ブレット 

第1回WGPで逢ったときに気付いていたが、まさかこの想いが続くとは思わなかった。




「ブレット!久しぶりね」
「ああ、変わらず元気そうだな」
「勿論!」

前に逢ったときと比べて少しだけ身長差が出来ていたのにブレットは気付く。の身長が伸びたのではなく、自分の身長が伸びた。ただそれだけ。
それ以外に変わったところはさして見られなかった。変わらない顔に変わらない仕草。
この日本人の女の子を好ましいと思い始めたのはいつだっただろうか。そんなことすらちゃんと覚えてなかった。気付いたら、だったとブレットは思う。
そうして気付いたら出来ていた想いがこんな所まで続いてしまった。何とも奇妙だ。まさか国籍も違う、住んでる国も随分遠い、この女の子に恋をしてしまった。

「日本のチームメンバーは変わり無いようだな」
「当たり前でしょー。え、もしかしてアストロレンジャーズは誰か変わったの?」
「いいや?ただ変わる可能性が有ったから聞いてみただけさ」
「そ?じゃあジョーに会えるんだ!ジョーも元気?」
「ああ勿論。だが自分の目で確かめたら良い」
「うん、そうする」

同じ女子だからかとジョーは仲が良かった。というか気付いたら女子全員がいつのまにか仲良くなっていた。社会適応能力が高いなあとブレットは人知れず思ったことが有る。敵同士だけれど同性というだけで仲良くなれた彼女らを素直に凄いとも感じた。
同姓と言うだけでと一緒に入れる口実が出来るのも羨ましいと思った。そう考えてブレットは女々しいな、と自嘲する。

第1回目のWGP、本当に後半の、最後の方でと普通に話すようになった。女子と喋る機会が無いわけでもないが、頻繁に話すことも無かった。チームのジョーと話すくらいで、他はチームのメンバーと、他チームの男子連中ばかり。別にそれが嫌でもなかったが、妙にと話すのは緊張したことだけを思い出した。
今思うと何で緊張する要素が有ったのか解らなかった。周りに居ないタイプの女子だっただろうか。

別に東洋人が好みと言うわけでもないのにに惹かれた。普通に、可愛いなと思った。
顔は欧米に比べて随分幼いのに、仕草や考え方はそれほどでもなかった。レツ・セイバも大人びた思考の持ち主だが、は時折それ以上の思考の持ち主だった。女子の方が早熟と言うのは間違いではないのを垣間見た。
そんな彼女からすれば自分達アストロレンジャーズの思考は子ども離れしすぎて怖いらしい。将来への目標の有無の差だろうかと自問自答していたのを思い出す。
今はそんなこともないだろうな、とブレットは思う。遊びにココまで夢中になってるし、本気で挑んだのに前回でのWGPではこの日本チームに負けてしまった。
思い返してみれば、自分はやはり子どもだったのだろうと思う。将来に繋がることでも有るが、再戦を望んで勝つつもりで練習を積んだし、鼻で笑っていたこの遊びを、楽しいと思っている自分達が居るのに気付いた。喜怒哀楽が意外に激しいのだというのも気付いた。熱血漢な部分も有ったのだと、解ったこともある。些細なことで舞い上がることも出来るのだと気付いた。

こうやって、また逢えただけで、嬉しいと感じているのだから。

「そういえば、英語は平気なのか?」
「うあー!それ言わないで!もう皆何を言ってるのか全く解らないの!WGPのメンバーが日本語喋れるから本当助かったわ…」
「時間が有ったら俺が教えてやるさ」
「え、本当?」
「ああ」

まあ現地で学びながら話したら直ぐに伸びるだろうとブレットは言う。まだWGPは始まったばかりで、終わるのは随分先の話。
それまでにこの見えない距離の差を埋めてやろうと、ブレットは思った。


08/12/19





 エーリッヒ 

この気持ちをどうしようか、どうしたら良いのか、それだけ考え続けてもう2回目の世界大会が始まろうとしていた。



(あ、居た)

エーリッヒは開会式直前、目当ての人物を見つけた。
去年の大会から、何故だか気になっている女の子。何故気になっているのか、理由は何となく解っているのに解らないふりをしている。理解して納得したら、自分自身がどうして良いか解らなくなるからだ。誰かに相談しても、自分自身が辿り着こうとしている答えに行き着くだろう。だがその後どうすれば良いのか、それは誰かに聞いてもどうしようも無い気がした。やはりどうしたら良いのか解らない。
この気持ちをどうしたら良いのか、全く解らない。
それでも自分の目は彼女を追っていた。変わっているようで、変わっていない。変わっていないようで、変わっている気がする。随分逢っていなかったから、何処がどう変わっていて、変わっていないのかが解らなかった。
喋りかけようか、どうしようか。普段ココまで優柔不断でも無いくせに、こういう時はどうすれば良いのか解らない。気になる相手だから、話しかけた方が良いのだろうか。でも自分は話術が上手いわけではない。下手、だと思う。そんな自分が話しかけてもどうしたら良いのか解らなくなりそうだった。女性とは何を話せば良いのだろうか?

(ああ、でも)

それでも、と話したい。

「…、」
「エーリッヒ!久しぶりー。元気だった?」

変わらない声音で話しかけられて、エーリッヒは思わず笑ってしまった。ああ、、だ。

「ええ勿論。も元気そうですね」
「そりゃあねー。大会ってなると楽しくって楽しくって。腕は落ちてない?」

当たり前よね?という副音声が聞こえてきそうな顔だった。自信に満ちている顔。それは自分に対してそれなりの評価をしてくれているからだろうか。そうだったら、それは嬉しい評価だと思う。答えは勿論一つだ。

「ええ、当たり前ですよ。こそ大丈夫なんですか?王座に胡坐をかいてたんじゃないですか」
「私がするわけないしー。豪ならしてたけどね。烈やJが居るのにそれは無い無い」
「それもそうですね」

チームメイトにも辛辣な言葉を投げるが、彼女は本当のことしか言わない。ゴウ・セイバは1位になったその戦歴に誇りを持ちすぎたのだろうとエーリッヒは考えた。自分も子どもだがそれ以上に彼も子どもだ。胡坐をかくことだって普通に有る。前回のアイゼンヴォルフはそれで負けたにも近いのだ。今回は油断も怠慢も無い。
こればかりはが居るチームだろうと負けたくないと思っている。

「今年、カップを持ち帰るのはドイツですから」
「上等ー。なら死守してみせるよ」
「ええ、お互い頑張りましょう」
「勿論!」

数ヶ月振りでも変わらないを見て、エーリッヒはまた微笑む。ああ、目の前の彼女は、は変わらない。
このに、多分恋をしたのだろう。
この想いをどうしようか焦るつもりはないが、第2回WGPが終わるまでには自分の気持ちをきちんと理解して来年後悔しないようにしたいなあと、エーリッヒは考えた。


09/05/17





 ミハエル 

手を、繋ぎたいなあと思ったのだ。



久しぶりに逢ってみてやはり自分はが好きなのだと思った。だって逢えて嬉しい。
ミハエルは歩きながら音楽を聴き、のことを考える。レース中苦戦している時はそれ相応の顔を見ることは有るが、それ以外は大抵笑っていた女の子。去年何度か話して、レースをして、知り合いの女の子や他のグランプリレーサーの女の子に比べてもっとと話をしたいなあと思うことが増えた。それから、一緒に歩いている時に思ったことが有る。

(でも思っても今はまだ難しいよねえ。僕年下だし)

彼女ならそんなこと関係無いように思えたがそれでも自分が年下なのは事実だ。この時期の1歳2歳と言ったら随分差が出てくると思う。ちょっとだけ自分の親を憎んだ。
は日本人だから童顔だが、精神年齢がそれに見合ってるわけではない。日本人の思考は幼いようで時折もの凄い大人なことを考えていると思う。こういう時も自分の国籍を恨んだ。自分が日本人なら、せめて年下だからと悩むだけだったのに。国が違うと色々面倒くさいなあと思う。

(そもそも逢えないし話せないし。僕が日本語話せるから会話はまだ良いけど)

それでも全部上手に想いを伝えることは難しい。普通の日常会話なら可能、という程度なのだ。難しい単語や、良く聞くカタカナ単語…外来語の単語は日本の発音なので解らないことの方が多い。会話をつまずかせることだって少なくない。そういう時歯がゆいなあと思う。

(電話だとお金がかかるし…。いや僕は良いんだけどは一般人だし。手紙とかだと僕日本語書けないし…)

そしてもドイツ語は解らない。話せても読み書きが出来ないのは痛手だった。これはもう勉強するしかないな、と溜め息をつく。何故第2回WGPのアメリカの土地に来てまで日本語の勉強をしようと思っているのか謎すぎると自分で思った。それでものためだからしょうがない。そして自分のためだから更にしょうがない。

と関わっていたいもんねえ。…あ、)

自販機の前で意中の後姿を見つける。アジアン特有の綺麗な黒髪だったから、解りやすかった。相手がだからなのも有るかもしれない。
何の臆面も無くミハエルは近付いて声をかける。

ー。何買ってるの?」
「ミハエル。お水だよ。流石にこっちの生水飲む勇気は無くて…」
「ああー。解る。世界共通のミネラルウォーターが有るの見ると安心して買っちゃうよね」
「そうそう。日本でもこれは有るから平気かなーと思って」

そう言っては買ったばかりのボトルを持ち上げた。しかし何故ただの水を買うのだろうか?

「コーラとかジュースとか買えば良いのに。何で?」
「えー、家族が健康志向だからなー。ジュースとかあんまり飲まない家なんだよね。あと水の方が安いって言うのが有るかな」
「へえ。日本人って本当貯蓄好きなんだ」
「貯蓄…うんまあ好きかな」

通帳にお金貯まっていくのを見ると嬉しくなるの、とちょっと照れながらは言う。自分には解らない感覚だった。そういうものなのか、とミハエルは思った。
共に歩きながらホテルの廊下を進む。自分の身長は伸びてに追いついているが、も今が成長期だ。中々追い越すことは難しいなあとミハエルは心の中で溜め息をつく。好きな子よりも小さいのは中々自分のプライドが傷つく。
そこで少しだけ歩みを遅らせて、自分側に有るボトルを持っていない手を、ちらりと見た。

(手、こういう時に繋げたら良いのに)

への恋心を最初に自覚したのはその思いからだった。と歩いていて、手を繋ぎたくなったのだ。自分の手が寂しかったのも有るかもしれないが、他の女の子とではそんな事考えたりはしなかった。にだけそんなことを考えたから、あ、そうか、と気付いたのだ。

(繋ぎたいなあ。の手、温かそう)

勝手な想像をして、膨らませた。でも別にが冷え性で手が冷たくても、それは自分が温めてあげれば良いやと思った。
想像するのは簡単だが実現するのは難しい。こればかりはレースの用にいかないから困った。

(うーん、大会終わるまでにどうにかしないと離れた時また辛いからなあ)

大会中、どうやって手を繋げられるまでいけるかなあと、ミハエルは勉強よりも不確かで難しいことを考えて、の空いている手をまたちらりと見た。


09/06/06





 J 

恋ってなんなんだろう。そう思うことが沢山有る。



例えば今見ているドロドロの三角関係も恋と言う。でも映画や漫画なんかで見る綺麗な純愛も恋と言う。自分がまだ子どもだから解らないのかなあと思ってしまう。どれも恋なのか。でも全く違うものにしか見えなかった。
愛にも色々有る。愛憎。家族愛。友愛。三角関係の恋も、綺麗な恋も、純愛とも言えるのだろう。
うーん、難しいなあと頭を捻った。

どれも恋になるのなら、この気持ちは恋と言うのだろうか。

ちらりと隣に座っているチームメンバーのを見た。たまたま部屋には自分と彼女しか居らず、一緒にドラマを見ている最中だった。
ドラマなどを見ていて不思議に思う。何でそんなに簡単に人を好きになれるのか?何で同じ人を好きになるのか?どうしてそんなになりふり構わず行動できるのか?不思議なことでいっぱいだった。いつか自分もそんな気持ちや行動を理解できるようになるのかと考えたが、これはドラマなんだからと妙に冷静な別の自分が言う。
結局恋と言うものはどういうことか解らない。
この隣の彼女に抱いている気持ちは恋なのだろうか?それすらも解らない。

「うーん、面白いけど…」
「何か寧ろ、女の人たち怖いね」
「そうだよねえ」

CMに入っては口を開いた。その感想にJも考えたことを言う。何と言うか、恋に振り回されているあの人物たちはとても怖い。
たった一人の為に自分の生活を滅茶苦茶には出来ないとJは思う。それならばどうやって皆が円満に過ごせるかを考えてしまうだろう。
逆にその人のためなら、自分の気持ちを押し殺すことだって自分はするだろう。自分の性格的に、誰かと誰かを取り合うなんてことは出来ないだろうなあと思った。

その内、彼女の隣に誰か別の人が現れたら、自分は姿を消すのだろうかと、そこで考えた。

(…それは嫌かもしれない…)

矛盾してる考えを抱く。でもうん、それは嫌だ。誰か別の人が彼女の隣に座って一緒に過ごす。考えただけでちょっと嫌だ。

(…恋してるから?)

確証は無かった。でももしかしたらコレが恋なのかもしれない。
不確か過ぎる気持ちだからこそ、ドラマみたいなことも成り立つのかもしれない。

(でもドラマとかみたいな三角関係は嫌だなあ。それなら、潔く振られる方が、良いや)

それ以上に、ずっと彼女の隣でこうやってテレビを見ていられたら良いな、と思ってまたドラマの続きをと一緒に見ていた。


09/06/17
J君は悶々と色々考えてるタイプだと思います。





 ユーリ 

第2回WGPでまた逢って気付くなんて、自分は意外と鈍感なのだと感じた。



第1回WGPが終わって祖国に帰ってから、ユーリは少しだけ後悔していた。
アメリカのメンバーやドイツのメンバーとはそれなりに面識も有ったから、結構話したりはしていたが、日本のメンバーは人によった。
リョウとは試合をした関係もあって、話すことも多かった。ゴウ・セイバ達とも、あの性格的に話すことも多かった。
唯一の女の子、とは、本当にそれなりとしか話せなかった。

女の子でミニ四駆をやってる人はそこまで多くない。サバンナソルジャーズは全員女の子だから、凄いと思った記憶が有る。
最初は興味と好奇心。こんな機械いじりなんて、普通の女の子はしないものじゃないのだろうか。
そこから少しだけ話をしていく。それでもビクトリーズの男子達と話すことの方が多かった。

話してみて良い子だな、と思った。抽象的で酷く曖昧な言い方だけれど、それ以上の言葉は無かった。
こちらの話題に合わせてくれる、笑ってくれる、自分に興味を持ってくれる。
それだけで随分話しやすいなあと思った。

「ロシアってあれだよね、世界一おっきな国で寒い所」

そう言われて思わず笑ってしまったことを思い出した。何とも可愛らしい言葉だ。
あと何故かボルシチの名前を出された。日本語の発音で最初戸惑ったが、世界三大スープとして有名で、ロシア語でならこう言うと教えたら面白がっていたのは記憶に新しい。他の国のメンバーと話をしていたら何故かやはり国の名物料理の名前を出されたと言われた。日本人は食に関してうるさいと言うのは本当らしい。自分もまあ、日本と言えば侍と寿司、あと相撲で妙な国のイメージは有ったので何も言えなかった。

「一年中寒いの?」
「そういうわけでもないさ。夏は30度越えたりする所だってある」
「え、嘘!すっご」
「夏と冬の差が激しいかな」
「あー、東京よりも寒いけど似たような感じ?」
「似てると言ったら似てるし、似てないと言ったら似てない。日本は四季がはっきりしてるからね」
「へえ。行ってみないと解らないなあ…」

そうやって話をしていて、そのままWGPが終わってしまったのだ。
終わってから少しだけ、後悔した。もっと話しておけば良かった。話をしている時は楽しかったのに、何でもっと話しておかなかったのだろうと、そう思った。次に逢うのは第2回WGPだ。それを考えたら何でもっと連絡手段とかを交換しておかなかったのかと、自分を責めた。

だから次に逢えたとき、何故だか凄く嬉しかったのを覚えている。

それでもやはり別チームだし、話が出来る機会は少しだった。でも合同練習やナショナルスクールで逢えたときは笑顔で話が出来た。
ロシア流の紅茶の飲み方を教えたら凄いと言われた。

「確かジャムを紅茶に入れるんだよね?」
「いいや、ジャムを口に含んで飲むんだ」
「は!?」
「日本に行ってみて驚いたよ。ロシアでの紅茶の飲み方は、ジャムを紅茶に入れるんじゃなくて口に含むんだ」

紅茶に直に入れるのはウクライナとかポーランドとかだったかな、そう続けて言ったがからしたら何処の国のことなのかも解らなかったらしい。どちらかと言うと、ドイツに近いと言ったら「へえ、」と頷かれた。
そうして本場ロシア式の紅茶を淹れて、一息付く。

「はあー…。凄いねえ。このポットも凄い凝ってるし。淹れ方も上手だし」
「…そうでもないさ」

自分のことも、国のことも褒められて何故だか嬉しくなった。
1回目と比べたら随分仲良くなったと思う。そこまで来てやっと気付いたのだ。

1回目の後、少し後悔した理由。
もっと話しておけば良かったと思った理由。
また逢えて嬉しいと思った理由。
こうやって紅茶まで振舞って構っている理由。

気付いて、自分は何て鈍感なんだと頭を抱えた。


09/06/27
本場ロシアの紅茶はジャムを口に含みます。しかし淹れる紅茶がもの凄い濃い、らしい。
調べてみると面白いものです。
何でジャムを直に入れないかって、紅茶の温度が下がるからなのと、更に紅茶の渋みが増すらしいです。
離れてから寂しいなあと思って、次に逢えて嬉しい幸せとか思える人は、恋愛・友愛含めて好きな人なのだと思います。





 ジム 

最初の印象は正直、悪かった。



何故かと言うと、アメリカ人に間違えられたからだ。「ジムはアメリカ人じゃ、ないの?」無邪気な顔でそんなことを、真正面から聞いてきた。もの凄く失礼だと思った。
よくよく話を聞いてみたら何だか色々混ざっていてそんなことを聞いてきたらしい。とりあえずまあ、英語を話していてお金の単位はドルだから、アメリカと間違えられても不思議ではないのだけれど。でも色々違い過ぎると思った。
カナダ人がアメリカ人と間違えられないように、国旗のキーホルダーを付けたりすると聞いたことを思い出した。気持ちが凄くよく解った。何故だか自分の国を馬鹿にされたような気がする。
そのくせ、たちは中国チームと顔が似てると言うと少し不機嫌な顔をする。「全く違うとは言い切れないけれど、結構違うでしょ?」そう言った。自分のことを棚に上げて何を言うのだろうか彼女は。そんな感じで、最初の彼女への印象は少し悪い。

(…だったはず、なのに)

気付いたら話が出来るだけでウキウキわくわく、更にプラスしてドキドキまでするのだから、自分は少しおかしいんじゃないかと思った。何故だろうか。
最初の印象が悪かっただけで、他は普通の、女の子だったからだろうか。
ちょっとしたことで直ぐに怒ったり、機嫌を悪くしたり、行き成りそっけなくなったり。異性は本当に良く解らない。シナモンもそうだが気分の上がり下がりが激しすぎる上に、理由が解らないことが多い。若干10と少ししか生きていないジムからしたら、かなり不思議な行動が多かった。
その不思議な行動に慣れてきて、次はどんなことをするのか、どんな話が出来るのか楽しみにするようになったのは、いつだっただろうか。
自分でも何で異国の、しかも初対面の印象があんまりよろしくない子を好きになったのかと問いたかった。いつまで経っても解けない問題だ。

(恋って難しいカヤ)

映画やドラマのように、ハッピーエンドのようにはいかない。かと言って、続きが気になるようなハラハラするような事も無い。

「…ジム、手が止まってるけど?」
「へ?あ、いや、考え事してただけキニ」
「そう?」

ナショナルスクールの宿題を解いている最中だったのに、考え込みすぎていたようだった。マズイまずいとジムはペンを握る手に力を入れた。
算数が苦手な彼女に、良い所を見せないと。

(算数みたいに、答えが一つで、解き方も簡単だったら良かったカヤ)

ちょっと溜め息をつきたくなる。でもそんなの、恋でもなんでもない、つまらない話でしかないかもしれないと、思い直す。
そうしてジムは、が解るような説明をするために答えまでの流れを頭の中で考え出す。
とりあえず、目の前の好きな女の子のために頑張ろうと思った。


09/07/04
昔はオーストラリアもアメリカの一つだと思ってた時期が有りました。カナダもそう。だって英語でドルだし…。
本人達からしたらもの凄い失礼な話ですよねすみません。





 ワルデガルド 

そう言われるとは思わなかったから、凄くドキドキした。



「ワルデは何で片目隠してるの?」
「え、」

いつか聞かれるかもとは思っていたが、あまりには聞かれたくなかった。
自分のこの瞳は、あまり好きではない。

「ちょっと、…片目だけ光に弱いんだ」
「え、そんなこと有るんだ」

ファッションかと思ってた、ごめん、と素直に謝られた。少しだけ、罪悪感が残る。

「部屋の中でも駄目なの?」
「あまり蛍光灯の光が強くなければ平気だけど。…でももう隠すのが日常になってるな」
「へえ」

ナショナルスクールで出された課題について話し合ってたら、行き成りに話を振られた。あとは書き出すだけだから、それでも良かったけれどあんまり、には聞かれたくなかった事だった。自分の瞳は普通の人とは違う。

「この暗さでも駄目なの?」

今はまだ夕日が入るから電気を点けていない。教室はほんのり暗い。
駄目では、ないけれど。でも昔、それなりに好きだった人に見せて気持ち悪がられたことが有る。
どうしようかと思った。

「…そんなに弱いものなの?無理はしなくて良いんだけど」
「いや、これくらいなら平気だけど、」
「けど?」

…ちょっとだけなら、になら、良いかもしれないと、ワルデガルドは思った。何の理由も確証も、根拠も無い。ただ、なら見せても平気かもという主観だった。それで昔痛い目を見たのに、それでもなら、平気かもしれないと思った。もしかしたら、と思う。

「…まあ良いか。少しだけ、だからな」
「え、ありがとう」

そう言ってワルデガルドは右手で髪をかき上げた。普段隠れてる右眼が、露わになる。

「……」
「ん、お終い」

髪を上げた瞬間の驚いた顔を見た。まあ、そうそうお目にかかれるものでもないからしょうがないかと、思う。

「…え、すご。色が違う、の?」
「そう」
「…ビョーキ?」
「うん、えーと、遺伝子疾患とか言われたかな」
「…よく解らないや」
「俺もそう」

二人して笑った。が気持ち悪いとか言わなくて、良かったと思う。

「漫画とかではよく見るけど、実際に居るんだねえ」
「ネコとかが多いらしいけどな」
「へえ」

話しながら課題の続きに手を付けた。ちょっとだけ課題が億劫だ。

「でも勿体無いなあ。綺麗な瞳なのに、」
「……そうか?」
「うん」
「…………」

綺麗と言われたのは初めてだった。周りの人間は大抵可哀想な目で見てくるか、異常な物を見る目つきだったから。
綺麗?この瞳が?普通の人と違う、この眼が?

「私達日本人は大抵黒目黒髪だから、外人さんたちの眼の色って何でも羨ましい」
「ああ、成る程」
「でも病気じゃあ辛いね。…本当、綺麗なのに」

言われて思わずワルデガルドは顔を上げた。の顔を見て、さっきからドクドク言ってる心臓が、更に高鳴った気がした。
可哀想な目もしてない、変な物を見る目つきでもない。
綺麗に笑うを見て、ワルデガルドは心の底から笑った。
こんな瞳を綺麗だと言うの方こそ、色んな意味で綺麗だと、思った。
この瞳を見せたことと、受け入れられたことと、のことで、ワルデガルドは凄くドキドキしていた。


09/07/07
何故右眼が隠れているのかもの凄い深読みしましたすみません。実際はただのファッションとかそんなんな気がする。
光に弱いと言うのは見せたくないからの嘘です。実際のところオッドアイになるこの病気でどうなるのかまで解らなかったです…。
どちらかと言うと聴覚異常のことが有るみたいです。ネコでもそうらしいですよ。
普通の人と違うことを受け入れてもらえるのはとても嬉しいことで、泣きたくなるくらい幸せに思えることだと感じます。そんな話。
そんな小さなキッカケが恋にもなるさー。
しかし日本人なら漫画の影響でオッドアイは案外すんなり受け入れ出来そうです。





 エッジ 

危なっかしくて見てられない。…じゃない、見てなきゃ、心配だ。



「…!?こんな時間に何処に行くんだ?」
「え、コンビニ」
「はあ!?」

寮から出て行こうとしているを見つけてエッジは思わず声をかけた。
コンビニに?こんな時間に?女一人で?
疑問符は止まないし、自分が何をしようとしてるのか解っているのか彼女は。

「何でそんな驚くのさ。まだ9時前だし、ちょっと欲しいものが出来ちゃって…」
「まだって、あのなあ。ここはアメリカだぜ?日本と違うんだよ」
「何が?」
「治安が!」
「…外に出ちゃ駄目なの?」
「……解ってないだろ」

溜め息をついた。絶対解ってない。
日本とアメリカでは治安の良し悪しは雲泥の差だ。

「日本は夜に一人で歩いててもそんな危険じゃないかもしれないけどさ、ココ…アメリカでは一人で歩いてたら絶好のカモになりかねないんだよ。しかも女だなんて。襲ってくださいって言ってるようなもんだろ」
「…?直ぐ近くのコンビニでも駄目なの?」
「ダメなの。…て言うか、こっちのコンビニは24時間営業とかじゃないから」
「え、うそ!?」
「本当だっつの。もう閉まってるんじゃないの?」
「ええええコンビニじゃないよそんなの」
「日本がおかしいんだってば」

夜遅くまで営業していても、事件が少ないのは日本特有だとエッジは思う。アメリカじゃあ強盗の餌食だ。そういえば道端の自販機も日本特有だった。あれは便利だし電源がどうなってるのか摩訶不思議だが、アメリカではまず有り得ない。ホテルの中では有るけれど、外に設置した瞬間壊されて中身やお金を持ってかれるに決まってる。
自分達はここでの暮らしはこれが普通だが、日本人からしたらおかしな国に思われるんだろうか。

(…日本の治安、確かに良かったな…)

夜10時頃、子どもだけで歩いていることだって普通にある。塾の帰りだと言うが、親が迎えに来ないというのは凄いと思った。
女性一人で深夜歩くことだって沢山有ると言う。もの凄い国だ。

「えー、でもどうしよう」
「明日じゃ駄目なのか?」
「…うーん、駄目でもないけど…できれば今欲しいなあ」

眉毛をハの字にしては言う。あーあ…、何で自分も彼女に甘いのか、そうエッジは思う。

「…じゃあもう、俺も付いてくよ。それなら平気だろ」
「え、良いの?」
「ああ。俺が知ってる店ならまだやってるし」
「…ありがとう!」

俯いてた顔が途端、笑顔になる。

(あー…本当、何でこんなボケボケの、日本人の女の子なんか気に入っちゃったんだろう)

危なっかしくて目が離せない。だからこそ、気になってしまう。
春が来たことに喜んで良いのかエッジはよく解らなくなってしまったが、と一緒に居られるし彼女が笑顔だから、まあ良いかと思った。


09/07/11
日本は凄いっすよ本当。





 ミラー 

有り得ない有り得ないありえない!



ジョーに言われてそんな馬鹿な!とミラーは思った。そんな馬鹿な!そんな、自分がそんなこと有るわけが無い!
そう思いながら顔が険しくなる。だって本当に有り得ない。
有り得ない有り得ないありえない!そう心の中で何回も考えてしまった。
チームメイトで年上で、先輩の女性であるジョーに、言われたのだ。行き成り。

「ミラーってのこと結構見てるけど、アジアンが趣味だったのね」

思い出しても本当に驚きの発言だ。何で行き成りそんな話?何で行き成り?しかも自分が、彼女を見ている?
そんな馬鹿なと、言われた瞬間思いながらも行き成りのことに驚きすぎて何も言えなかった。
驚愕が解けた瞬間はもの凄い勢いで否定したが、逆効果だったように思う。
幸いだったのは、その時ジョーと二人きりだったところだろうか。これにエッジなんかが居たら悲惨な状況にしかならなかったと思う。
心の中で何回もそんな馬鹿な、と有り得ない、が飛び交う。
アジアンなんて目が細くて背が低くて、パッとしない顔立ちだって数多く居るのに、何でそんなことを言われないといけないのか。自分が、を見てるだなんて。
でもそう言われて、のレース姿やスクールでの様子を思い出した。何故だ。

(ナンセンスにも程が有る!俺がとか、マジで無い!)

そう思いながら宿舎の廊下をズンズン歩いていった。部屋に居ても、よく解らない怒りと憤りでNASAの課題が進まないからだ。とりあえず落ち着こうと思って宿舎の中を歩く。そうしながらも考えてるのはのことばかりなのに、ミラーは気付かなかった。

(あーもう外にでも出ようかな…)

怒り疲れて少し投げやり気味に考える。もう課題も面倒くさい。
そうして廊下の角から、渦中の人物が現れたのを見た。

(何でこのタイミング!)

おかしい!何だこの古典的なタイミングは!そう思って、の顔を見てしまった。
何故か顔に血液が集中するのが解って、ミラーは何で!?と思う。
でも、に声を掛けられて、真っ赤になりながらも対応してしまった。

(おかしい!有り得ない!何で!?…何で俺がを!?)

気付いてしまったから、どうすれば良いのか解らずただ顔を赤くするしかなかった。


09/07/18
ミラーは地味にアジアンを卑下してるような気がします。黒人は良いっぽい。ハマーとは仲良しだし。
ブレットは才能とか有れば別にどうでも良い。ジョーはもうリョウ一直線だし(笑)
ハマーはミラーの影響でアジアン卑下してて、地味に白人に対して劣等感を抱いてるような気がします。
そんでもってミラーは嫌いだからこそ見てしまっていた典型的な例。好きと嫌いは紙一重ー。





 カルロ 

気付いてしまった。意外と、すんなり。



その日も相変わらず何故かはカルロの部屋に来て適当なことをしていた。
正直自分がこの女を部屋に入れているのかは解らないし、それ以上考えないようにしていた。何故かと言われたら、自身が何も考えていないからだ。だからドイツチームとお茶した後に、この部屋に来て雑誌を読んだりもする。意外と寂しがりや…だと思われるのは、何となくカルロも気付いていた。まあ世界大会はそもそも女が少ないから、必然的に男の方にも来るようになるのだろうけれど。

そんなことを考えながらカルロはの背中を見ていた。アジアン、特にジャパニーズは発育が悪いと、カルロは思う。身長も胸も、中身も無い。外見と相まって更に精神的にも色々幼いなんて、フォローのしようがない。自分とコイツ…日本人との考えの差を見ていると、多少ムカムカしてくる。そもそも第2次性徴期を迎えてるはずなのに何故こんなにも危機感が無いのだろうか。そしてボケてる。アメリカという土地に来ているのに日本の感覚だったり、変な所を警戒していたりと海外旅行素人なのが見え見えだ。

コイツは男と一緒に居ても何も思わないのだろうか。時折そう考える。

(つーか、コイツ抱き心地悪そう…)

何か肉がそもそも少ない。だから胸も無いのだろう。身長は別に小さくても良いけれど、胸はもう少し有っても良いんじゃないだろうか。というか、何で全体的に細いんだこの女。日本人は少し病的に細い女が多い気がする。もう少し足に肉が有ったって良いだろうに。女はそれが嫌であんな足してるんだろうが、棒のように細すぎる。まあ、だからと言ってアメリカ人のようにメタボな身体は止してほしい。それはそれで嫌だ。

(しかし本当に胸ねーなコイツ…)

そこではた、と気付く。
何で、自分はそんなことを考えている?

(………、)

ちょっと待て、と思った。
おかしい。少し考えれば直ぐに行き着いた答えに、自分自身で突っ込んだ。だが意外と、…すんなり受け入れが出来ている自分も、居る。

(…あー、畜生。だからかよ)

この目の前の女、と口喧嘩しながらも傍に置いてるのは、つまりはそういうことなのだろう。

(ドラマのガキかっつーの…。情けねえ)

何故追い出さずに部屋に置いて、口喧嘩までしてるのか、やっと解った自分がとてつもなく子どもに思えた。何でこんなに時間が経つまで解らなかったのか。自分自身が解らなくなった。
そうして少し赤くなりながらもカルロは思う。少しだけ、本当に少しだけ彼女に優しくしても良いかもしれない。気持ち悪がられない程度に。


09/07/23





 リオーネ 

本気になっても良いかもしれない。今はまだその程度。



「チャオ~。元気?」
「あ、リオーネ」

女の子一人で居たら、必ず声をかける。それがリオーネの流儀だった。イタリア人はまあ、総じてそういう所は有る。
女性は口説くもの。そういう意識が強いし、そういう国風だ。それを別の国に来て止めることはなかった。

「今日も可愛いね」
「またそういうこと言って…」
「本当のことだけど?」
「ジョーやジャネットにマルガレータとか、サバンナの子達とか、可愛い子はもっと居るでしょ」
「でもも可愛いし?」
「いや可愛くないし」
「そこは素直にありがとうって言うべきなんじゃないの?」
「……」

確かに、と思ったのかは口を閉じた。
リオーネたちイタリア人が来て驚いたのは、口説いて褒めても、否定されることが日本では有るということだった。イタリアでは女性一人で居たら口説くのが当たり前で、それをしなければ寧ろ変な目で見られる国だというのに。これがカルチャーショックというものか、とリオーネはWGP1回目で思ったことが有った。褒めても素直に受け取れない女性も多いのだと、初めて知った。
ちょっと難儀な性格してるなあと、思った。

「挨拶と同じような感覚だからさー、そんな考えなくても良いんだけど」
「…でもさあ…」
「良いじゃん貶してるわけじゃないんだから」
「そうだけど」
「世界一可愛いよ、って言えば良いの?」
「そうじゃないって」

言い方を変えても駄目らしい。中途半端が嫌なわけでなく、褒められるのが苦手なのか、と考えた。
日本人って褒めるの下手なのだろうか?だから褒められても否定するのだろうか。
結構謎だ。でも、そういう子ほど、口説いて落とすのは面白いかもしれない。

「何か薄っぺらい感じは有る」
「?…褒めてるのが?」
「そう。誰にでも言うんでしょ?そんな挨拶程度の気持ちで褒められても、嬉しくはないよ」
「あー、…ふーん?なるほど?」

きちんとした気持ちなら良いということか。国で聞いていた日本人らしいと、リオーネは思った。
面白いなあと思う。ファンの子なら直ぐに落ちるのに、彼女は違う。アストロのジョーもそうだったが、レーサーの女の子は色々強いと、思う。
その中でもは中々に面白い。ジョーは逆上してきたが、彼女は違う。真面目に受け取って、真面目に応えてる。

(それならまあ、自分の流儀には反するけど…)

本気で落とすためには、自分の行動を改めなければ届かないらしい。自分の流儀にも、イタリア人らしさも無くなってしまうが、まあしょうがない。

(そっちの方が彼女好きそうだしねえ)

それで更に彼女が意識してくれれば、それで良いと思った。

「じゃあ、の言うとおりにしようかな」
「え、」
「むやみやたらに口説かない。それなら良いわけでしょ?」
「へ?いや、何が良いの?」
「それは考えてみてよ」

ニコリと笑って、いつも通り自分の口に指を当てて彼女に向けた。これくらいは良いだろう。
そうしてちょっと呆けてると分かれた。今度逢うときは褒めるのではなく、どういう会話をしようか少し考えながら歩く。

落としたことがないタイプだから、ちょっと頑張ってみようかな。最初はその程度。
今は、本気で落としても良いかもしれない。そう思ってる程度。
だから自分の流儀に反しても、ちょっとやってみようかな、なんて思ってる。
褒めて落とすのではなく、どうやって落とそうか考えてる。そんなこと考えてる自分も嫌いじゃないから、中々楽しい。

本気になっても良いかもしれない。今はまだ、その程度だと思ってる。


09/07/31
似てなくてすみませんとしか…。






 ジュリオ 

女があまり好きではない、はずだったけれど。



イタリア人の3人に1人がゲイと言われる。その1人は自分のことだろうと、ジュリオは解っていた。
格好良い、体格の良い男に目が行く。好ましい。ゾーラは体格は良いが顔と性格が駄目だった。カルロは少し身体が惜しいが、総合的に見て自分の好みにピッタリだった。ビクトリーズのリョウは、アジアンの中では一番だろう。ドイツ人は全員、面白味が無くてつまらない。アメリカ人も範囲外。やはりカルロが一番だった。
女というのはそれだけで問題外だった。眼中にも入らない。ジュリオは女があまり好きじゃない。弱くてヒステリック。けれども美しい。
だからこそ少し憧れる。
性同一性障害とは違う。女になりたいわけではない。好ましいと思うのは男性。
その中で、特別になってしまった人間が一人。

(おかしいのよね、私の好みはカルロなのに)

自分自身で少し困惑していた。女になりたいわけではないが、女に近付きたいと思っている。だからこそ言葉遣いは変えたし、化粧もする。そっちの方が自分の性に合ってるからだ。そうして異性よりも同性の男を好ましく思った。ただそれだけ。女になって男と一緒になりたいわけではなかった。
だからかもしれない。

(っていうか、何。変に目が離せなくて気になってる感じ?)

日本人のは至って真面目に自分は普通だと思っているが、日本人の常識は海外では非常識だ。そもそも無宗教とか言いながらクリスマスも年越しも祝い、バレンタインを変な行事に変えるなんて先ず有り得ない。どんな国だ。けれども、美的感覚はイタリアやフランスに近いものを持っているのは評価していた。街中も中々お洒落な人間が多い。何より自分の好みの男が多かった。
グランプリレーサーでの変な子と言えば、ビクトリーズのゴウ・セイバと紅一点のだろう。ゴウは言わずもがなだが、もまた物怖じしない性格で中々に変な子だ。女同士で集まっていたかと思えば、次にはうちのチームに来てリオーネと喋っていたりもする。自分とは普通に化粧品の話や服の話をした。しかしやはり世間知らずだ。

(…この間、アメリカ人に騙されそうになってたし…)

助けてやれたから良かったが、日本人は英語がよく解らないのに頷いたりするから、余計騙されやすい。解らないなら解らないと、言えば良いのに。
だから目が離せない。危なっかしすぎるのである。かつてここまで女に構っていたことが有っただろうか、そう考えるほどこの自分がを構っているのである。

(私と趣味が合うのよねあの子…服も、化粧品も、その他諸々)

それが一番大きい。話しやすいというのも有る。
そうして一緒の部屋に居るを見た。全く持ってして危機感も何も無い。普通に、何故かロッソストラーダの部屋で雑誌を読んでいる。
自分達が過去何をしていたかも知っているというのに、この対応だ。謎な女だと思う。

、紅茶のお代わりは?」
「え、良いの?」
「良いわよタダだし」
「じゃあ貰うー」

ありがとうーとヘラヘラした顔でお礼を言ってくる。可愛い、と言うのだろうか。女を可愛いと思ったことがあまり無いのでよく解らなかった。これが男相手だったら、また感想は違ってくるのだろうと思うが。
しかしこのヘラヘラした顔を見るのも嫌いじゃない。これはこれで、微笑ましいと言えば微笑ましくて、好ましい分類だ。

(こういう顔も嫌いだったはずなんだけどねえ…)

ちょっと謎だ。女という生き物も嫌いだったはずだった。
そういうことを考えてる時点で、自分の中では結構の割合が大きいというのは、理解できる。
紅茶をカップに注いで、に手渡しながら続いて考えた。

(自分がこういう性格なせいかしら。素直に認めたくないのよね)

解ってはいるのだが、認めたくないのである。もの凄い悪あがきだ。

(まあ、アレね。もう少し仲良くなってからまた考えても遅くは無いわね。バイだって有りでしょ)

そう思って自分も紅茶をカップに注いだ。一口飲んで、またの方を向く。
手始めに先ずは、今日の夕食でも誘ってみようか。


09/08/02
妙なシリアス方向に向かったので無理矢理軌道修正しました。
ヒロイン←ジュリオ→カルロ
という図式を考えてくれればとても解りやすいと思います。
ジュリオは生粋のゲイではなく、何故かバイだと勝手に思ってます。そうじゃなきゃ話が進まない。






 シュミット 

日本人の女性は慎ましやかで穏やかで、気立て上手と聞いていた自分には彼女はショックな存在でしかなかった。



まあそんな彼女に惹かれたのは自分自身なので何も言えなかったが。
日本人は気が弱いだのなんだの、少なからず弱い…弱者のような印象を持っていた自分にはビクトリーズのメンバーも、という女の子にも、色々衝撃を受けた。聞いていた話と全く違う。全く違うが、ガッカリするところまではいかなかった。寧ろ、こういう連中を相手にしている方が楽しいと言ったら楽しいからだ。
それは目の前に居るも変わらない。

「…やあ」
「ああ、久しぶりだな」
「うん、」

第1回WGPの帰国間際で、この目の前のに告白されて自分は仕返しにキスをしたのを思い出す。
そのせいか彼女は随分大人しい。少しばかりその目には疑惑の念が有る気がした。最後に逢ったときのアレがからかいの物だったのかとか、自分が本当に自分を好きなのだろうかとか、そんな所だろうと思う。相変わらず馬鹿だなあ。

、」
「な に、シュミット」

何かを怖がっているを見て、微笑む。何を怖がっているのだろうか。まあ自分はの反応を見て安心できているだけだが。
まだ、彼女は自分を想っているからこの反応なのだろう。そう、まだ、彼女の気持ちは自分に向いているのだ。
頬が緩む。幸せかもしれない。口喧嘩をするよりも、生意気なことを言うよりも、とてもとても素敵で充実していると思えた。
ただ恋をした相手が、自分と同じ気持ちというだけなのに。ただそれだけ。言葉にするとたったそれだけのこと。
それでもとてもとても重要で大切で、自分には幸せなこと。ああ、そう、恋をした相手だからこそだけれど。

「好きだ、
「…っ」
「ぅ、お」

言った直後にの顔が歪んだかと思えば突進してきた。少し揺らぐが受け止める。
背中に腕を回され、は自分の胸に顔を埋めた。ああ何だ、可愛いことも出来るじゃないか。口喧嘩ばかりしてきたから、こんな風になるなんて思いもしなかった。普通に、可愛いじゃないか。
泣いているのか、少しだけ震えてるのに気付く。それは嬉し涙だろうか?そうだったら自分も嬉しいと思った。

、泣くくらいなら顔を上げて笑え」
「また、横暴なこと言って…!う~…」

顔は上げずに話をする。泣き顔を見たいというのも有るが変にプライドの高い彼女はそんなことしない気がした。実際今もしていない。
そう思っていたらが少し顔を上げた。少し目が赤い。こんなに近くでの顔を見るのは2度目だった。自分が不意打ちでキスをしたことを思い出す。

「シュミット」
「なん」

だ、と言おうとして口を塞がれた。ああ、やられた。

の方が小さいから、自分に少しもたれ掛かるようにして背伸びをしていた。
触れるだけのキスを交わして、は少しだけ身体を離した。少しだけ残念に感じたのは、しょうがないことだと思う。

「ずっと、次に逢うときはシュミットと同じことをし返してやろうと思ってたのよ」
「…奇遇だな。俺もだ」

さあまた恋を始めよう。




09/08/07
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