黒薔薇の花言葉

貴方はあくまで私のモノ・決して滅びることのない愛、永遠の愛

ミーノスがわざわざ聖域にまでやってきた。
ただ一つの用事だけに、アフロディーテの宮まで登ってくる。数か月前にも一度自分の用事のためだけに来たことがあるため、皆何故また、と首を傾げるばかりだった。
用事の内容を知っているアフロディーテは、正直どういう顔をすれば良いのか解らなかった。

「無理を言ってすみませんね」
「いや、まあ…相応以上の報酬は貰ったからな」

ミーノスはただ薔薇を作ってほしいと、アフロディーテに言った。冥界ではやはり育たないらしい。買えば良いと思ったが作ってほしい薔薇のことを聞けばまあ確かに自分に頼んだほうが早いは早かった。
しかし作った薔薇の花言葉を知っている分、アフロディーテは何とも言えない気分だった。別にそこを詮索する気はないし、十分過ぎる報酬を…しかも前払いで貰ってしまっては作らないわけにはいかない。
ただこの薔薇を贈られる女性は少し、…少々?いやだいぶ?覚悟しないといけないのかもしれない。少しだけ不憫だ。

「一応小宇宙を送っているから、普通のモノよりかは長持ちするはずだ」

冥界ではどうか解らんがな、と付け足す。光がないあの場所では小宇宙を送っている薔薇でもそんなに長くは持たないかもしれない。
それでも構わないと、ミーノスは笑った。戦闘時のまがまがしい笑いではなく、微笑んでいるという言葉がしっくりくる。この腹の底が読めない男もこんな顔をするのかと、アフロディーテは前回来たときにも思ったことを再度思う。
前回の彼も殊勝な態度で、ただ作ってほしいと、それだけのために聖域までやってきた。書面でも良かったのではないかと思ったが、何やら話を聞けば結構彼としては重要らしい。まあ単身この聖域にやってくるくらいだから彼の中でそれはそれは比重が大きいのだろうと直ぐに解る。ラダマンティスなどに知れたらどうするのか聞けば、言われたとしても聞かないと問題児そのものの回答を貰う。流石だとアフロディーテは感心した。見習わないようにしなくてはなるまい。

依頼された物を、ミーノスに渡す。だいぶ色が付いた金額を貰ってしまったので、こちらとしてもそこそこ手を込んで作り上げた。
最初この薔薇の色を指定されたとき、正直流石冥界の奴らだと、思ったのだけれど。
よくよく話を聞いて、そういえばと花言葉を思い出せば逆に恐ろしくなった。この薔薇を貰う相手は、ミーノスにとってどういう存在なのか。

「毒もないし棘も処理しておいた。ただ包むのだけは別でやってもらってくれ」
「ええ、充分ですありがとうございます」
「……渡すのか?」
「勿論」

まあ直接じゃなく部屋に飾っておくだけかもしれませんけど、などとミーノスは続けた。それは、相手の部屋にか。勝手に飾るのか。それはどうなんだこの男。
少なからず渋い顔をすればミーノスは気づいて逆に質問をしてきた。

「聖闘士は独占欲とかはないんですか?」
「……相手と状況にもよるな」
「ああ、なるほど」

女神相手ならばそういうのは出てこないが、好いた相手には出てくるだろう。ミーノスの言いたいことも解るし、確かにアフロディーテにもそういう対象はいる。いるけれども。

「気持ちは、解らんでもないが」

だからと言ってこの薔薇を贈るかと言われれば、少し違う。それならばアフロディーテは赤い赤い薔薇を、綺麗に美しく咲かせた薔薇を、相手に贈るだろう。
この、黒い薔薇を贈ることを考えたりは、しない。

「解りはするけど実行するかどうかってことですかね。そこは確かに聖闘士と冥闘士の違いでしょうか」
「……」

この男は自分が異端なことをしていると解っていながらやっているのだろう。…相手は、本当に大丈夫だろうか。
しかしミーノスの言葉からすると冥闘士はそういう行動をとるということか。ミーノスのみの話ではないのだろうか。そこは何故かアフロディーテは聞けなかった。聞いたところでどうしようもないし、どうこうもないけれど。
このミーノスの心を掴んでいる相手はどんな女性なのか。この、ミーノスが独占したい相手。

「…相手は冥闘士なのか」
「さて、そこは教える義理があるでしょうか」
「……」

それですら独占欲が湧くのか。いやただ言うのが嫌なだけなのか。面倒くさいのかもしれないが。
これ以上は詮索してもミーノスが話すことはないだろうとアフロディーテは諦めた。

「まあ、聞いたところでどうしようもないからな。…そこそこ頑張って作ったから大事にしてくれと伝えてくれ」
「ええ勿論」

ミーノスはまた礼を言って聖域を去って行った。アフロディーテは何とも言えない顔でそれを見送る。

結局、その薔薇がどうなったのかも、彼が誰に贈ったのかも、解らないまま。


20/06/26
お題:天球映写機
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