赤い傷

「…」

楸瑛は信じられないようなものを見る目で皇子竜の背中を見た。
鍛錬が終わった後、汗を流しているときである。軽く水で布を濡らして、身体を拭いていく。男しかいないときこういうのは楽にできて良い。大将たちやむさ苦しい男たちは豪快に脱いで適当にする(むしろ水を直に被る)が、皇子竜は品よく汗を流している部類だった。
たまたま目に入ったのである。皇子竜の背中が。
赤く線が引かれている、その背中が。
楸瑛は自分の目が軽く信じられなかった。…この皇将軍がそういうことをしないとは思わないが、…いやまさか、こう証拠をばっちり残している背中を開けっぴろげに見せているのも意外だった。とりあえず色々意外で楸瑛はびっくりしていた。
楸瑛のその視線を疎ましく思い、皇子竜は訝しげに振り返った。何だ一体不躾に。

「何か?」
「…いや、その。…意外で」
「は?」
「背中」

いまいち要領が掴めなかった。何だ背中って。しかし直ぐにピンと来る。
思わず子竜は頭だけ背中に向けた。当然だが傷跡は見えない。

「あ、やっぱり心当たりあるんだ?」
「………」
「そうかそうか。やっぱり君も男だったんだねー。ところでお相手はこの間話してた婚約者?」

そこまで断言して話を進めてくる楸瑛が面倒くさいと思いつつ、生真面目な子竜は返事をした。ため息をつきながら。

「…多分そうですよ」
「え、多分て」
「心当たりはそれしかないですけど」
「じゃあそうだろう。それとも自分で背中掻いた記憶でもあるのかい?」
「…いえ」
「ははあ。良いね羨ましい」

引く手数多、泣かした女も数多の百戦錬磨とも言うべき男が何を言ってるのか。子竜は思わず毒づく。
しかし最近はこの楸瑛の悪評もとんと聞かない。想える相手ができたのか。まあ後宮にいた珠翠がいなくなってから、というのは子竜も気付いてはいたけれど。

「いやーでも意外だなー。君そういうのは淡白そうだし。子どもできたら教えてね」
「………」

気が早い。しかも何だ失礼なことをさらりと本人を目の前にして。
…まあ以外だと淡白なのは事実だった。
子どもという単語が頭に残る。いや、まだ式すら挙げていないのに。挙げる予定は立てているけれど。子どもはそれからでも構わない。
子竜はそんなことを考えながら、さっさと汗を拭きあげて背中を隠すように衣を纏った。



数ヵ月後、楸瑛の希望通り子どもができたことをきちんと報告する子竜が、いた。



11/07/21
個人的に凄く好感度が上がった人物。
顔はイメージできませんが、中身がとても格好良い人だと思います。
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