後悔すべき点

凌晏樹に喧嘩を売った景柚梨は、その後ちょっと後悔してた。

本当はちょっとどころではなかった。結構後悔してた。ああどうしよう。もしも職がなくなったらどうしよう。
でもあのとき、あのことについて言ったことに後悔はなかった。自分は官吏で、侍郎だ。王に使える臣下である。その本分を全うしたまでで、そこに後悔も後ろ暗いこともなかった。有るとしたら、そう、妻子のことだけで。

(うう、よく考えなくても、職が無くなれば私が見捨てられてもおかしくはないのに…)

自分は貧乏でも愛しい愛しい妻子が居れば、別段構いはしなかった。朝廷に未練は残るが、自分の仕事を全うした結果だ。自分には侍郎としての権限しかなく、それ以上は何もない。それは自分自身の家柄をよく知っているし、柚梨自体も過度な権限や地位は要らないと思っている。
それはまあ、良いのだが。問題は自分だ。
晏樹に喧嘩を売ったとき、妻子のことはちょっとだけ考えた。でも、ちょっとだけだったのである。柚梨にとってそのちょっとだけという配分が、自分自身気付いて愕然とした。
もしかしてもしかしなくても、自分は酷い父親なのではないだろうか。家族のことを考えず仕事で勝手に突っ走って職を失うなんて、まともな大人ならあまりしない。考えれば考えた分、ああ自分は何て酷いんだろうと思ってしまうのである。
晏樹に喧嘩を売ったことなんてあんまり覚えていなかった。それよりも自分の妻子への位置が問題なのである。そうして本当に職を失ったとき、自分が見捨てられるかもしれないということを考えて、柚梨は額に手を当てたくなった。そのまま海よりも深い溜め息をついて穴掘って埋まっていたかった。ああでも職を失うまでは鳳珠の補佐をしなければ。律儀にそんなことまで考える。どっちにしろ、今の鳳珠の傍を離れることはあまりしたくない。
…やっぱり何であんな真正面から喧嘩売ったんだ自分。売るならもう少しマシなやり方があっただろうになあと、今更考える。晏樹に喧嘩を売らないという選択肢はなかった。結局最終的には晏樹に喧嘩を売ることになるので、まあもうしょうがないかと諦めた。

(ああどうしましょう。い、今の内にに文でもしたためておいたほうが良いでしょうかね…。でも何て?もしかしたら職がなくなるかもしれません。覚悟しておいてください?そんな殺生な)

そんな文を書く自分も嫌だ。

(せ、せめてと子ども達だけは逃げてください…?ああでもそれは私が辛い)

既に妻子なくては生きていけない身体になってしまっている。どんなに疲れても邸に帰って家族に会えば幸せになれるのである。だからこそ職を失っても妻子がいれば構わないと思った。
結局逃げる云々の前にやっぱり事情を書かないといけなくなるので、無理だった。ああどうしよう。
ぐだぐだ考えて、やがて柚梨は吹っ切れた。とりあえず今日無事に邸に帰れたら、に全部話してみよう。帰れなかったらそのときはそのときだ。しょうがない。
ああもう、何であんなチャラチャラした人のせいでこんなにも苦労しなければいけないのだろうと、柚梨はひっそりと毒づいた。もしもに事情を話して突き放されたら、もう真っ向から全部立ち向かっていこうと柚梨は決意した。ちなみに突き放されなくても意見するときは意見するので、その決意はあんまり関係なかったりする。
戸部侍郎がそんなこと考えながら仕事をしているだなんて、解る人間はそんなに居なかった。



10/04/19
柚梨さんにマジで嫁ぎたいです。養子でもいいです。幸せになれそう。
こんな話書いてますが、喧嘩売るときに妻子のことをきちっと考えてくれるこの人は凄いなあと思います。
本当素敵です。
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