杯を傾ける

「ああ、見て。あそこの紅葉だけもう色付いてるのよ」

最初はただ気付いたことを言ってみただけ。
その言葉に答え管飛翔は顔を上げて外の紅葉を見やった。

「ほー、あの一本だけ色気づきやがって」
「…言い方がおかしい気がするのだけど?」
「おかしくねえだろ。あの紅葉は注目集めたくて色気づいたって考えんだよ」
「…」

何となく言いたいことは解ったが言い方がおかしいとは思った。植物に色気づくって何だ。でも確かに注目を集めたくてさっさと色付くのは確かに色気づくという言い方も出来なくはないのかなあと思う辺りそれ以上何も言えなかった。何だかんだでこの男には弱い部分が有る分そんな事を口論してもしょうがない。
少しだけ溜め息をついては話を変える。

「もう少し他の紅葉も見頃になったら晩酌してあげますよ。紅葉の下で」
「ああ?紅葉見ながら酒呑めってか?」
「何、駄目?」

意外だった。飛翔は確かに呑めれば良いと言う部類かもしれないが、それでも風流なことはそれなりに理解が有ったからだ。伊達に工部尚書はやってない。だからこそ月夜の晩に紅葉の下で夫婦揃ってお酒でも呑もうと思ったというのに。

「夜桜とかも有るじゃない。実際今年の春には夜桜見ながら呑んでたくせに」
「ああ、成る程。…確かに夜に紅葉を見ることなんてねーな」
「でしょう。月が綺麗な晩にしましょ。紅葉が艶やかに映える綺麗な夜に呑む方が絶対良いわ」
「お前陽玉が言いそうなこと言うな」
「私からしたら工部尚書のくせにどうしてそういう風に言うのか解らないわ」

飛翔は家でも欧陽侍郎のことを陽玉と呼ぶ。そっちの方がやはり字面も良いし言葉にしやすい。アイツ本当に改名すれば良いのにと本気で思っていたりする。

「俺は別に派手だろうと控えめだろうと酒が上手く呑めりゃあそれで良いんだよ」
「…まあ結局はそうなるんでしょうけど」

管飛翔は家に帰ってきても管飛翔だった。欧陽侍郎が見たら「あんた家でもそんな美意識の欠ける格好と行動してるんですか奥様の様が可哀想で仕方が無いですねこんな呑んべと結婚して一緒に住んでいらっしゃるなんて。可哀想すぎて今度共に街の茶屋へ行く約束をしたいくらいです。そうしたら様もあんたがどんだけ美意識が欠けているか解ってあんたと結婚したことを考え直すことでしょうね。あー本当お可哀想に様」そう口早に言いきり溜め息をつくことだろう。常日頃何でこんなムサいオッサンの妻がなのかと嘆いている欧陽侍郎はことある事にを街へと誘おうとしている。それが飛翔は気に食わないがは若い子とお話出来て嬉しいわーと言う程度の気持ちしか無いことを知っているので我慢していた。流石にそこまで心は狭くないと自分では思っている。と言うかそんなことまで言ったらが呆れ果てそうだったので止めたと言う方が正しかった。
飛翔は朝廷に居ても邸に帰ってきても呑みっぱなしなのは変わらなかった。仕事をしながら呑んでいるかいないかだけの違いとも言える。はその内身体壊して倒れるんじゃないかと危惧しているが、それも本望だと飛翔は笑って言い放ちそうでそっちの方が怖かった。一回病人に刺されても文句は言えないとは思う。
ただ、夫の飛翔と共に呑むのは嫌いじゃないのが、一番悪い原因かもしれない。身体に悪いと思っていても、強く言えないのは酒を呑んでいる彼が彼らしいと思っているからだ。例え身体を壊しても呑み続けるのだろうと簡単に予想が付く。笑いながらいつまでも呑み続けるのだろう。簡単に予想が出来るが、やはりそれが一番彼らしい。
惚れた弱みかも解らないがは飛翔に酒を止めさせることは出来ないだろうなあと思った。
窓の外の夜景を見ながらはいつか、月を見上げながら紅葉の下で飛翔と共に呑むことを想像し、口を開く。

「見頃になるのはいつかしらね。今年は暖かいからもっと先かしら」
「だろうな。あと半月…もしかしたら1ヶ月近くかかるかもしれんがな」
「嫌だわそんな待つの?少しだけ寒くならないかしら」
「寒くなったら寒くなったで文句言うくせに何言ってるんだ」
「紅葉が見たいから少しだけ寒くなってほしくて、寒すぎるのは嫌いだからあんまり寒くなってほしくはないわね」
「我が儘女だな」
「誰に何を言われてもお酒を止めない上に仕事中も呑んだくれてて官給田でこさえたお米までお酒にしちゃう男に何を言われてもどうとも思わないわよあなた」
「…………」

飛翔は気まずそうに目線をから放す。それでも呑むことは止めない。伝説の大ヤクザの総領息子のくせにこういう所は可愛いなあとは他の人間だったらまず絶対に思わないようなことを考えた。管飛翔と言う男に毒されてきたとも言えるのかもしれない。
飛翔がお猪口の酒を全部呑みきったのを見て、はお酌をする。
紅葉を大盃に浮かべながらこの人と呑むのも乙だな、とは思って飛翔の隣で微笑んだ。



08/12/06
初飛翔。
彼の肝臓だけが心配でなりませんが止めることは出来なさそうだなあと思う。
多分お酒絡みの話しか出来ない。…多分。
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