伊豆の天樹院エルモア邸にある、小さな離れ。
そこには髪の長い女性が一人住んでいた。子ども達に絵本を読ませるその声は、女神のようだと言われている。
その女性の元に、時折弟がやって来る。顔を会わすことはまだ無いものの、テレパスで互いに話をする仲にはなってきていた。いつか、また彼の優しい笑顔を見ることができるのだろうと思うと、07号は自分でも気付かない内に笑顔になっていた。

今日も彼はいきなりやって来た。そうしていきなりテレパスを送る。
しかし今回は近況ではなく、何とも言えないことを質問してきたのである。07号は質問が理解できずに何も返答できなかった。

『…姉さんは…ああ、いや。その、女性というのは何をされたら嬉しい?』

戸惑いながらもハッキリと、彼女の弟はそう質問してきた。
自分のことを聞いているのかと思えば、言い直して「女性」と大まかな括りで聞いてくる。…自分の弟は多少ネジは飛んでるものの、頭は悪くないはずだ。質問に対してまず彼女はそう思った。
明らかに質問する相手を間違えている。悲しいことだが、極一般的な女性の好みを07号が理解できているとは自分自身思っていなかった。普通に考えて着飾ったり美味しいものを食べたり好きなことをしたり、好いた人と過ごせればそれは嬉しいことなのだろうが、一般人とは随分かけ離れてる自分からしたら、一般論程度しか言えない。それも適当に流し読みした書物からの知識からである。質問に対して何も言えなかった。
そんなことを考えながら、この弟がまさかそんなことを聞いてくるなんてなあと、感情が少ないながらも感慨深いことを思う。しかもそれを相談されるとは。人生何があるか解らない。

『…姉さん?』
『いや…。それはわたしに質問しても意味がないと思うが…』

島の人間にも女性は居るだろうに。そもそも、この弟が知り合うとしたら島の人間なのだろう。
…話を聞かれるのが嫌だったから自分の所に来たとかではないだろうな。一瞬思った。有り得るかもしれない。何と言う弟だ。
決断すれば行動は誰よりも飛びぬけるくせに、妙に女々しいところがあるなんて07号も知らなかった。初めてのことだからしょうがないのかもしれないが。
弟が、そういうことを知ってくれて良かったと素直に思う。自分ももしかしたら、将来そういうことを考えるようになるのかもしれない。もっとこの普通の生活に慣れて、もっと楽しいことや幸せなことが出来て、もっと、色んな人と知り合えたら。そうなったら、もしかしたら。

『…やっぱりそうかな。聞きたくなったんだ。…じゃあ、姉さんは何をされたら嬉しい?』
『……まあお前は姉心も女心も理解できないだろうからな…。わたしは、…草の王冠で良い』
『…』

そう言ったら返答はなくなった。だから意味がないと言うのに。
若くても良いから普通の女にでも聞けば良いものを。明らかに人選を間違えたとしか思えない。
3拍以上返答が無かったので、07号は堪らずに自分から口を開いた。

『本人に聞くのが一番良い。どうせ島の女性だろう?』
『…ああ。うん。そうなんだろうけど』
『ならわたしに聞くよりも、本人に聞くか、自分なりに考えなさい』
『……』

それ以上言いようがない。弟も馬鹿ではないから、多分何とかするだろう。勝手にそう思った。話を聞いてれば中々面白そうな仲間も居るようだし。
それよりも07号は気になっていることを聞いた。

『…島の女性だと言ったな。能力者か?』
『え、ああ。そうだけど』
『若いのか?』
『それは…多分オレと同じくらいじゃないか』
『ふうん。どんな奴なんだ』

そこで一回また会話が途切れた。多分弟が考え込んでいるのだろうと07号は思って、何も言わなかった。
弟がこうやって過ごしていることに、嬉しいと感じている。

『…変、なのかもしれない』
『能力がか?』
『いや、…性格?が…?』
『そこでわたしに聞くな』
『…言いにくいな…。でも、もしかしたら普通の奴なのかもしれない』
『……何を持って普通と言うんだ?』
『多分、能力があっても普通に一般人として生きていくことが出来る…ような気がする。作ったような喜怒哀楽じゃなく、本当に、普通に笑ったりするんだ』
『そこに惚れたりしたのか?』
『ほれ…た、わけじゃ…』
『違うのか』
『…違う、わけでも、ない…』
『…お前は、時折馬鹿になるな』
『否定できないな…』

苦笑しているような音が聞こえてきた。まだ実際に会うことはない。でも、弟は幸せそうに笑えるようになったのだろうと、07号は思う。多分、その女性の影響もあるのだろう。仲間の影響も強いだろうが。

『姉さん…また、来る。そのときまた話すよ』
『ああ。なら、その女性のことを聞けることを楽しみにしておこう』



小さな離れに住んでいる女性の元に、時折テレパスで話しかける男が居る。
それは自分達の島のことだったり、仲間のことだったり、戦いのことだったり、様々だった。その中でも、時折幸せそうにある女性のことを話すようになる弟に対して、彼女は微笑みながら話を聞いていた。



11/03/20
PSYRENありがとう記念。
漫画の小説を買って良かったと思えたのはコレが初めてでした。ものすっごい伏線回収しまくってくれて有り難い限りです。
っていうか、小説なしで完結を語れないって感じ。
そして作り手的に色々美味しい話が多かったです。シャオが本命だったんでソレはアレでコレでソレでしたが…orz
ワイズが好きになった人は多いだろうなー。
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