「日本人の女の子がね、僕の初恋でさ」
「ふうん」
「2年ほどしか接点無かったんだけどね」
「うん」

当時は初恋だとすら思ってなかった。好きだったのは気付いていたけれど、初恋はもっと前に終わっていたと思っていた。でも、大人になった今考えればあのとき日本人の女の子を本気で好きになったのが一番最初の恋だった気がする。本当に、好きになった相手だった。
逢いたいと思って、話をしたいと思って、目線を合わせることもできないことがあったり、でも自分を見てほしいと思ったり。ナショナルスクールに通ってるときは、同じクラスになりたいと心底思った。食堂で姿を見つけたら、彼女の見える席に行きたかった。近くに座れるなら万々歳だった。手招きして隣りに座らせてくれたときは嬉しくて緊張した。寝ぐせも気になるようになったし、彼女自身のことを気にかけるようになった。
あまりにも気にかけるから、からかわれもしたけれどそれすら嬉しかった。恥ずかしかったけど。

「どうやって気を引けば良いかなんて解らなかったから、僕の国に興味を持ってくれただけで凄い嬉しかったよ。自分の国だったら色々教えられるから」

日本で言うボルシチのことや、ロシアンティーは紅茶にジャムを入れるわけじゃないと教えたり、地理の苦手な彼女に世界地図まで広げて見せた。当時何よりも優先していたミニ四駆のメンテナンスについても一緒に話した。ミニ四駆の話をしているときが、一番可愛かった気がする。彼女はやっぱり自分と同じミニ四駆好きだった。何度か勝負して何度か負けた。勝つこともあったけれど、やっぱり負けたのは悔しかった。情けなかったのもある。でも彼女に負けるのならまだ良いと思ってしまった自分も居た。惚れたもんの負けっていうのはあのことだよなあと、今になって思う。負けっぱなしだ。

「結局僕も彼女もレーサーを引退して接点無くなって、それっきりだったんだけど」
「ふーん」

でも暫くは好きだった。日本人を見ると否が応でも彼女を思い出した。ロシアでミニ四駆の世界大会が開かれたときは関係ないのに会場に何度も足を運んだ。もしかしたら日本のスタッフにでもなってるかもしれないと淡い期待を込めて。そんなことありえるはずもなかったけれど。期待するほどに想っていたのは事実だった。
本当に好きで仕方なかったらしい。今でも彼女が写っている写真を捨てることができないのだから。

「その内また日本に行きたいな」
「…で?」
「ん?」

はウオトカをちびちび飲みながらユーリを見る。何なのだろうこの男は。

「何でそれを私に話すかな?」
「んー…」
「…………」

ユーリってこんな男だったかなあと思う。もっと優しくて気が利いて男らしかった気がする。全部欲目なのだけれど。
しかし何故今の話を自分にするのか解らない。

「普通その話私にする?」
「え、聞きたくなかった?」
「ふっつーの彼女だったら聞きたくないと思うよ」
「そんなことないでしょ?」
「うわー」

自信持って言ってくるなんて何という男か。大丈夫か。
いやまあ、やっぱり解っていて言ったんだろうなあと、今の言葉では確信した。解っていて今まで話に出してこなかったな。やっぱり性格変わった気がする。

「彼女にそんな話は普通しないでしょ?」
「うーん、まあ普通はね」
「……初恋の人本人にも普通はしないと思うよ」
「それは同意しかねるなあ」

ユーリはしれっと笑う。彼女のを弄ると可愛いと解ったのはつい最近のことだった。昔はそんな余裕なかったけれど、今ならそれくらいはできるようになった。
は恥ずかしくてしょうがない。何だこれ。拷問か何かか。何で今の彼氏に初恋は自分だったなんて話をされないといけない。いや嬉しいけれど。めっちゃ恥ずかしい。

「でもちょっとだけ謝りたいんだよね」
「は?」
「正直、のこと名前とかは忘れてたから」

当時こんな子好きだった、というのは覚えているけれど、名前は忘れてしまっていた。写真はあるから顔は解るのに名前を忘れてしまったとき「ああもう昔のことなんだな」と人知れず思った。ちょっとだけその時はショックだった。

「…いや忘れるでしょ。私だってもう名前覚えてるレーサーの方が少ないよ。顔は覚えてるけどさ」
「うんまあ、そうなんだけど。そのせいでまた逢ったとき全然解らなかったし」
「いや私もだけどね」

解ったのは彼女になってからユーリの部屋に行ったときだ。オメガが埃も被らず綺麗に飾ってあるのを見て、思い出した。ああそうだ、ロシアのチームにこういう人、居た。名前すら忘れてたってことに恥ずかしくて言い出せなかった。もしかしたら彼は解っていたかもしれないということを考えると、余計言い辛かった。でも言ったほうが良いのかな、自分は日本チームだっただよと。ずっとそんなことを考えてた。
やっぱりこの人解っていたみたいだけれど。畜生。

「ユーリはいつ解ったのさ」
「だからアルバム見たときだよ。変わってないから」
「どうせ日本人は童顔ですよ」
「いやそうじゃなく…」

大人になってもそうそう全てが変わるわけではないだろうに。子どもが大人になっても何となく解る。

「そうそう、アルバム見て嬉しかったんだよ僕」
「私だって解って?」
「うん。同じ人2回も好きになったんだって」

あのときよりも大人になった男の人の顔で、ユーリはに笑ってみせた。



10/09/18
多分レツゴの世界観のまま皆が大人になれば、レーサーの名前を忘れることはそんなに無いと思うんですが、
でも普通に考えたら忘れてしまうよねーと思った次第であります。
初恋の人は顔覚えていても名前を覚えていないのは私です。
ユーリは凄い芋くさいというか田舎くさい青年になりそうですが、それでも誠実なので地味にモてる人だと思ってます。
あとフラグは自分でぶっ壊してそうです(笑)
女の子に誘われても興味なければ速攻で断ると思います。
興味ある子の場合でも、用事が先に入ってるともの凄い悩んだ後「でも先にこの用事が入ってたし…」ともの凄い辛い思いで断ると思います。
でもやるときやる子。