花を摘んだ。

聖域の隅に、ひっそりと咲いていた一輪を、目に付いたから摘んだ。
ただ彼女に似合うと思った。ひまわりのように大ぶりな花ではなく、薔薇のように気品があるわけでもない。ただ普通の野に咲く花だった。
それでも、彼女に似合うと、一目見たときに思った。だから躊躇いもなく摘んだ。
ただ大量に摘んでも仕方がないし、彼女のようだと思ったものだったからただ一輪だけにしておいた。そもそも花を摘むだけでも柄ではない。

喜んでくれるのなら良いなと、心のどこかで期待をしながら歩を進めた。
萎れる前に渡したかった。彼女ならば喜んでくれるのだろうと、思ったけれども困った顔をされたらどうしようとも考える。運良く逢えるかどうかも今はまだ解らない。件の彼女は、別に自分の宮付きの女官というわけでもない。女官は女官でも教皇の周辺や、聖域全体の雑務を行ってくれる女官だった。少しだけ顔見知りではあるが、別に深く関わったことはない。それでも自分は彼女を目で追っているし、彼女の名前も覚えた。自分が言えば直ぐ様天蠍宮の女官にできるのだろうけれど、それをしたいとは思わなかった。今は遠くから眺めているほうが何故だか良かった。

任務の報告を終え自分の宮に帰る途中だった。教皇宮を出て直ぐに花を見つけたので、そのまま彼女がいないか探しながら階段を下りてアフロディーテの庭園を通る。毒薔薇は危ないのだが、全部が全部毒を持っているわけでもない。しかも聖戦が終わった今、アフロディーテは女神のために見目麗しい薔薇も植え始めた。品種改良もできるあの男は少し時代と場所を間違えて生まれてきたように思う。
その中で知ってる小宇宙を感じる。アフロディーテがこの庭にいるのは当たり前だが、もう一人はまさかの人物だった。

「…アフロディーテと顔見知りだったのか」

焦がれるような想いを抱く相手がいた。遠くから見ているだけで良いと今はまだ思っていた相手だった。
その彼女が、アフロディーテと笑顔で話をしていた。
アフロディーテほど薔薇が似合う男などそうそういないが、彼女があの薔薇庭園にいるのは似合うようで少しだけ浮いていた。似合わないわけではないが、彼女に似合う花は他にあると感じた。

何かを話して、アフロディーテは何輪か薔薇を摘み取って彼女へと渡した。ご丁寧に自分の髪を結んでいたリボンで縛って、簡易な花束にして。

「………」

別に、あの男が彼女を選んで、彼女があの男を選んだのならば、それは別に良いのだが。
良いとは思うが、彼女に薔薇は似合わないと、思った。


***


あの二人に見つからないように自宮に戻った。部屋にいても気が滅入りそうだったので、自分の宮の庭で日を浴びる。
摘んでしまったこの一輪はどうしようかと、ずっと思い悩んでいた。花瓶なんて物は天蠍宮にあるはずもない。いや女官に頼めば良いのだが、自分が摘んだなんて言いたくもなかった。
あの後あの二人はどうなったのだろうか。彼女は人が良いので、笑顔で受け取ったのだろうと容易に想像ができた。アフロディーテだけに見せるような笑顔があるのだろうかと、考えて溜め息を吐きそうになる。宮にいてもいなくても結局気分が滅入っていることに気づいた。そこまで入れ込んでしまっただろうかと手の中にある花を見つめる。

萎れかけているので少しだけ小宇宙を流した。それだけで少しみずみずしくなる。
だけれどもこのまま持っていても結局は枯れてしまう。さっさと諦めて土に還したほうが良い気がしてくる。

そこまで考え込んで、ようやく彼女の小宇宙が近くにあることに気づいた。まさかこんな近くになるまで気づかなかっただなんて、黄金失格だと自分を叱咤する。宮の中からこの庭に来る彼女の小宇宙を確かに捉えた。

「…どうした
「ああ、良かったいらっしゃったんですね。先ほどお戻りになられたと聞いて、書類を持って参りました」

そう言って持っていた書類を渡してくる。とりあえず簡単に目を通した。今日の彼女の仕事はこういう書類を運ぶ雑務らしい。だから双魚宮にもいたのだろうか。
さっきの薔薇の花束をどうしたのだろうか。持っていないのが不思議だった。

「さっきアフロディーテと共にいるのを見たが」
「ああ、はい。上から順に書類を運んでおります」
「教皇宮に来たときに渡してくれれば手間がかからなかったろうに」
「色々手続きをしてからじゃないと渡せなかったりするんです」

後はタイミングですかね。苦笑しながらは真面目に受け答えた。
さっきの薔薇は、自分に言うほどのことでもないのだろう。私的なことだったら余計言わないに決まっているのに、どうしてもミロは聞きたくなってしまった。

「…アフロディーテから、薔薇を貰っていただろう」
「え、見ていたんですか?いやだ恥ずかしいですね」
「まさか、そういう仲だとは思わなかった」
「は!?ちょっと待ってくださいアレは私が教皇宮に飾りたいって言ったら下さっただけですよ」
「………、……………………そうなのか」

思わず返答が遅れた。…これは、喜んで良い、のだろうか。

「女神も近々いらっしゃいますし、少しでも目の保養になるような花をと、言ったらあんなにも下さったんです。…そういう関係に、見えましたか…?」

アフロディーテ様の迷惑になっていなければ良いのですがと、不安そうな顔をする。
ミロはポーカーフェイスで何とか誤魔化しながら心の中では盛大に安堵した。遠くから見ているだけで良いと思っていたところにこのボディブローは中々きつい。外れてくれて助かったとこのミロが思ってしまった。
そこでやっと、書類を受け取った手の中にある一輪の花の存在を思い出した。彼女を想って摘んだ花。彼女がさっき持っていた薔薇の花束には敵わないけれど。

「…だが、あの美丈夫から薔薇の花束なんて渡されたら、良い気分だろう」
「え、うーん。確かにこう、薔薇の花束は憧れではありますが…でも私には薔薇みたいに綺麗で気高い花は、似合いませんし」
「女は、大抵好きじゃないのか?」
「そりゃあ、まあ、夢ですよね。綺麗な赤い薔薇の花束のプレゼントとか」
「…」

やはりそうなのかと、ミロは思うが彼女はまだ話を続けた。

「でも、実際にやられたら…うーん、気後れしてしまうと言うか、ちょっとキザすぎますし」
「…」

さっきアフロディーテがやったことに対してはミロは言わないでおいた。あの男なら普通にしそうだが、彼女の好みではないのだと記憶に刻む。
自分の中にある書類と一輪の花を、軽くミロはまた握り締めた。

「もっと私の、身の丈に合ったものを戴いたほうが、嬉しいですね」

女神には似合いますけど、自分にはちょっと…と、そう言い終った彼女の髪の毛へとミロは腕を伸ばした。手に一輪が収まったままの腕を、自分よりもずいぶん低い頭へと向ける。
さっき摘んだ可愛らしい小ぶりな花を、そのままの髪に挿した。
一瞬何が起きたかは解らず呆けて、次いで自分を見てくる。阿呆面を前面に出して、素っ頓狂な声を上げた。

「…え」
「お前に」
「え!?」

驚くを他所に、ミロは自分の感性が間違っていなかったと確信した。
似合うと思って摘んだ花だった。彼女が浮かんだから躊躇いもなく摘んだ。やはり、自分の見立ては間違いない。

「ああ、お前には、薔薇よりもこのくらいの花のほうが、良い」



14/02/11
ミロは原作通りに行くと犬っぽくも脳筋でもないと思っている自論です。でも一直線ではあると思ってます。
聖域の連中は意外と初心というか何か女性に対してまごまごしてたら美味しいなあと妄想してます。
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