1番隊隊長のマルコとその隊員のは実は良い仲である。
それを知っているのは本人たち以外おらず、船の上ではただの隊長と隊員で、ただの仲間である。親父にすら知らせていない。
海の上では仲間で、島に上陸すれば男女になる。宿を取って夜は共に過ごす。そんな仲だった。

マルコはがそうやって分けて接してくるので何も言わないが、自分の女が男に囲まれて生活しているのである。気が気じゃないときが多い。
そもそも言えるなら自分の女だと言いたいし接したい。分別はあるが独占欲がないわけではない。
屈託なく接することができる白ひげ海賊団の面々は仲間としては頼りにしているが、ナースたちとは別に接しやすい立場に女のがいる今の状況は、マルコからしたら危機感が募る。いや無理矢理コトに及ぶような奴がいるとは思っては、いないのだが。
……いないと、思っているのだが。
完璧に断言できるかと言えばNOだ。男なんて頭と下半身は別物だし、マルコ自身もに手を出しているからだ。絶対に船の連中が手を出さないとは言い切れなかった。
だから、マルコとしては牽制も込めて自分の女なのだと言いたい。隣に立たせたい。だが海の上でははマルコの部屋に来ることは絶対にないし、隊長と隊員の線引きはしっかりしてくる。感心するほどにキッチリしているのだ。
もだいぶ古株なので隊長格相手にもタメ口で喋れるが、ただの仲間としての話しかない。そもそも仲間が多すぎて二人きりになれることもそうそうない。

「っしゃあ、飲み比べ勝負だ!」
「よしきた負かす!!」
「やったれー!」

見た目はどう見ても女だが、さすが海賊なだけある。はそこらの男よりも強いし、酒も呑める。可愛らしいよりも勇ましい。それでもある程度小綺麗にはしているので女らしさがなくなることはなかった。

「また良い呑みっぷりだなは」
「限度を解ってるからまあ良いがよい」
「若い奴の代わりに呑んでたりするからな、おかげで下手な隊長格よりも慕われてるぞ」
「へえ」

酒が呑めない奴もいる、それを無理やり呑まそうとする奴もいる。は代わりに酒を呑んでは無理やり呑ます相手を逆に潰していく。それすらも全員楽しんでいるのでもはや恒例行事である。呑まされそうになった奴からしたら救世主だろう。
自分の女は人気者である。マルコはそれが嬉しいのか不満なのか解らなかった。多分どちらもだ。

「あれーマルコたち隊長格が固まって何してんの、猥談?」
「いや本当にしてたらどうしてんだお前」
「混ざる?」
「混ざるな混ざるな」

ジョズやビスタたちと軽口を叩きながら更には酒を煽る。
若い奴と喋るのも楽しいが、古株たちと喋るのも気楽で良いらしい。
少なくなっていたコップにから酒を注がれ、マルコは礼を言いながらのコップに合わせて乾杯する。誰とどんな話をしているか解らない場所よりも、近くでこうやって呑んでいるほうがマルコとしては気が楽で良い。

の呑みっぷりは漢らしいって話だ」
「あはは隊長格の奴らに褒められるのは嬉しいねえ」
「怒らねえのかよい」
「いやーそこそこ酒強いのは自覚あるから」

呑みっぷり褒められるのは悪い気しないしー、とは続けた。そのまま自分の酒を飲み干すが、その姿は海賊そのものだ。豪快すぎる。
少しだけ口の端から零れた、酒の雫がそのままの胸元に落ちた。
勿体ないとマルコは思いながら、見なかったフリをする。仲間たちと当たり障りのない会話を進めた。

もキッチリ分けているが、マルコもマルコで誰にも悟られないようにするのは得意だ。
だが次の島まで触れることもできず、キスもできず、話すこともままならない。お預けである。

自分の女だと主張もしたいが、今のこの隠しながら付き合っている状況も楽しんでいるから、まあ悪くはないのだけれど。その内どうにかなるだろうと、思いながらもマルコは次の島が早く見えないかと心を馳せた。



その内が意外と直ぐ来たのは次の島でのことだった。

「えっ嘘、何でこの島にいるの!?」
こそ!」

の昔の顔見知りがその島にいた。旧知の仲なのは見て聞いていれば解る。ただただ、その相手が男だったのがマルコは気に入らなかった。言ったら大人げなく、態度に出せばガキくさい。少し拳を握ったが、何とか表に出さずにその様子を見ていた。

「マルコー!呑み行ってくる!!」
「…あんま羽目外すなよい」
「もちろん!」

心は狭くない。よりもマルコのほうが年を取っている分、大人ぶりたいのがある。余裕のある男でいたいのもある。だから何とか送り出せたが、マルコとしては海の上ではお預けで、陸に上がってもに手が出せない今の状況は楽しくない。
陸の上で、自分の前にいるは女の顔をする。それは他の誰も知らない、マルコだけが知っていることだ。ただその顔を見れるのは別に自分だけではないのも、マルコは知っている。が他の男に行けばそれまでで、昔の男がいるかどうかも実は聞いたことがない。今、共に酒場へ向かった男とはどういう仲だったのか、聞きたくても仲間が他にもいるこの場では聞けなかった。聞いたところで醜く子どものように嫉妬をして、「行くな」などと言うようなみっともない真似もできない。行かせるしかなかった。
首を掻きながら勝手にため息が出ていた。やらないといけないこともあるので、仕事でもして気を紛らわそうとマルコはから視線を外して動き始めた。


***


上陸した島で再会したのはの昔の知人だった。
前に出会ったときと比べて大人びて、男性らしく変化していて一瞬誰だか解らなかった。素直にそれを伝えれば「あれから何年経ったと思ってるんだ」と苦笑されてしまう。
酒を片手に、昔話を懐かしむほどの相手だった。

「昼は過ぎたけどこんな時間から呑むのか」
「海賊だよ私」
「…それもそうだ」

若いころの話、これまでの話、今の話。聞きたいことも話したいこともたくさんあった。酒がそこそこに回るほどに話し込んでしまう。そこまで来ると日もだいぶ落ちていた。どころかだいぶ外が暗かった。

「いまさらなんだが、二人きりで呑んでて平気か?」
「んん?」
「誰か相手がいたら悪いだろう」
「その言い方だとアンタは今いい人いないの?」
「質問を質問で返すなよ…、おれはいるよ。いるからこの島に定住してる」
「おわマジか。むしろこっちが相手に悪いわ」
「今日仕事で帰ってこれないんだよ。一人で外食するつもりだったから助かったけど」
「あーそうなの」

ツマミを食べながらは酒をさらに煽る。目の前の男に苦笑をされて「は?」と改めて聞かれた。

「んー…んんー……」
「ええ、何だその反応。好きな相手はいるって感じか?」
「あーうーん……いやうん、好きなんだけど」
「?」
「セフレ?なんだと思う」
「いやいやいや」

目前の相手に何とも言えない顔をされた。
自身そこそこ酒に酔ってはいるが、頭はハッキリしている。マルコとのことを思い出すが、どう考えてもセフレでしかないとは結論付けた。好きではあるが、マルコがこちらのことをどう思っているかは知らない。

「身体の関係しかないからそう言うしかないなあ」
「マジか。それは白ひげの仲間…だよ、な?」
「そうそう。陸の上だけの関係だわ」

船の上では必要以上に接触しない。陸に上がることになるとマルコが宿を取ったことを伝えてきて、そのまま籠ることが多い。
別に何か貰ったこともないし、言葉で伝えられたこともない。セフレと言わずに何と言うのか。性欲処理?その割に海の上で抱かれることはないので、海の上ではナースと、陸で自分となのかもしれないとは考えている。しっかりしたものを食べているのも美味しいが、ジャンクを食べたくなるアレだろう。ゲテモノ好き…なわけではないと思いたい。
はマルコの部屋に入ったこともないのである。どんな関係かと聞かれたら爛れた関係だろう。セフレの他に何と言えば良いのか。お金を貰っているわけでもないので援交とも違う。身体を繋げているからの地位が高いというわけでもない。そういうことを言われるのが嫌なので、表立ってもマルコに抱かれているとは言ったことがない。マルコもそういうことを言っていないのは他の仲間たちを見ていれば解る。
だからこれは、爛れた関係でマルコとはセフレなのであろう。
はかいつまんでそう伝えた。

「…何と言うか、コメントに困るな」
「だよね、ごめん」
「いやがそれで良いなら、良いんだけどさ。好きなんだろ?」
「好きだよ。格好良いの。頭も良いし優しいし、自慢の隊長。だからこの関係でも嬉しい…んだと思う」
「……何か意外だ」
「何が?」
「海賊なんだろう?好きなものは奪うとかそう言うのかと思ってた」
「ああー、あっはっは確かに」
「いやでもよく考えたら白ひげの海賊だもんな。そういうことしないか」

おやよくご存じで、などと軽口を叩いた。白ひげの海賊旗があって助かっている島があるのは事実である。程度の低い略奪をしない。誇り高いエドワード・ニューゲート率いる白ひげ海賊団の一員なのである。家族にしてくれたあの親父の顔に泥を塗る真似はしない。それが白ひげ海賊団の一人としての矜持だ。
だからこそマルコとこの程度の関係でもそこそこ満足していた。あの男の大事な女にもなりたい欲はあるが、そうなったときに足かせや弱みになるのだけは絶対に嫌だった。それならこれくらいの関係で、普通よりもあの男に近い位置で、想いを大事にしていくことだけでも良いのかもしれない。

覚悟がないのだろうと言われれば、言葉に詰まってしまうけれど。
きちんとマルコからの想いと自分の立ち位置を確認したときに、自分が揺らがないでいられるか解らなかった。この関係が終わってしまったら…なんて思ったりするのだ。女々しいとは自分で思うが、こういうところは女なのだと再認識する。好いた男に愛されたいけれど、接点がなくなるくらいならこのままの関係でも良いと思えた。それが良いか悪いかはともかく。
ベッドの上だけでも見てもらえるのなら、それはまだ幸せなのである。見てもらえているからだ。も1番隊の隊員だが、この関係がなくなれば今後どうやって接したら良いのか解らず同じ隊なのに疎遠になってしまうような気もした。
思った以上に好きなんだなあと改めては思う。

目前の知人はそれ以上聞くことはなく、別の話題を振ってくれた。優しい男だ。だからこそちゃんと女性と巡り逢えてこうやって定住できたのだろう。
残っている酒を煽って、もうそろそろお開きしようかと考える。別に朝まで呑んでいても良いのだが、いくらなんでも一般人相手に(しかもちゃんと相手がいるのに)それをするのは不味いだろう。

自分がだいぶ呑んだので多く払おうとしたら、知人は「おれのが食べたからせめて割り勘」とお金を出してくる。そんなこともなく、のほうが湯水のように酒を呑んだので自分がちゃんと払うと伝えても、流石にそれは男として困ると苦笑される。ちんけなプライドだと思ってしまったが、まあそれはそれでこの男の矜持なので有り難く割り勘でお会計を済ませた。
済ませた後に、ここはもっと女らしく在るべきだったのかもしれないと、いまさら思ったが後の祭りだった。女だからと言われるのが嫌なので別に良いのだが、こういうところが駄目なのかもしれないとは思ってしまう。ナースたちのように可愛く綺麗でいれたらもっとマルコの隣に立てるのかもしれない。

(いやそれはそれで仲間の奴らに熱があるように思われるわ)

自分の性格的にもできないので秒で諦めた。しょうがない、人には向き不向きがあるのである。海賊やって楽しんでいるので、もういまさらどうしようもない。いやどうするつもりもないのだが。欲しいものは手に入れる海賊だ。自由を愛する海賊だ。向いてないことするもんじゃない。うん、しょうがない。

「送ってくよ」
「は?良いよあんたの女に何か勘違いされたりしたら面倒だし」
「いやそういう問題じゃないだろ」
「ええ……でも私のが今強いし」
「ぐっ」

そりゃ確かに、と弱弱しく呟かれる。あの白ひげ海賊団の船に乗っているクルーである。しかも古株。いくら酒が入っていようと今や一般人のこの男に送ってもらわなくてもはどうにでもなる。

「っていうか仲間たちに何か勘違いされそうだし」
「ああー…そっか、そうだな。勘違いされたら嫌だもんな」
「ぶん殴るぞ」
「スネ蹴りながら言うの止めてくれる!?」

気色悪い笑顔で言ってきた奴が何言っているんだと、は最後に男の靴を踏みつけた。

「ひっでぇなあ…!」
「何か言った?」
「ああもう、はいはい」

全てを諦めて男はため息をつく。店を出てそれじゃあと挨拶しようとする前、少しだけ真面目な話をされた。

「なー。一回さ、聞いてみたら良いと思うよ。おれは」
「……さっきの話?」
「そう」

酒のせいか少しだけ頬を赤くして知人は続ける。

「男ってさー、言わなくても解ってるだろって、思ったりするから。特に何て言うかな、女のひとのほうが色々気が付くじゃん。だから言わなくても通じてるって思うこと多いんだよね。これが男同士だと言い合わなきゃ理解できないって思うのに、男女になると何でかおかしなことになるんだよ」
「それ実体験?」
「ははっ、そう」

彼女と喧嘩するときって、大抵お互い言葉が足りないんだよ。そうやって鼻の頭をかきながら照れくさそうに言ってくる。表情は苦笑いしているのに、その姿は何故だか微笑ましい。今はもうそのことは乗り越えているからだろう。
はこれが彼氏彼女というやつか、と目の当たりにする。いやもう結婚してるのかもしれないが。が自分とマルコの話をしてしまって空気が暗くなったのでその辺りを聞けなかった。
マルコがこうやって照れて笑いながら自分のことを話す姿なんて想像ができない。この辺りやはり自分たちはその程度の関係なのかもしれないと思ってしまった。

「海賊のことはよく解らないけど、もしかしたら相手のほうもキッカケがなくて今の状態なのかもしれないし」
「ああん?」
柄悪くなったなあ」
「うっせ」
「先に身体の関係になったせいでどっちも前に進めなくなったんじゃないかって言ってるんだよ」
「…………」

なんだかこれも実体験なのではないだろうかと、は根拠もないが思ってしまう。これは流石に詮索するのは無粋だろう。

「まー本人が進む気ないならおれが何言ってもしょうがないんだけどさ。好きな相手だったら後悔しないほうが良いと思うよ」
「あんた……」
「ん?」
「んーん、あんたのパートナーさんはいい人見つけたなって思っただけ」
「……そりゃ、嬉しいね。ありがとう」

こっちこそ、と片手を上げて振る。島を離れるときはまた呑みに行こうと約束をし、別れた。
仲間たちと一緒に呑む酒とは違って、これはこれで楽しいものだったとは良い気分で帰路を歩く。
星がよく見える夜だった。すごい遅い時間というわけでもないが、夜やっている店以外は閉まっていて人もまばらだった。変な奴に絡まれたりもするが、白ひげ海賊団のマークを開けっ広げにしているので勝手にどこかに散っていく。

(いーい夜)

酒で気分が良く、気温も過ごしやすく、星が綺麗だ。良い夜だ。海の上で見るこの星空も好きだが、陸で見るのもまた良い。
これで酒があればまたさらに良いのにと、さっきまで呑んでいたのには思っていた。
仲間たちとワイワイしながら呑む酒も美味しい。旧友と昔話をしながら呑む酒も美味しい。一人でこうやって黄昏ながら呑む酒も絶対に美味しいに決まっている。
マルコと、一緒に夜空を見上げながら呑む酒はどんな味がするだろうか。二人きりというものになるのは陸の上でだけだ。そのときも宿を取って部屋に籠ってばかりで、そういうしっとりした雰囲気は味わったことがない。いやピロートークはあるけれど。だが大体コトが済んだら寝てしまうし、朝が来たら服を着て宿を出て終わりである。しかも宿を出るのも早い時間なので仲間たちに見られたこともない。

(やっぱ思い出せば思い出すほどただのセフレだわ……)

いい気分だったのに一気に台無しになった。いやマルコのことは好きなので今の状態でも良いとは思っているのだが。
何か物が欲しいのかと言われればそういうことでもなく。物欲を満たすのは自分の力でするのが一番いいとは思っている。海賊なんだから欲しいものは自分で手に入れる。
言葉が欲しいのかと言われれば、それはそれで慣れていないので恥ずかしいだろうなと思ってしまう。マルコってそもそも、そういう言葉を言うタイプなのだろうか。全く知らない。

(こりゃ船に戻ってもまた呑み直すかなあ)

一気に醒めてしまった。仲間たちが宴会でもしているだろうし、一緒になって騒いで今日は寝てしまおう。

(あ、ていうか今回マルコに声かけられてない)

上陸して直ぐに旧友に会ったのだから当然か、とは納得した。船に戻って誘われたらどうしようか悩んでしまう。今のこの気持ちで付き合えるだろうか。一発強めの酒を入れないとダメかもしれない。
考えながらゆっくり歩いていたが、船に着いてしまう。大きすぎるくらい大きなこの船はずっと見えていたが、船体にまで辿り着くのにまだもう少しかかる。
船からは騒いでいる声が聞こえてくる。やはり宴をしているみたいだった。
さらに足を進めれば、船の近くに置いてある明日か出航前にでも積むのであろう荷物たちやコンテナが見えてくる。その荷の上に、馴染みの顔が見えた。

「……あれっマルコ?」
「帰ったかよい」

この特徴的な顔はどう見てもマルコだろう。喋り方も特徴的すぎる。悪魔の実の能力も特徴的すぎて身バレが早いだろうなといつもは思う。
何で宴に混じらずこんな外にいるのだろうか。

「どうしたの一人で」
「お前なあ……呑みに行くつっても行き先も伝えずにこんな時間まで出歩いてりゃ心配もするだろうがよい」
「……お?…………おお??」

まだ日付も変わるには少し遠く、何なら酒場だって普通に開いている時間である。そんなことを言われたのは初めてだ。

「あっ何、女だからってこと?ぶっ飛ばすぞ」
「何でそうなるんだよい!!お前ェ好戦的すぎるのも考えものだぞ」
「そんな弱そうに見えてるなら力を示すしかないかと」
「止めろ、何でそうなるんだよい。というかそうじゃねえ」

そもそもお前がおれに勝てるかよい、と瞼を押さえながらマルコにため息を吐かれた。確かにまあ勝てる気は全くないのだが。酔っていてもある程度戦えることを示せば良いのかとは思ったが違うらしい。

「いやだってナースたちならともかく私にその甲斐甲斐しさはいらないじゃん?」
「ああ?自分の女心配して何が悪いんだよい」

その瞬間一拍どころかの時間が数拍止まった。

「………………、…………え?」
「?」
「え?」
「何だよい」
「誰がなんて?」
「は?」

訝し気な顔をマルコにされるが、は言われたことが全く理解できなかった。耳に入ってきたその単語は、聞き間違いではないのだろうか。

「私のこと言ってるの?」
「……お前ェそんな酔ってるのかよい」
「ええ……、え?…………あ、そうか陸の上での女って意味?」
「……あぁ?」

ヤバい怒らせた、とは流石に気づいた。だがとしては本気で言っているのと混乱しているので失言したのは気づいたが、どれが失言なのかあまり解っていない。

「だって、あの、だって、……だって私、セフレ、でしょ」
「ああ!?おま、…は!?お前ェ何つった!?」
「り、陸の上の女でしょ…!」
「はあ!?何でそうなってるんだよい!…………!……ああくそ、違う、あーそういうことかよい」

頭を抱えるように額に手を当てて、マルコは何かを納得したようだった。大きくため息をつき、を見る。はマルコに真っ正面から見られて少しだけ肩がすくんでしまった。
さっきは自分の立場をきっちりするのを怖がっていたのに、これはどういうことだろうか。好いているマルコに真正面から見つめられる。身体を重ねようとも陸に上がらなければその回数は増えないので、実はこうやって面と向かって話すことも少ないのだと今さら気づく。好いた男はこうやって見ても格好良いとトンチンカンなことを考えた。

「……
「うえっ、はい」
「……お前ェ、他の男ともそんな関係あんのかよい」
「はあっ!!?!!?ないわそんなん!身体が持つか!!」
「いやそこじゃねえだろ」
「何、なんなの……。………わた、私、…………ちが、マルコ、あの」

頭がこんがらがっている。確かに酒は呑んでいたが別に前後不覚になるほど呑んでいない。この船まできちんと帰ってこれる程度に、マルコと喋れる程度にしか呑んでいない。
何でこんな風に狼狽えているのか解り切っている。マルコに言われた言葉をない頭で必死に思い出した。

『自分の女心配して何が悪いんだよい』

反射的に顔が熱くなった。生娘のようにこんな言葉で茹でタコになるなどと、何てことだ。どれだけ下ネタを言われても受け流すかさらに酷い返しをするほどなのに。
赤くなるのが止まらなかった。耳まで熱い。口はへの字だ。

「…………」
「…………」

無言で見つめ合ってしまう。この暗さなら自分の顔の赤さがバレないだろうかと、は思う。こんな情けない顔見られたくなかったが、マルコから目を逸らせなかった。

マルコはマルコで、何でが自分の部屋にも来ないのか、甘えてすらこないのかが今やっと解った。いやでもやっぱり船の上で何もなかったのはおかしいとは思うが。確かに自分が陸に上がったときに声をかけて宿に行くことしかないので、そう思われていてもしょうがないと納得してしまう。船の部屋だと声が聞こえるとかそういう話だと思っていたのだが、違ったらしい。仲間たちにからかわれるからとかそういう理由でもなかったみたいだ。
とんでもないすれ違いをしているのだと今やっと気づく。

(しかしお前ェ、そんな顔すると期待しちまうぞ)

ベッドの上との顔とはまた違う、けれどもしっかりと女の顔をしているを見て、マルコは悪くないと思ってしまう。は暗いから顔が見えていないでほしいと願っているが、残念なことに耳まで赤くなっているのはバレバレである。
セフレだと思われていたのはマルコからしたら全くもってして良くはないのだが、のこの反応を見る限りこちらに悪い感情はなさそうだった。なら別に遠慮することもないか、とマルコは思う。

「とりあえず、
「へあっ」
「どういう声だよい。取って食いはしねェよ。…何か勘違いしてるみたいだから、言っておくがな」

手の収まりが悪いのかマルコは頭や首に利き手を動かす。最後に腰に持ってきて、いつもの船の上のマルコに戻った。1番隊隊長の、不死鳥マルコだ。知らずは少しだけ背筋が伸びる。

「自分から誘うような女はお前ェ以外いないし、そもそもこうやって酒も呑まずに帰りを待つなんてことすんのもお前ェだけだよい、

隊長のせいかナースたちにアプローチされたことがないわけでもない。陸に上がって声をかけられたことがないわけでもない。だがマルコが自分から声をかける女は今は一人だけだ。
昼から出てこんな夜になっても帰ってこないので、心配になって一人で帰りを待つなんてことをするような相手も、だけだ。マルコ自身の中では自分の行動は解りやすいと思っているのだが、に対して別段何もしてないのでそりゃ勘違いされるな、と今思う。
こんなことを言うことに少しばかり恥ずかしさもあるが、そんなことでの認識がそのままなのもマルコとしては癪である。隣に置きたい女なのだ。海賊だの仲間だの関係なく、手を引きたい女だ。きちんとするためなら自分の羞恥心など直ぐに捨てられるのがマルコだった。がこんなにも赤くなっているのでマルコに余裕があるのも後押ししているが。

はマルコにそう言われてまた何とも言えない顔をしていた。マルコに特別だと言われて、嬉しくないわけがない。ないわけがないのだが、こんなときどんな顔をしてどんな返事をすれば良いのかなんて全く解らない。知らない。何て返せば良いのか解らず、喉は渇いて声も上手く出てこない。

「………………、………………サイデスカ」
「……他に言うことあるだろ!」
「待ってもう、ちょっと、も……、もお……」

恥ずかしい、などと小声で呟いては小さく丸まった。膝を曲げて顔は自分の太ももに埋める。恥ずかしすぎて穴があるなら入りたい。そんなこと思う日が来るなんて思わなかった。驚くほど恥ずかしい。

「信じたのかよい」
「……何を」
「おれはお前ェ一筋なんだが」
「ちょっともう黙って……」
「お前ェそんなだったかよい」

ベッドの上でよりも可愛いところあるんだな、とマルコに言われては本気で「黙って」と叫んでマルコの胸元へ腕を振り上げた。
のやらせたいようにさせているが、別に覇気も何もないただの拳はマルコからしたら痛くも痒くもなかった。

「おお怖ェ。……お前ェはどうなんだよい」
「えっ」
「お前ェは今までのままで良いってんなら、まあおれがどうにかするだけなんだが」

そのどうにかするというのは物理的にか精神的にか他があるのか。マルコの場合外堀から埋められそうだし、もしくは普通にアプローチもされそうだ。
アプローチされるのか、この男から。
いや今現在口説かれているという状況のような気もした。頭の中がとっくに容量を越えているのに、どうすれば良いのか。

「……解ってて聞いてるでしょ」
「いんや、解ってるつもりだったがすれ違ってるのに気づいたんでな。本人の口から聞かなきゃ安心できねえんだよい」
「…………」


好きな声で名前を呼ばれる。相変わらず目は合わせられずに顔を膝に埋めているが、多分マルコは真剣な顔をしているのだろうと思う。
恥ずかしくて恥ずかしくて堪らない。こんなこっぱずかしい色恋をしてきたことがないので顔から火が噴きそうだった。それ以上に、嬉しい気持ちがの胸を占める。好きな人に想われるなどと、こんな幸運なことがあるだろうか。

「……泣きそうだから待って……」
「そりゃお前ェ……嬉し泣きってことで良いのかよい」

ぐすっと鼻をすすりながら微かに頷けば、マルコはホッと息を吐いての頭を撫でた。
それだけでまた少し泣いてしまって、自分の涙の冷たさでこれが夢ではないのだとはまた嬉しくなる。あれだけ呑んだのに酔いは完全に醒めてしまっていた。



19/10/11
ヒロイン談:マルコが陸に上がるたびに「宿に来い」って言うから。
マルコ談:船の上だと隊員としてしか接してこないし部屋にも来ない。甘えない。

言葉にしてこなかったからセフレみたいになってたけどマルコは付き合ってるつもりだったのが大変不味いとは思います。
スタンピード観て再熱した結果何故かマルコ夢ができてるのが不思議でしょうがないです。
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