最高に残酷で最上な言霊

死ネタ

ああ、これが死ぬということか。



そう思った。そうか、これが「死」か。
今までそれなりに人も殺してきた。自分が生き残るためにやったことだ。誰かに殺されることは予想した。
ただ、もう少し後だと思ってた。自分の力を過信しすぎたか、それとも同等の相手の力量に押されたのか。解らなかった。
自分はもう直ぐ深淵の闇へと落ちていくのだろうと、それだけが理解できた。
何となくではない、自分は死ぬ。はっきりと、それは解った。だってもう、手も動かない。
呼吸も苦しく、自分の端鳴だけが聞こえた。ああ、うるさい。でもどうにも出来なかった。

死ぬと理解できたら思うことが多く出てきた。自分はまだこんなにも現世に悔いが有る。何故死んでしまうのだろうか。
もっと沢山の世界を見たかった。もっと沢山の人と関わりたかった。もっと沢山生きていたかった。
もっともっともっと、もっとしたいことが有った。
もっと生きていたかった。ああ、ただそれだけ。もっと生きられるなら、もっともっと、生きられるなら。
何故自分なのか。したいことは沢山してきたはずなのに、もっとしたいことが有った。自分の人生、自分で決めたことばかりなのに、後悔ばかりだった。
知らず涙が流れた。ああ、死ぬのか。死んで自分は、朽ちるのか。

どうせなら、想い人に愛されて死にたかった。
せめて、家族に看取られたら、幸せだっただろうに。



遠くで声が聞こえた。ああ何故、愛しい人。
何故こんな所にまで来たのか、そう問いたかった。何故、最期の最期で来たのか。
独りで死ねたのなら、孤独と後悔だけしか残らなかっただろうに、ああ何故。

「っ、

まだぎりぎり見える視力で愛しい人を見つめた。それでもぼやけて見える。これは、涙か、それとも死ぬからか。
どちらでも良かった。逢えて良かった。でも、逢いたくなかった。
愛していた。好いていた人だった。聡明で気高く、自分の性別を疑うほど美しく、全てに嫉妬することもあった。それ以上に、愛してしまった相手だった。
想いを告げることは無かった。自分にも相手にも、邪魔なものだったからだ。普通の、女人では考えられないだろうと人知れず思って、少しだけ泣いた。
最期に告げてしまおうか。そう思うが声が出なかった。音にならずその空気は口から漏れていった。
ああそうか、死ぬからだ。

「…、、」

名前を呼んでくれるだけで嬉しいと思えた。最期の最期で、自分の思いを告げられたら良かったと思うが、それ以上のことは考えられそうもなかった。
目がどんどん見えなくなっていった。夜中でもないのに、暗い。
声だけが、聞こえる。

「……、…最期みたいですから、…少しだけ、言わせてください」

ああ、そんなこと言うなんて。
もっと生きていたかった。この人の隣に立って、歩んで生きたかった。
視力も無くなり、身体も全く動かず、暗闇の中沈んでいくような感覚だった。少しだけ、痛みを感じているかもしれない。
泣いてるのかもよく解らなかった。
暗闇に捕らわれ沈んでいく。それでも怖くなかった。最期に愛しい人に逢えた。
静蘭に看取られるなんて、哀しいけれど、嬉しい。
そうして静蘭の最期の言葉を聴いた。

「愛していました。いいえ、愛しています。信じられないでしょうけど」

ああ何故、そんな酷い言葉を、言うのだろう。

「愛して、います」


未練が、残ってしまった。


08/07/19
聴力は最期まで残るらしいですよ。
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