夢の中よりも愛しい人

「……え」

言われた言葉を理解しているのに、の頭の中はよく解らないことになっていた。こんがらがってるのかもしれない。
それでも、言われたことを整理して、自分のしたいことや気持ちが後から後から湧き出てくる。
そんなの様子が解っているのかいないのか、玉は尚も言葉を続けた。もうこの機会を逃したら、多分次は暫く来ない。暫くどころか一生来ないかもしれない。言わずに赴任したら、その間にの隣に自分の知らない、自分ではない男が、の隣に立つようになるのかもしれないのである。顔も思いつかないような「へのへのもへじ」の妄想の男に軽く嫉妬しそうになる。
そんなことになるくらいなら、雰囲気だの何だのへったくれもない中でも良かった。今しか機会がないのなら、そんなものなくても今の玉は構わない。

「こっちでもう式を挙げるのは時間的に都合がつかないので、あっちで、落ち着いたら呼びます。だから、…もしも良いと思ったら来てください。そうしたら、結婚しましょう。欧陽家の財力と権限を使って最高に幸せな式を用意します。嫌だとか、他に良い男ができたときは、来なくて結構です。今は、とりあえず返事も保留で…」
「嫌。嫌よそんなの絶対嫌」

(………………!?!?こ、この場で即答!?)

文字通り玉は固まった。腕が微妙な高さで止まる。今度は玉の頭が真っ白になる番だった。え、いや、もう少し考えたり迷ったり、というかもっと驚いても良いんじゃ!?
冷や汗でいきなり背中が冷たくなった。…いや、断られる可能性もあったけれど、いやいやいや、でも、是を貰える可能性のほうが高いと、思っていて。
玉はひたすら混乱していた。何てことだ、もしかしなくても雰囲気で流したほうが良かっただろうか。今更取るものとりあえずでこんなことを言ってしまったことを後悔するなんて!

「絶対に嫌。待つのはもう、嫌」
「………え?」

目線が下に行っていたのが、の顔に戻る。見送られたときよりも、辛そうなその表情に、息が止まりそうになった。

「もう嫌。私が、何年待ったと思ってるの?嫌よ、結婚するなら、貴陽にいる間か、赴任先で直ぐが良い」
、」

本当に息が止まりそうだった。空気が上手く吸えない。どうやって吸うのか解らなくなった。口から?鼻から?それくらい混乱していた。
の名前は呼べたが、それ以上は何も口から出てこなかった。声が出ないだけで、何かを言いたげに口は勝手に動くが、それだけだった。
少しだけ視線を左右に動かしながら、それでもは言葉を続ける。顔は赤みを差しているし、口調は緊張している色が見える。視線は動くが、それでも顔は玉に向いていた。

「…でき、できれ、ば、…一緒に、連れてって。式は別に、直ぐ挙げなくても、良い、し。…でも、なれるんだったら、玉のお嫁さんに、早くなりたい」
「………っ」

まだ言わなくても、良いと思っていた。
伝えなくても、もう解っているものだと思っていた。
だから誰よりも近い位置で、誰よりも想いを込めて、誰よりも愛した。他の誰よりも、愛している自信はあった。普段の自分に比べたらそれはダダ漏れで、時折恥ずかしくなるほどに。
まだ言わなくても良いと、思っていた。そんな自分の気持ちを彼女も全部とは言わずとも、それなりに理解しているだろうと、勝手に思っていたから。
勝手に、玉はそう思っていた。
それが春の除目で動かざるを得なくなってしまった。
伝えてみたらこの結果だ。夢の中以上のことを、彼女は言ってのけた。…夢の中とは違って、彼女はそこまで嬉しそうでも、幸せそうでもないけれど。
さっきから辛そうな顔ばかりだった。ああでも、やはり泣き顔は、可愛い。ぐしゃぐしゃなのに、愛おしく思える。だって、自分関連で泣いているのだ。自分が泣かせたようなものだけれど、彼女が自分のことを考えて泣いているのである。
のことをそうやって思っているが、玉自身顔だけじゃなく耳まで真っ赤だった。暑くてしょうがない。顔も手も暑い。風が欲しくなるほどに、火照っていた。
それくらいとても暑いのに、玉は目の前に居る温かな身体を抱きしめていた。



夢の中の彼女は、柔らかくて温かかった。感触もあった。けれども、それはやっぱり夢だったのだと、思う。
自分の身体も顔も熱くて、更にに触れている部分はじんわりと熱を伝えてくる。夢の中と同じなようで、全然違う。夢の中でも幸せで嬉しくて、舞い上がるほどにが愛おしかったけれど、今この現実はその比じゃない。

、…好き、です。貴方を、好いています」

抱きしめたまま、夢の中と比べて全く余裕も何もなかったけれど、それでも今この場で言うべきことだと思った。
抱きしめている腕からもの熱が伝わってくるのを感じる。自分自身はとても暑いのに、その熱は何故か心地よかった。温かくて、安心するような熱だった。
けれども自分の発する言葉には熱がない気がした。掠れていて、声は震えている。余裕がない。こんなときにこんな声しか出ないなんて、と思いながらも言いたくて言いたくてしょうがなかった。
彼女が、が、好きだ。

「私だってずっと、想っていたんです。…好きです、

好いています。好きです。ずっと慕っていました。
そんな甘い言葉を玉は何度も何度も呟いた。玉の肩口に顔を埋めているが、は恥ずかしくてしょうがない。真正面から言われたら多分羞恥で死んでるくらい恥ずかしい。…でも、玉にそこまで言われるのは、たまらなく嬉しくて幸せで、泣きたくなるほどにむずむずするような、そんな気持ちだった。

「愛しています、。…結婚、してください」
「うん、…はい。幸せに、してください」

二人して幸せでしょうがないと、尚も抱き合いながら思った。



11/09/18
ようやっと玉が幸せになれました。この後とりあえず婚約という形で二人揃って地方に飛びます。
玉の赴任先で落ち着いてから、結婚しました。
書きたいネタを詰めすぎて何コレ状態ですが、それでも玉を幸せにすることだけを考えておりました。
何となくですが、地方に赴任して経験積んだ後、玉は最終的にまた碧州州牧になるような気がしております。
多分中央には帰ってこないんじゃないかなーと、何故だか思っているんです。
寧ろ中央に居たからこそ中央の動きを考えながら地方で働ける官吏になるんじゃないかと。
ヒロインはそんな玉にどこまでも付いて行きます。毎朝やはり玉に髪の毛を結ってもらいながら、どこまでも玉の奥さんとして付いて行きます。
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