惚れたほうが負け

「貴方…また自分で結ったんですか」
「…駄目?」
「駄目も駄目ダメ。及第点どころか一割もあげられませんよ」
「えー」

そう言いながら玉はを鏡台の前に座らせた。もう日常茶飯事なので慣れたものだ。いつまで経っても、は自分の髪を結うのが上手くならない。別段もの凄く下手でもないが、玉からしたら手直しせざるを得ない。
自分自身が進んで手を出すなんて、この目の前の以外には居なかった。朝廷での上司にそんなことするわけもないし、かと言って部下にしてやる義理も無い。それなりに対等な立場で、自分が認めている相手でないとそんなこと、玉はしない。自身は玉がやってくれていることがどれだけ凄いことなのかあまり解ってはいなかった。ただ玉が手を加えてくれると、自分がやるよりもとても素敵な髪型になる。やってくれなくても構わないけれど、やってくれれば嬉しい。でも自分でやってもっと上手くならないかと日々思っていたりもした。

「ここはこうやって結えば良いでしょうに。で、ここに簪を挿すんです。どうです」
「お、…おおー…。成る程…。凄い簡素なのに綺麗…」
「当たり前です」

何て言ったってこの自分が髪を結っているのだ。文句が有る方が聞いてみたい。
感嘆の溜め息をついては玉に礼を言った。誰かに可愛いと言われるかもしれない。そう考えるだけで胸がふわふわしてくる。
して当然という顔をして、玉は相槌を打った。他の誰かに触らせるくらいなら、自分がやる方が断然良い。自分の心情的にも、技術的にも。これくらいの特権は有って構わないと思う。の髪を触るのも嫌いではない。

「玉にこうやって綺麗にしてもらえるの、私好きよ」

ほんの一拍、有るか無いかくらいの瞬間、玉は自分の時間が止まった気がした。空気を少し吸えば、時間も頭も動き出したのだけれど。
これだから、この女人から離れられないのである。目を離せば他の男にこんなことを言うかもしれないし、こうやって自分自身ちょっと嬉しいとか思ってる。複雑な気分も有るがこうやって言われることに比べたら微々たるものだった。

「玉に髪の毛弄ってもらうのが、一番気に入るの。他の人がやると私には可愛すぎるとか、何かちょっと違うなあとか、思ったりもするんだけど…。玉のは全部納得して、満足するの。いつもタダでやってもらって申し訳ないなあと思うんだけど…。今度一緒に美味しいものでも食べに行こうね」
「…別に、貴方自身がやった髪型で外に出たら可哀想なことになるのが目に見えてるからやってるだけですよ」
「ははっ。ありがとう」

そうやって笑うから、また来るしかないんじゃないか。ああ朝から心臓がうるさい。今度お茶にでも誘われるなら、その時の為のの髪型を考えなければいけない。服装は何となく長い付き合いからで検討が付くが、それに合う髪型と、自分自身も遜色ない格好をしなければ。今から考えるのが少しだけ楽しい。
良いように扱われてるんじゃないだろうかと時折考えたりもするが、この笑顔を見られるならまた明日も出仕前に顔を出すしかない。
今はまだ時期ではないから、この位置で構いはしないけれど。

『玉に髪の毛を触られるのが、一番好きだよ』

今日言われたことや、昔言われたことを思い出して、顔が仄かに温かくなるのを感じた。自分らしくない。
正直な話、今の位置に不満は有る。でも、に喜んでもらえるならこの位置が今は一番良い気がするのである。
不満も有るし、複雑ではあるから、笑顔にはなれないのだけれど。

それでもやっぱり、こうやっての髪を触って、笑顔を見るために玉は毎日の邸に顔を出してしまうのである。



10/02/08
好きな人と関われるなら、正直どんな位置でも構わないものだと思うのですよ。
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