手放すと思ったのだろうか。この俺が。忘れると思ったのだろうか。神である俺が。

離れた後のことは忘れるからと、だからこそ愛を欲しがるこの女が、愛しいと心の奥底から湧きあがってくる。だと言うのに今隣にいられるだけで満足だとも言う。物が欲しいとも何かしてほしいとも言わない。だが隣に居られるなら居たいと、そう願う。
髪を梳きたいと言う。共に茶を飲みたいと言う。共に闘いたいと言う。共寝をしたいと言う。朝起きたときに一番に挨拶をしたいと言う。
独占したいとは言わない。寂しいとは言わない。怖いとは言わない。苦しいとは言わない。愛されたいとは言わない。
それでも愛を欲しがる。
解らないと思ったのだろうか。目線も理解できぬと思ったのだろうか。思慕に気づかぬとでも思ったのだろうか。
お前からの愛情が、解らぬと、本当に思ったのだろうか。
恋を知らないわけではない。愛を知らないわけではない。情を知らないわけではない。
ただただここまでの感情を、俺は知らなかった。伝え方も解らぬまま、欲しいと願いながら欲しがらないこの女を愛しいと想う。

「世界が戻ったとき、記憶はなくなるんですよね」
「……ああ」

ですよねえ、前回もそうでしたもんねえ。そう返してくる。
苦笑しながらも、それ以上は何も言わない。その夜俺の隣で静かに泣いていたくせに、寂しいとも言わない。

全て元通りになったときに、その気になれば俺の元に置かせることもできるのに、こいつはそれを望まない。一言でも言えば、…言えば、言ってくれるなら、全て攫うのに。
言うことはない。望むこともない。欲しがることもない。こいつにはこいつの世界があって、こいつの人生があるからだ。人間の自分が俺の隣に立つこと自体奇跡だとそう思っていて、これ以上望んだらバチが当たるとそう言う。
離れた後の、俺のことは微塵も考えない。俺も忘れると思ってこいつは話してくる。

手放すと思ったのだろうか。この俺が。忘れると思ったのだろうか。神である俺が。
お前が望まないから、攫うことはしない。だがこの恋を忘れることは、お前が望んだところでしないだろう。
この恋は、お前が忘れても、俺だけは。



この恋は離さない


18/11/11
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