あの見目麗しい男性冒険者が、女性冒険者に片恋とは。

(ああっ、でもそれはそれで楽しいわ!)

そう楽しい。言ったら何だがそういうのはとても楽しい。尾行して観察したいくらい楽しいことだ。悲しいかな、店から離れられないのでここからは妄想していくしかないのだが。
雑貨屋を出て二人は店前で少し話していたが、そのまま歩いていったのを見やる。最初にチラチラ見ていた街の女性は、声をかけられずに結局どこかに行ってしまっていた。だがしょうがない、多分声をかけていても勝ち目はなかっただろう。冒険者の女性に恋をする男性なんて、街の人を相手にしても楽しく感じないだろうし。これは勝手な偏見だが。
しかしとてもいいものが見れた。こんな小さな街で見れるものなんてたかが知れているのだが、今日はとてもいい日だ。日差しも温かく、だが空気は澄んでいて過ごしやすい。洗濯物はもう乾いているかもしれない。帰って取り込むのが少し楽しみだ。
結局彼が片想いなのかどうかは自分の勝手な妄想である。だがどちらでも別に構わないのだ。あれが片想いだろうが、自覚があろうがなかろうが。あれでもしかしたら両想いだったとしてもだ。どちらでも今の自分には関係ない。だが、素敵な場面を見せてもらえた嬉しさはある。
どうか素敵な日を過ごしてほしいと、名も知らない冒険者たちへ祈った。



24/11/11
旅してる間、クレイの片想い中。
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