イエスかハイかで答えてください


「私と付き合っていただけませんか」

冥界三巨頭の一人、ミーノスにそう言われては頭の中が真っ白になった。

「………」
「この場には貴方一人しかいないんですけど」

人違いじゃなかろうかと辺りを見回してみても、ミーノスの言う通りこの場には以外誰もいない。つまり自分自身に本当に言われたのだとは理解した。いや理解はしたが意味が解らなかった。今この人何て言った?

「いや、ええと、……えーと、白昼夢を見ていたみたいで」
「おやずいぶん器用な真似をするんですね」
「はい私もビックリで」
「そうですか、言っておきますが夢じゃないですよ」
「……いや、いやいやいやまさか」
「そのまさかです」
「いやいやいや」

本当にこの人何を言っているのだろうか。付き合ってくださいだなんて、何のこっちゃ。

「あっ、すいません勘違いですね! ええと、どちらまでご一緒すればよろしいですか」
「別に勘違いじゃないですよ。そっちの意味ではなくて男女の仲として付き合ってほしいと言っているんです」
「……またまた」
「私が嘘を吐くとでも?」

にっこりと微笑まれた。いや逆にその笑顔を向けられると胡散臭い。

「とりあえずイエスかノーで答えていただけませんか」
「……………………の、ノーで……」
「……私が嫌いですか」
「いえそうではなくて、あの、釣り合うとか釣り合わないとかそういう問題もありまして」
「嫌いというわけではないと」
「えっ、ええと、…えーと? ええ、まあ、嫌いでは、ないですけど」

未だに頭が真っ白なはとりあえずミーノスの言葉にきちんと対応していく。若干誘導されているのに気づいてはいなかった。

「付き合っている方とかいるんですか?」
「いえ、いません……」
「好きな男がいるんですか?」
「ぇ、あ、いえそういう人もいません、けども」

冥闘士になる前に憧れだの何だのという相手はいたが、今はもう全く関係もない。というか冥闘士になってからは考えることもできなくなったというのが正しいのだが。
いや本当信じられないくらい忙しい。何で聖戦なんぞやったのかと思うほどだ。
むしろ聖戦やったからこんなに忙しいのだろうが、そこら辺何も考えていないのだろうかとハーデス様たちへと不満を持ったこともあるが口に出したら確実にこの世とまたバイバイすることになるので言わずに秘めている。
混乱している自分を他所に、ミーノスは尚も続けた。

「ならどうして断るのか理由を聞いても?」
「えー……ええと、ミーノス様相手にそんなこと考えたことがないと言いますか」
「なら今全力で考えてください」
「ええー……」

付き合いたいかと言われれば、としては「そんなこと考えたこともない」だった。
そもそも上司にそんな感情を抱くつもりもない。仕事は仕事だしそんな浮ついた気持ちは要らないとすら考えていた。だからこの状況は本気で困る。
そもそも、この上司自体初対面のときから何故かとてつもなく怖いのだ。考えたこともなければ考えようと思ったこともない。今この場にいるのも若干怖くて腰が引ける。

「ええと、職場恋愛とか面倒くさそうなのは考えたことがなくて」
「ですが冥闘士になったのなら職場恋愛するしかないのでは?」
「え、あ、……まあそうなる? のかもしれませんけども。でも考えたことなくてですね」
「ええ」
「そもそもミーノス様上司ですし」
「ええ」
「そんな感じ、で」

あれ私結構嫌な雰囲気出してるのにミーノス様諦める様子がない気がする、とは何故だか冷や汗をかきはじめた。頭は真っ白になってからぐちゃぐちゃになってて今どんな顔をしていれば良いのかも解らない。顔を引きつらせないように頑張っている現状だった。というか滅茶苦茶逃げ出したい。そんなことしたら一も二もなく処罰だか処断されるに決まっているので何とか床を踏ん張っていた。

「今好きな人はいないんですよね」
「ええと、はい」
「私のことも別に嫌いではないと」
「……はい」

と言うか上司に面と向かって嫌いですなんて言えるような奴がいるのだろうか。ただの一冥闘士の自分ではそんな真似したいと思ってもできるわけがなかった。

「関係はプラトニックで」
「はい?」
「とりあえずお試しでいかがですか」
「は?」
「貴方をフリーにしておきたくないので、関係はプラトニックでお試しでどうですか」
「は」

はまた呼吸するのが遅れた。

「デートだのハグだのはしたいですが挨拶のキス以上は何もしません。どうしても私と付き合うのが無理だと感じたならば別れて構わないです。いかがですか?」

いやいかがとか言われても。何その良い提案してますみたいな言い方と顔。何その軽い感じ。
上司が引かないところで何となく嫌な予感はしていたけれど、こうもガンガン行こうぜ的なコマンド使ってこられるとは思ってもみなかった。顔色見ずにガンガン押されて壁際に移動している気がするけれど気がするだけだった。1ミリも動いてはいない。

「貴方が考えたことがないだけで意外といけるかもしれませんし」
「ノリが軽すぎます」
「とりあえずのお試しですからね」

あかん話が通じない。
これパワハラとか言うやつではないのだろうかと、は本気で思った。

「本気で嫌なわけじゃなければ、とりあえず付き合いましょう?」

にっこりという形容詞が似合う笑顔で、上司のミーノス様は微笑んだ。
続いたトドメの一言で更に追い詰められる。

「というか諦める気がないのでとりあえずハイと言わない限り私も引きませんよ」

(この人本気だ)

はもう大人しく腹を括る覚悟を決めた。



24/11/11
昔この設定で長編考えてたんですが書ききれなかったので、1話だけ供養。
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