花散る水面

久しぶりに逢えるというのに、土砂降りの雨で散歩をすることすら出来なかった。

「あれまー。今年は凄いねえ」
「良いですよこれくらいで。夏に断水なんてことになるくらいなら降ったほうが良いんです」
「そりゃあまあねえ。…でも、降りまくって土砂崩れーとか川が氾濫ーとかも大変でしょう」
「当たり前です。これくらいならまだ良いって話でしょうが」

自分で持ってきた布で、玉は服の水滴を取っていく。足が濡れるのはまだしょうがないと許せるが、肩が濡れるのはあまりよろしくない。だからと言って、この天気の中に自分の家まで来てもらうわけにもいかない。家が近いから何かに乗るというのも馬鹿げてる。結果、玉は足も肩も濡れてしまった。まあそんなこと関係ないのだけれど。

「お湯沸かそうか?」
「良いですよこれくらい。それよりもほら、さっさとその頭直しますよ」
「えー駄目?」
「貴方湿気でそんな髪になってるのによくそんなこと言えますね。駄目です。却下。ほらさっさと座る」

ちょっとぶちぶち文句を言いながらも、は玉の言うとおり鏡台の前に座る。確かに湿気で髪の毛は中々見れたものではない。別に今日は外に出る気もなかったから正直どうでも良かったけれど、まあ玉がやってくれるなら任せてしまおう。
想いが通じ合ってもこの関係は変わらなかった。変に変わってしまっても面倒くさいから、これで丁度良い。
玉はいつでも優しい。それで充分な気もする。

「紫陽花綺麗に咲いてるのに、雨で花びら落ちないかな」
「そこまで柔な花でした?桜だったら心配しますけど…。これくらいなら何とか踏ん張るんじゃないんですか?」

玉は話しながらも絶対に手は止めない。髪がどんどん梳かれていく。玉に髪を梳かれるのは、気持ちが良いし何故か安心できて好きだった。今は、もっと好きになっている気がする。何だか随分贅沢なことを昔からしていたものだ。

「明日も少し時間が作れそうですから、紫陽花で有名な道にでも行きますか」
「良いの!?」
「茶屋もあるらしいですよ。ただ、私は仕事終わってからこっちに帰って来れないので、自分で髪はどうにかしてきてください」
「うん。頑張る!」

元気良く言ったら、鏡越しに玉が笑っているのが見えた。…格好良いと思ってしまったは、ちょっとだけ悔しかった。玉は格好良くて、素敵だ。彼の手に弄られている自分は、とても贅沢だと思う。
紫陽花がちょっとくらい散っていても、明日は楽しい時間を過ごせるのだろうと思ったら、も笑ってしまった。



10/08/25
君を想う5つの情景
02 花散る水面
明日の約束ができる幸せ。
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