同じものを一緒に見て、感想を言い合おうよ

20万打御礼企画

「映画のDVD一緒に観ない?」

彼女のその一言で、その日の夜の過ごし方が決まった。



「…何だったんだつまり」
「いや、だから世界救う話」

生まれて初めて、姉以外に大切で愛おしいと思えた女性から誘われたから観てみたが、どうにもこうにも弥勒にはわけの解らない話だった。

は観たことあったんだよな?」
「うん」
「…楽しいと思ったのか?」
「うーん?まあこれよりもつまらないの沢山あるから、それに比べたらまあそこそこ楽しかったかなあとは」

戦闘シーンに関しては弥勒たち見てたほうが楽しいし格好良いけど、と付け加えられた。
格好良い、と言われたことに何故だかザワついたけれど弥勒はどうしてかそこは深く考えないようにした。と共にいて生まれる感情やら何やらは、考え始めると何も手に付かなくなるからだ。
弥勒は、そうかこの映画は楽しい方なのかと、自分の中でインプットした。

「戦闘は随分お粗末だったが」
「しょうがないんじゃない。力のない人たちが自力でここまでするのって中々だと思うよ」

まあCGもあるけどさ。ある程度は評価できるとは思っている。

「何が楽しいと思ったんだ?」
「うーんとね、楽しいというよりも、」
「よりも?」
「うん、うーん」

うんうん唸りながらは続きを言い淀む。楽しいから一緒に観ようと、そういうことではないのだろうか?
弥勒はの悩む横顔を見ながら続きを待つ。出逢い始めからしたら随分距離が近くなり、何も言わなくても彼女に触れることができる仲になったが、どうにも気安く彼女に触れないし、キスというものも数えるほどしかしたことがない。
世界を回りながら弥勒自身色んな書物を読んだりしたけれど、雰囲気を読むということがやはりどうにも苦手に思えた。同性間でなら別に何も考えないのだが、相手だとどうにもそれではいけないと本能で解っている。解っているのだが、どうしたら良いのか全く持ってして解らない。
彼女は能力を持っているが、グラナと同じように普通に生きてみようと思った側の人間だった。自分よりも感情表現は豊かだし、世界中の書物を読み漁っている。映画やTVも然りで、メディア関係なら誰よりも情報収集に長けている。グラナは自分自身のために古代書物を読み、妙なところで博識な部分を見せるが、彼女はもう少し普通の人間として生きるのに役立つようなことも多く知っている。彼女曰く、「何々が面白いって話題だよってだけで、話のネタにも広がりにもなるでしょ」とのことだった。なるほどと思う。それが好きなのか嫌いなのか、楽しかったつまらなかった、その人の感想を聞いたりその人の意見を聞くだけでも勉強になるし会話のネタになるそうだ。
彼女はそうやって、生きていく術を身につけていた。笑顔に関しては実際鏡の前で随分練習したらしい。
接客業は嫌なことでも笑顔でするってのが、基本らしいから、なら頑張れば自分にだってできるかなあって。
は笑顔で、そう言う。
作り物の笑顔なのかと言われれば、それは何か違うと、弥勒にも解る。作り物のときは何となくだが見ていて解るし、…自分といるときは、本当に笑っているのだろうと、それも解る。根拠はないが、自分の本能がそう告げている。それで充分な気がした。
今は別に笑顔でも何でもないが、自分といて嫌な顔はしていない。それに時折酷く安心する自分がいることに、弥勒は気づいているし、それが恋だの愛だのだという感情なのだろうと、理解できるようになっていた。

「…楽しいっていうか、良いなあって、思って」
「何が?」
「主人公とさ、ヒロインがさ、くっ付くじゃん」
「ああ」
「それであの、ええと、離れてたけど再会したときにさ、」
「…最後のほうの?」
「そう、そのときさ」

随分しどろもどろで喋るが、弥勒はと接しているときは我慢強い。多分姉が相手でも我慢強い。
弥勒は観ていた映画の流れを思い出す。離れていた二人が再会するシーン。会話は特になかったが、感極まったというやつか、男がいきなり女に口付ける。それを女も当然のように受けるし、キスが終わった後は笑顔で二人が見つめあう。
以前読んだ小説にもそんな感じのシーンがあったかもしれない。こういうのはやはり雰囲気と言うものだろうかと、弥勒は思う。それはつまりどんな雰囲気だ。
ギスギスした戦闘以外の雰囲気とは、恋愛の雰囲気とはつまりどういうものだと、弥勒はと共にいていつも思う。

「男の人がキスするじゃん」
「ああ」
「…女の人もあのときは、多分キスしたいなあと思ってたのかなあって、思ってだね」
「……?男がしたいと思って勝手にしたことだろう」
「いやうん、実際行動したのは男の人だけどさ、多分女の人も、あのときはしたいな、って、思ったんじゃないかなって」
「…はそう考えるのか」
「うん、……うん。わたしだったら、したいと思うかなって、思って、」
「……………」

男の人がしなかったら、女の人は自分からするのかなあとか、してほしいって言うのかなあって、考えたら。

「…考えたら?」
「考えた、ら…あの、………み、弥勒が頭に浮かんでですね」
「ああ」
「あー…そしたらあの、キスを、したいなと、思って、……つまりあの、………キスしてください……

抱えていたクッションに顔を埋めて呟いたせいで、の最後の声がくぐもって聞こえた。
くぐもっていたけれど、きちんと聞こえた。
彼女の願いがしっかりと、聞こえた。

「……」

一瞬だけ唖然としてしまったが、弥勒は直ぐにソファの上のとの距離を詰める。
クッションに顔を埋めたままの彼女は耳が赤かった。こういう感情表現は、やはり彼女のほうが豊かだ。
けれども自分はある程度人間らしい気持ちを持てるようになってきたらしい。…彼女にそう言われて、気分が高揚している。多分これは、嬉しいとか、そういう感情なんだろうと、思う。
他の女に言われてもこういう気持ちにはならないだろうと、冷静に分析する。

(しかしそうか、はあの映画を観てキスをしたいと思うのか)

自分はこういう気分の高揚したときにしたいと思うけれど、彼女は違うのかと、弥勒は勘違いして自分の中に記憶する。
…いや、映画を観て気分が高揚して、自分としたいと思ったのなら、それは一緒なのかとも、考え直す。
どちらにしても今やるべきことは一つしかないのだけれど。

「とりあえず、顔を上げろ。…するのはそれからだ」

自分でも驚くほどの優しい声音で、彼女の名前を呼びかけた。



13/02/11
群青三メートル手前様から君酔二十題
20万打御礼企画
13. 同じものを一緒に見て、感想を言い合おうよ
弥勒でリク下さったネロさんありがとうございました。
Page Top