やさしい記念日の作り方

20万打御礼企画

今日と言う日を、夢に見るほど望んでいた。それこそ、小さい小さい頃から。
…いや、小さい頃はむしろ、こうなることが当然だと、絶対そうなるのだと根拠のない自信に溢れていた。
若干だが、官吏になった後もそうなることを勝手に思い描いていた。
彼女が婚約するかもしれないという話を聞くまでは、そうやって勝手に思っていたのである。

だから珀明は、今日こうやって彼女を嫁に迎えることができて感無量だった。それを本人に言うことは、多分ないのだけれど。
言葉には出さないけれど、珀明は本当に幸せで幸せで、自分は世界一恵まれているんじゃないかと錯覚するほどだった。



の器量はもの凄い良いとは言えないが、もの凄い悪いわけでもなかった。
だからこそ、彼女がこうやって着飾った姿はいつもとは随分変わるわけで。

式が終わって、ようやっと彼女ときちんと顔を合わせる。式前に顔を合わせることはなく、式の最中もきちんと話すことがなければ顔を合わせることもそこまでなかった。儀式や格式ばかりの式なんてそんなもので、終わって室へと来た今、ようやく久しぶりに自分の妻となった人の顔がはっきりと見れた。

「…珀明ってやっぱり顔良いよね…」
「……顔だけか」
「性格難アリなの解ってなかったの?」
「お前」

こんな日にまで何なんだこの女は。まあもの凄い性格が良いとは言えないのもまた事実である。
更に言うと、体格も決して恵まれているとは思えない。文官でも憧れの李絳攸は結構体格が良かったりする。だからこそか更に憧れたものである。しかも先王時代の生き残りの文官は結構体格が良いのが多いから自分よりも年上爺に見下ろされることはしょっちゅうだった。悔しいが育った経緯が違いすぎる。家系を見ていても妥当な身長と体型だった。しょうがないとこればかりは諦めるしかない。
顔はまあ、良いほうだと自覚はしている。武官たちに比べれば線は細いが目鼻立ちははっきりしているし悪くはないはずだ。
そもそもに顔が良いと言われて浮かれないはずもなかった。

「……今日から僕の、…つ、妻になったんだから、もう少しお淑やかになれないのか」
「妻…、そうだね。…今日から、やっと珀明の、…お嫁さん、だ…」
「………」

言葉が切れ切れだったので訝しげに顔をよく見てみれば、久しぶりに見る表情だった。

「…泣くな」
「うー…」
「そんな、泣くなよ。……せっかく、………き、綺麗、なのに」

形を崩さないように頭を撫でながら、珀明は今日初めての本音を漏らした。
本当に久しぶりに見た彼女を、綺麗だと思ったのだ。誰だこの女とも思ったが、流石にそれは口に出さなかった。そう思えるほど、見違えたのだ。
今日から彼女が自分の隣を歩く。の手を自分が取れる。そう考えたら珀明は胸が勝手に熱くなったし、手もちょっぴり震えた。昔からの約束をやっと果たせたし、彼女とこれから先ずっと居れるのだ。
それは絶対に、幸せな生活だ。
本音を漏らしてもは泣き止まないので、珀明は少しだけ困惑する。これは嬉し涙、で良いだろうか。

「…泣くなよ。泣かずにいたから、僕のお嫁さんなれた、だろ」
「ぅ、…うん、……なれた」
「うん」
「ぅ、ぐす、……ごめ、止まんない…」
「…ん」

泣かれるとどうしたら良いのか解らないから泣き止めと言っただけであって、彼女が嬉しくて泣いているのならそれはそれで良い気がしてきた。
自分と結婚できたことが、泣くほど嬉しいのなら、夫として嬉しい限りではないだろうか。自分の中で色々葛藤があったあの親の七光り息子との婚約騒動なんてチャラにできる。
未だ彼女の手を持つことさえ気恥ずかしくてあまりできていないが、今日は晴れの日でここには二人きりである。そう思ったら珀明はちょっぴり頑張って行動できた。
片手で軽く俯きながら泣き続ける彼女の頬を、静かに包んだ。濡れている部分が冷たいけれど、それ以外は当たり前だが温かかった。
そのまま親指で涙を拭う。

「化粧…崩れるだろ。綺麗、なのに」
「ん…ぐすっ」

俯いて顔を赤くする彼女は綺麗というよりも可愛く見えるが、装いはやはり綺麗だった。いや、綺麗で可愛いのだろうか。
泣き止まないし俯いたままなので、珀明は思い切ってゆっくりとの身体を抱きしめた。自分はそこまで恵まれた体格をしていないが、それでもよりも大きくて、は自分よりも当たり前だが細かった。
少々化粧臭い匂いが鼻を刺激するが、自分とは関係のない匂いは少しだけ非現実的な感覚を受けた。彼女からこんな匂いがするというのも異質な感じだった。昔は野花の匂いをさせていたが、今は高い香の匂いと化粧の匂いをさせて、自分に抱かれているのだ。あんまりお互い変わっていないけれど、それでも確実に色々変わっているのを実感できる。

「珀明、汚れちゃう、」
「解ってるなら泣き止め」
「ぅ、」

また少しだけはぐすぐす鼻をすする。女の泣き止ませ方なんて珀明は知らない。抱きしめたこの瞬間、どうしたら良いのかなんて解らないけれど、別に何もしなくても良いかと直ぐに思う。
体温が温かくて安心するのは、もしかしたら自分のほうかもしれないと珀明は少しだけ笑った。

「何だか結局、お前は泣き虫なままだな」
「…それでも、珀明は、結婚してくれた…」
「ああ」

遠慮がちに自分の腰辺りの服を掴みながら、はくぐもった声を出す。服を静かに掴まれた瞬間何かが込み上げたけれど、今はちょっとだけ抑えた。
政略結婚とは違ってきちんとが自分の家へと嫁に来てくれたことが、珀明は堪らなく嬉しくて自分は本当に幸せ者だと思えた。

今日は忘れられない日になった。
の色んな顔を見ることができた今日を、珀明は絶対に忘れないようにしようと、そう思った。



13/06/01
20万打御礼企画
群青三メートル手前様から君酔二十題
12. やさしい記念日の作り方
リクくださった紗綾さん、葉桜さんありがとうございました。
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