好きな人ができました。

それを藍家の百戦錬磨な人とかに言ったら寝堀葉堀聞かれて色々吹き込まれそうだと思ったので、韓升は言わずにその想いは自分の胸に秘めているだけだった。
正直な話、自分の癒しなのだ。
あのむさ苦しい羽林軍の鍛錬の合間や終わりに彼女の笑顔を見ることがとても幸せだった。何か、一日頑張れたーと思える。
そう思いたいがために、今日も皐韓升は好きな人のいる食事処に来ていた。



「いらっしゃいませー!」

入って直ぐに、こちらに気づいて声をかけてくれる。
彼女の顔は地味かもしれない。韓升はそこら辺よく解らなかった。前に後宮へ入ったときは、もの凄い美人ばかりであたふたしたけれど、それは雲の上の人たちであって、一般的な可愛さというものはちょっとよく基準が解らない。でも目の前の子は可愛いと思える。その程度には盲目だった。だって好きになったんだからしょうがない。
いらっしゃいませの挨拶の後、自分に気づいて彼女は更に笑顔が増した。気がした。

「あ、どうもこんにちは!」
「こんにちは」
「お好きな場所どうぞー!」

そう言われて自分の好みの席に座る。いつも空いていれば大体同じ場所だった。

「えーと、今日は…何かオススメありますか?」
「そうですねー、こちらの定食なんかは今日の朝採れたての野菜と卵使ってますけど」
「じゃあそれで」
「はい、かしこまりました!」

少々お待ちくださいと、笑顔で彼女は厨房に向かって行った。
手持ち無沙汰になりながらも、その後姿を見ながら毎回同じことを思う。

(…今日も可愛いなあ…)

この間来たときは元気がなさそうだったし目の下にクマもあったから心配していたが、今日は元気そうだしクマなんて影も形もなかったから安心した。
まあ元気あってもなくても、今日も可愛いなあと思うことは変わらない気がした。

以前櫂瑜さまに頂いた、あの交換日記をちょろりと頭の隅で思い出す。
いや理にかなっているような気がするが、…いやいやいや、流石にあれを実践するのもちょっと成人男子としてどうなのかという感じである。
しかしこの関係から進められる手立てがないのも確かだった。声かけるとかそんな神がかり的なことできないし、したこともない。そんなことできるのは羽林軍には多分一人しかいない。…いやでもよく考えたら家柄も容姿も整っているのは揃っているから、声かけたら成功する人は多いと思うけれど。

正直な話、今はこうやって遠くから見ているだけでも充分だったりもする。だってこうやって食事する度に来て癒されてる。
食事でも癒されるし、彼女の笑顔でも癒される。

名前は店主さんや奥さんが言ってて覚えたけれど、言う機会は来ない。
漢字はどう書くのだろうか、性は?会話からしてここの店主さんと家族というわけではなさそうだった。好い人はいるのだろうか。旦那さんとか。寧ろ幾つだろうか。女性は年上の男子が好きということも多い。自分よりも上という感じはしないけれど、自分自身はあまり年相応に見られた試しがない。
そういう質問ばかり出てくるけれど、聞こうと思ったことはない。今は見てるだけで楽しいからだ。

でも、いつか話しかけることができたらと、今日も彼女のオススメを食べた。



12/05/20
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