春の微睡と悪戯


春の陽気が気持ちいい日だった。日差しは温かく、風はほどよく吹いており、昼を食べたばかりのはとてつもなく眠かった。この仕事が終わったら絶対眠ってやる。そんなどうでも良い決意をしていた。
結局定時まで仕事をし、眠気がどこにも飛ばずにいたので仮眠をとることにした。もう本当無理眠い。帰り道で誰かにぶつかったりとかも嫌だしこれはもうしょうがない。しょうがない…誰に言い訳をしているのか解らないまま執務室の長いすに横になる。どうせ仕事は終わっているし後は帰るだけなので本当に少しだけのつもりだった。

少しだけのつもりが疲れていたのか春の陽気のせいか、はそのまま深い眠りについてしまった。


***


誰かに呼ばれている気がする。けれども身体を動かす気力もなく、声を出すこともできない。寝ているのだからしょうがない。というかこのまま寝かせてほしい。
少しだけ呻いた気がするが、気がしただけで声が出ている感じはしなかった。少し身じろいだが起きることもなくそのまま眠り続ける。
呼ばれている気がする。呼んでいる人が誰かも解らない。嫌な気配はないから知り合いだろうし身の危険を感じて起きることもなかった。
どうにもこうにも眠いのでそのまま眠り続けることにした。

また意識を深い場所に落とそうとしたとき、かすかに首を触られた。髪の毛をいじられたのかもしれない。
長いすで自分の腕を枕にし、横向きで寝ている状態だったから顔にかかってる髪の毛を直してくれたのかもしれない。とにかく眠いからどうでも良かった。
首が露わになったのか少しだけ首回りが寒く感じられる。
人の気配がする。けれども起きなければ、と思うほどの危機感はなく。

次に感じたのは首筋に少しの温かさとくすぐったさだった。
何だかよく解らないくすぐったさでまた身じろぐ。寝かせてほしい。
自分のではない、誰かの呼吸を感じる。近くに、誰かが、いる。
身じろいだ瞬間、首筋の温かさは一度離れた。その間にまた意識を手放そうとするが、さっきよりもしっかりとした温かさを首に感じる。何なんだと思ったが、その後また意識が遠くへ落ちて行った。


***


夢を見た。

何とも…何とも、いや本当何とも言い難い夢で、何というか、…自分は欲求不満なのだろうか。頭を抱えた。
夢の中でも寝ていたのだが、殿方に呼ばれたと思ったら首元に吐息がかかったのだ。そのまま好きにされるが、首元だけで終わったのがまだ良かった。生々しい感触を夢の中でも覚えている。吐息と、吸われる感触と、…あれっちょっと舐められたのもあった気がする。とんでもないことだ。どういうことだ。
そんな関係の相手はいないし、予定もない。何てことだ欲求不満なのだろうか。自分がする側ではなくされる側だったのはまだ女としての矜持か何かだろうか。夢に見てるだけもう駄目である。
そもそも仕事が終わった解放感で執務室で居眠りをしていたのが駄目だった。昼寝のときでなくて本当に良かった。…今日はもう帰ろう…。

支度をして執務室を出れば法正殿と出会う。手には書簡ではなく何に使うのかよく解らない布を持っていた。(以前の彼の武器とはまた違うものだった)
いつも通りの不敵な顔で声をかけられる。

「…居眠りでもしていたのですか」
「なっ、んで…」

解ったのか。そこまで声が出なかった。

「顔に跡がついてますよ」

バッと袖で顔を隠した。やってしまった。机を片付けて満足して身なりに気を付けていなかった。

「まあ仕事はきっちり終わらせているので別に構いませんが」
「…すみません、気が緩んだみたいで」

以後気を付けます。一応上官なので頭を下げながらそう言う。

(…あれ、何で仕事が終わっているのを知っているのか)

「寝るのも構いませんがね、女性なのだからお気を付けを」
「う、はい…」
「変な虫に刺されても知りませんよ」
「は?」

怪訝な顔をすれば法正殿は自身の指で首元を叩いた。何が何だか解らない。
今度はその指が自分の首元に来る。そこで首周りの服が緩んでるのに気づいた。

「俺とか」
「…は」
「ああ、終わっている書簡は頂きましたので。この辺はまだ治安が良いですが帰路お気を付けを」

それでは、と元の道を法正殿は戻っていく。

「え、えー……」

何で仕事が終わってるのを知っているのか。
何で終わった書簡を持っていってるのか。
…手に持っていた布は、掛けようとしてくれたのか。

「っていうか」

あれは、夢ではなかったのか。



19/09/08
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