初恋成就

どうせ隣に居るのなら。



良縁だと言われるような所から縁談が来た。自分を嫁に、とは何ていう奇特な方だと思ってしまった自分はもう駄目なのかもしれないと心の隅で思う。だって自分の何処が良いんだろうか。謎だった。
そうして自分はどうしたいのだろうと考えた。正直な話、良い縁談だとは思うが別段そこまで相手に魅力は感じなかった。というか平々凡々にしか見えない。ただ親の権力が強いのだ。息子は親の七光り程度だった。そうなるとあまり良い縁談だとは思えない。堕落している人間に嫁ぐような神経を持っているわけでもない。さて、どうしようかと考える。

そもそも自分はどうしたいのか。
別段特に結婚したいという相手も居なかった。とりあえず好いてはいる相手はいるけれど、どうにも結婚を本気でしたいかと言われれば何とも言えなかった。このままどうしたら良いのか解らないから、正直自分も困っている。

「オイッ!!!」
「うわっびっくりした!」

考え事をしていたの思考は行き成り大声を出されて吹っ飛んだ。こんなことをするのは知り合いの中では一人しか思い当たらなかった。
は知らず溜め息をつく。顔も頭も良いのにちょっぴりお馬鹿なのがたまに傷だと思う。そんなこと言葉にしたら何を言われるか解らないのであえて言わないが。

「何よ行き成り、珀明」
「行き成りじゃない!家人から聞いたぞ!縁談を受けるとはどういうことだ!?」
「……、」

何故もう既に縁談を受ける話になっているのかが謎だった。寧ろ何故珀明が家人からその話を聞くんだ。そんでもってその家人は一体何処の家人だ。うちの家人か?それとも珀明の家人か?どっちだ。

「あのね、まだ縁談を受ける話にはなってないよ」
「…何だと」
「本当。まあ考えてる途中だけど」
「はあ!?どういうことだ!」
「そういうことよ。まあ悪かない話ってだけ。旦那になる相手はどっちかって言うと悪い方だけど」

将来何もせずにぐうたらするのが目に見えている。ただ親の権力やら富やらは結構でかい。そこにうちの家と関係を結べばまあ2代くらい遊んでいたって滅びはしないだろう。そのくらい相手は金持ちだ。金持ちなだけだが。
顔も良くて頭も良い珀明とは大違いだとは思った。
どうせ、夫にするなら。
そう思うとやっぱり珀明以上の男が良いとは思う。そうそう居ない上に関われないのでそこら辺は諦めているが。
正直まあ珀明でも結構変な男なのに珀明よりも頭の良い連中はかなり変な人たちなんだろうと勝手に思っている自分が居た。そしてその読みは当たりだったりする。実際珀明の尊敬する李絳攸は頭は良いがもの凄い方向音痴だ。

「相手が悪いのに受ける気は有ると言うのか!?」
「うちの家として悪くないって話なんだよねー…。今の所、相手の家以上の男が縁談申し込みに来るとは思えないし」
「…、………」

何かを考えるかのように珀明は行き成り黙りこくった。少しだけ睨みながらそうやって黙るのは止めてほしい。正直怖い。
と言うか、好いている相手にそんな顔をされるのは、ちょっとどころか結構辛い。

(私、何でこんな子好きになったんだっけかなー…)

幼馴染だったから好きになったのはいつだか解らなかった。気付ばいつも隣に居たようなものだ。
それがいつまでも続くと思っていたけれど、珀明は勝手に一人で国試を受けに行って受かってしまった。そうして今はあの朝廷で働いているのだ。何とも不思議な感覚だった。知っている人間が全く知らない人間になったような感じだ。顔も頭も結構良いがちょっぴりお馬鹿な珀明があの朝廷で官吏として働いているのだ。何とも不思議だ。不思議すぎるから、ちょっぴり自分は珀明から離れてみようと思ったのかもしれない。
だから今、悩んでいたりするのだ。

どうせなら、隣に居たいのは。

(決まってる。親の七光りとか言われてる男なんかより、珀明の隣に居た方が断然良いに決まってる。それ以外に何か有るならお金払ってでも聞いてみたいわ)

、」
「は、え、何?」
「お前好きな男は居ないのか?」
「えー…。うーん、」
「い、居るのか!?何で居るならそいつと結婚しないんだ!」
「……いやだって、ねえ」

(珀明と結婚するの、難しそう)

それなら縁談寄こしてきた相手と普通の婚姻を結んだ方がまだ楽なような気がした。
っていうか、珀明と結婚しても正直幸せになれるかと聞かれたら微妙な気がする。家に帰ってくることが少ないのが解ってるからこそ、結婚については現実的に考えて自分が幸せになれるかは微妙だった。悪くないがほのぼの幸せで新婚生活を送れるかと言われたら多分無理だろう。だって珀明だ。仕事大好きの珀明だ。多分自分のことなんか忘れて仕事に没頭して帰ってこない気がする。それだったらまだ傍に居てくれるような相手が良い気がする。

「うーん、多分相手は今結婚云々って感じでは無いと思う」
「…何か他に没頭しているようなものが有ると?」
「そうそう。仕事大好きな人間だから」

というよりも尊敬する人に近付きたくて頑張っていると言った方が正しいのだろうが。でもまあ仕事好きだから頑張っているのだろうと勝手に見当をつけた。嫌いだったら珀明の性格上辞めているだろう。

(でもまあ、家のためにやってることでも有るからそうそう辞めることは無いだろうな)

そうして仕事を疎かにすることも無いだろうとは思う。珀明は顔も頭も良いがちょっぴりお馬鹿だ。けれどもそれ以上に真面目で優しい。家族のため家のため、国のためや民のために力を尽くすのだろう。そうなることが目に見えて浮かんだ。と言うか、そうなってほしいという願望も有った。珀明なら、そういう舞台もよく似合う。

「つまりは仕事に没頭しているような人間よりも相手は悪いが家のためになるような所に嫁ぐと。そういうことか」
「…そう言われると何だかなー…。でもうん、そうなんだよねー…」

隣に居たいのは珀明だ。でも結婚となると話は別になってくる。一生ものの決断だ。家も絡んでくるとなると誤った判断は出来ない。
と言うか、一番の悩み所は今、目の前に居る珀明だった。かなりの難所だ。
自分が今珀明と結婚したいと言ってもそんなのが直ぐに通るわけでもない。珀明だって好きな子くらい居そうだし。

(確か同期の女人官吏さんと、仲が良いとか聞いたような気がする)

そんでもって珀明からも色々その女人官吏については聞いたことがある。自分はただの幼馴染だ。しかも珀明は自分を女として見ていない気がする。女として見ているなら行き成りの私室に入ってきたりはしないだろう。幾らなんでも。

「…一つ聞く」
「何?」
「…、今結婚を申し込んできている家よりも上の貴族が、お前に婚姻を申し込んできたらどうするんだ」
「ええー、いや有り得ないでしょ」
「有り得たらどうするんだと聞いているんだ」

少しイライラと珀明は話す。そんな有り得ないことを言われても困るのはだ。
そんなこと、有り得ないだろうから、今こうして結婚について悩んでいるのだ。

「…、もしも、ねえ…。そうだね、もしもそんなこと有ったら、そっちの家の人と結婚するかもね」
「お前の判断基準は家か」
「失礼な。今申し込んでる相手が道楽息子だから、今の相手以上の所から申し込まれたらそっちに付くってだけよ。どっちも道楽息子だったら家柄良い方が私も家族も喜ぶでしょ。貴族ってそんなものじゃない。今更何を言ってるのさ」

「なら僕の所に来い」

たっぷり3拍、は固まった。

「………ハイ?」
「僕の所に、来いと言っている」
「………………は?ちょ、行き成り何言ってるの?」
「行き成り、じゃ、ない。前々から考えてた」
「はあ!?」

にとって予想外だった。予想外すぎて今目の前に居る珀明が本当に珀明なのか疑ってしまう。誰だこの男は。狐か、狸か。どっちだ。

「道楽息子に嫁ぐくらいなら、彩七家で吏部官吏の、僕のところに来い。悪い話じゃないはずだ」

眩暈がしそうだった。寧ろ頭は真っ白だ。

「珀明が?嘘じゃ、なくて?」
「嘘なんか吐くか。僕のところに来い。…仕事が忙しくて、構ってやれないことも有るかもしれないが、道楽息子よりも幸せにしてやる」

だから、自分を選べと言う。まさか珀明からそう言われると思ってなかったはこれが自分の妄想では無いかと疑ってしまった。何と言うか、…正に夢のようだ。本当にこれは物の怪が見せた幻ではないだろうか。自分の妄想が激しいだけではないだろうか。
泣きそうだと、思った。

「…かお、真っ赤よ。どうせ勢いで言ったんでしょう」
「なっ、違う!だから前々から考えてたと言っただろうが!」
「…前々から?」

そういえばさっきもそう言っていた。つまりは、前から自分を、嫁に向かえるつもりで居たと、そういうことだろうか?
これは両想いで万々歳だと思って良いのだろうかとは思った。嬉しすぎる。
言った珀明は少ししまったという顔をした。ちょっとばかし口が滑りすぎた。

「前から考えてたの?私を?お嫁さんに?」
「……ああ、もう!そうだよ!くそっ、もっと出世してからと思ってたのに」
「え」
「今みたいなヒラ官吏で婚姻申し込んでも格好が付かないだろ!せめて下官から出世してから、それとなく攻めていこうと思っていたのに、物好きな家と男が居たせいで計算外にも程がある!」
「………珀明らしい」

そう言っては笑った。ここまで来て本音を全く漏らさないのも珀明らしかった。駄々漏れのようだがが一番気がかりなことは言わない辺り意地が悪い。
好きだから、嫁に貰ってやるということくらい、言ってくれても良いのに。そうは思う。でもそういうことを言わないのが珀明らしいとも思う。
言ってほしいのが女心だがそんなこと珀明に求めてはいけない気がするので諦めた。うん、お嫁にしてくれるってだけで良いか。そう思って、笑った。

「…笑ってないで返事はどうなんだ」
「あ、言ってなかったっけ?」
「言ってない。…別に、今すぐじゃなくても良いが」
「ううん、考えるほどもないわ。父様と母様に、報告しなくちゃ。…珀明と結婚します、って」
「…………後から、やっぱり道楽息子が良かったなんて、言うなよ。まあ言わせないが」
「言わないわよ。…ねえ、珀明。初恋は叶わないって、よく言うでしょ」
「…それがどうした」
「私、初恋が今やっと叶ったのよ。あれ、ただの噂なのね、やっぱり」
「………」

珀明は顔を赤くしながら、の言葉に答えた。



「…僕だって、今やっと初恋が実ったんだ」



08/06/08
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