1.過ぎた日々を、


 アイオリア 

「昔はあんなに可愛かったのに」
「……」

アルバムを見つけたと言ってが見せてきた。
兄のアイオロスと、小さい頃のアイオリアと、やはり若い頃の。この頃はこんな風になるなんて夢にも思っていなかった。ただ女神のために聖闘士たちが一丸となって世界の平和を守るんだと信じ切っていた頃だった。そこに当然のように兄のアイオロスがいて、憧れの年上たちがいて、切磋琢磨する仲間たちがいるものだと、勝手に思い込んでいた時代だった。その頃からだけは変わらずに隣にいてくれるのを、アイオリアは今になって感謝するようになる。しかしこれまでの色々がなけれなが隣にいたものかも微妙なところで、アイオリアは今までの境遇を嘆けば良いのか喜べば良いのか少し複雑だった。
の隣で覗き込みながら、彼女の言葉を聞く。…まあ確かに、この頃はそりゃあ可愛らしい時期だろう。

「この頃はほっぺもぷにぷにで目もくりくりしてて可愛かったのになあ」
「……」

どう返せと。成長しないほうが良かったとでも言うのだろうか。
は正直あんまり変わりがない。いや成長はしているのだがらしさはそのままだった。それに比べればまあ、自分はだいぶ変わったとは思う。身長体格もそう?だが、目つきやら顔つきやらが変わったのは自分でも解る。髪の色も流石に変わって少し焼けている。昔はそういえばもっと金に近かったと思い出した。
少しジト目でアルバムとを交互に見て、何を言えば良いか迷っていれば彼女は更に続けてきた。

「でもこんな可愛いかったのがここまで格好良くなるんだから凄いねー」

どう、返せと、彼女は言うんだ。
続けざまに「リアの子どももこんな可愛くなるのかなー」と言われて、生んでくれるのかと思わず期待してしまった。



 2.痛いほどに、


 ミロ 

ミロからの抱擁は中々痛い。

「すいません少しだけ苦しいです」
「…すまん」

きちんと言葉で言えば腹周りの圧迫感が弱まる。
黄金だからかとても力が強い。それでも加減してくれているのが解るのだが、からしたら苦しいほどだった。付き合い始めは本当に苦しかった。しかもそれを言うのも何だか可哀想だし言いにくいしで結構辛かった思い出がある。
というか隙間なく彼は抱きしめようとするからではないだろうかと、は結構真面目に考えた。別に嫌というわけではないので良いのだが。
しかし食後の彼の抱擁は中々苦しいので困ることはある。特に後ろから腹に手を回されると大変不味い。色んな意味で不味い。

だからと言って弱弱しく抱きしめてほしいというわけでもなく。
初めて息苦しいと言った後は、暫くハグがなくなった。それはそれでとても寂しく、というかやはり愛想をつかされたのではないかと悲観してしまい泣きべそをかいたことがある。きちんと話し合って落ち着いたものの、当初に比べればただ添えているだけの抱擁になってしまい、それも何だか違うとなった。
苦しかったら言うから、ミロの気持ちで抱きしめてほしいと伝えれば、やはり息苦しいほど抱きしめられた。辛いと言えば彼は直ぐに緩めてくれるので、それはそれでコミュニケーションの一環のような気がする。
弱弱しいハグよりも、これくらい力強いほうが彼らしい。想いの丈を与えられているようで正直嬉しい気持ちもある。あと意外とスキンシップが好きらしい。甘えたなのかもしれないが、普段黄金として凛々しい彼からしたらギャップが可愛くてついつい許してしまう。最近はそれが解ってやっているのではないだろうか。
結局好きだから良いかということになるのだけれど。

「これくらいは?」
「はい、大丈夫です」

肩口に顔を埋めた彼が、笑ったような気がした。



 3.変わらぬ愛を、


 アフロディーテ 

毎年毎年、アフロディーテは薔薇を贈ってくれる。
彼が育てた薔薇はいつもいつも綺麗に美しく咲き誇っている。流石に毒はなく、棘も処理され彼が小宇宙を送っているせいかとても長持ちする。
毎年毎年、アフロディーテは綺麗な薔薇を、贈ってくれる。
それは赤い薔薇のときもあれば、薄いピンクもある。時折グラデショーンのものもある。白とピンクのグラデーションはとても可愛らしかった。色んな色の薔薇を貰ったが、流石に青い薔薇はまだできないらしい。できたらあげると、軽く言われたがそれは貰って良いものか軽く悩んでしまった。数年前に日本の企業が成功したから自分もやっていたいと言って育てているが、やはり難しいらしい。
毎年毎年、アフロディーテは飽きずに薔薇を贈ってくれる。
今年は何色だろうかと、ワクワクしている。薔薇は色だけでなく蕾や枯れたものでも花言葉が違ってくるので毎年頑張って調べては頬を染めるのが常だった。黄色の薔薇を貰った際は流石の自分も意味を知っていて気落ちしたことがあるが、よく調べてみれば色味によっても花言葉が違うと知って難しい世界だと実感した。枯れた白い薔薇を貰った際も「何故?」と首を傾げたが調べてみればまた顔の熱が落ち着くまで時間がかかったことがある。
今年は、どんな薔薇だろうか。贈ってくれること前提で考えているが、彼が忘れることはないだろうとは確信している。
もう直ぐ来るだろうから、はお茶の準備と用意していたお菓子を出し始める。この時期になればアフロディーテのお眼鏡に適う紅茶と、それに合うようなお菓子を探して用意するのがとしてのお返しだった。
今年もこの時期がやってきた。さてどんな薔薇を、彼は持ってきてくれるのだろうか。

毎年毎年、アフロディーテはに薔薇を、贈ってくれる。


ゴールドに近い黄色の薔薇の花言葉、何をしても可愛らしい。
枯れた白い薔薇の花言葉、生涯を誓う。
何の記念日かは、どうぞお好きに。



 4.夜空を見上げ、


 シュラ 

思ったよりも手間取ってしまった。
シュラは舌打ちしそうになるのを何とか抑えたが、それを我慢しても自分の不甲斐なさや腹立たしさはなくならない。任務を楽観視することはないが、それでも今回のこの任務でこれだけ時間がかかったのは予想外だった。まさか夜を越すまで長引くとは思わなんだ。
どんなに遅くても今日中には帰る気でいたというのにこの体たらく。だからこそ舌打ちの一つや二つしたくなる。この場には自分しかいないのだからしたって別に構わないのだが。しかし任務中に余計な行動や感情を露わにすることはあまりしたくなかった。

遅くなってしまったとシュラ自身は思っているが、それでも与えられた期日の半分程度で済んでいる。ただ内容的にもっと早く終わらせる気でいたため、自分の未熟なところが原因かとシュラは自分自身を責めていた。
というか正直帰りたかったという俗なことも理由にある。

灯りもない暗い場所なため、見上げれば煌めく夜空である。こういうとき方角が解るから自分たちの知識教養はそこそこ便利だ。そんなことも考えるが素直に綺麗だと感じる感性もきちんと持ち合わせている。ただ綺麗なだけで腹は膨れないし誰も守れない、呆けていて自分の身を危険に晒すようなことにしたくない。綺麗ではあると感じられるが、だから何だということである。
隣にがいるのなら別なのだが。

彼女はもう寝ただろうかと、自分の想い人のことを考える。夜更かしすることもあるが、眠いときには直ぐに寝てしまう彼女は今日は、どうだろうか。
起きているならこの空を見ているだろうか。自分の帰りを待っていてくれるだろうか。でももう寝ているかもしれない。
この任務地での夜空は少し聖域とは違う。ギリシャよりも綺麗、かもしれない。それはこの周りに灯りがないからだろう。
今の時期は自分の星座がよく見える。彼女は聖域で自分の星座が、見えているだろうか。
しかし夜風に当たっているのならば早く部屋の中には入ってほしいとも思ってしまう。のことになると途端に弱気にも、不安にもなる。愛されている自信もあるが、だからと言ってそれがずっと続くだなんて妄想できるほどの若さでもない。

今夜も、明日も、どうか彼女が彼女のまま、過ごしてくれればと、シュラは切に思う。

しかし明日には逢える。今日はとりあえずここで一晩過ごして、明日朝イチで戻ろう。自分の星を見ながら、シュラはと明日のことを想った。



 5.絶えず君を、


 サガ 

「ただいま戻りました」

笑顔で帰還した彼女を見て、私がどれだけ安堵したか、彼女自身は解っているだろうか。



黄金を行かせたほうが良いのではないかと言われる任務に彼女を向かわせた。能力的に彼女が適任なのと、黄金も女神の護衛で日本に何人か向かわせたからだった。
シオンとアイオロスと、自分で下した決断を、後悔することはしたくなかった。彼女は行くと言い、ならばと自分たちは送り出すしかない。どれだけ考えても今の聖域の状況と聖闘士たちの現状を考えれば彼女が一番適任だった。
後悔は、したくなかった。

必ず戻ってきてほしいと、ただ一言前夜に告げた。言えば彼女は『何か逆に死にそうだからそういうこと言うの止めてください』と真顔で返してきた。…女聖闘士は、何と言うか強い。というか女神筆頭にやはり女性は強い。
その返答を聞いて彼女の手を握ったまま固まれば、今度は笑って自分の手を握り返してくれた。

『そういうことを言うんじゃなくて、どっしり構えて送り出してください。教皇補佐』
『……』

それは、そうなのだけれど。

『今は、仕事中ではないから、ただのサガとして言っている』
『あーなるほど。じゃあそうですね、ハグとキスを所望します』

明日は教皇補佐として送り出すんでしょう?だったら今、彼氏らしいことをしてください。
そう言われて何もできないほど廃れてはいない。
顔を近づければ彼女は目を瞑ったので、そのまま口を合わせた。何度か啄ばんだ後、彼女の肩に顔を埋めて抱きしめる。

『他には?』
『至れり尽くせりですねぇ』
『たまにはな』
『じゃあ添い寝とか?』
『……』

それは手を出しても良いのだろうかと思ったが抑えた。いや出しても多分怒られはしないとは思うのだけれど。明日彼女は早いのであんまり負担もかけたくはなかった。
生殺しかと、少し辛かったけれど彼女がそうやって甘えることは少ないのでそのまま抱き上げて寝室まで連れて行った。起こすかもしれないと思いつつ、寝ている彼女に口付けするのは流石に許してほしい。(というか彼女なら多分気づいていたようにも思う)
次の日、はいつもの笑顔で聖域を出て行った。



「サガ、顔に出すぎだ」
「!」
「ぶふっ」

彼女の帰還にほっとしていれば、アイオロスに指摘されてしまう。顔に出ているとは、正直情けない。しかもに何故だか笑われた。

「仕事人間なのに意外ですね」
「いやが居ない間ずっとソワソワしていたぞ」
「…アイオロス」
「おお怖い」

本当のことだがそれを何故彼女に言った。横目で睨めばアイオロスは飄々と肩をすくめる。
はやはり笑っていた。

「詳しいことは後で二人きりのときにお聞きしますよ」

…居ない間どれだけ想っていたかを、嫌になるほど伝えようと、サガは少し眦を赤くしながらの報告を聞いた。



14/11/11
お題:確かに恋だった
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