村上君が大学一年になった話


ノドが渇く。
さっきから何度も買った缶コーヒーを口に流しているのだが、何だか飲んだそばから蒸発しているような気がした。その割に手汗が酷くてしっとりしている……気がする。それ以上に多分ワキ汗のほうが酷かった。端的に言うと緊張しているのである。

好きな人を呼びだした。
それだけで卒倒しそうなほど緊張したのだが、今はそんなこと記憶の彼方に霞むほどである。人気ひとけのない自販機のある休憩スペースで、想い人を待っている。
彼女の予定に合わせて来てもらうように頼んだのだが、自分はその時間まで何もなかったので先に待っていたらこの有り様である。緊張しすぎて何度トイレに行ったかも覚えていない。正直失敗したと思ったが、学業以外にも防衛任務・ランク戦・個人戦とお互いあるので自分が無理矢理にでも予定を合わせるしかなかった。
そもそも年が違うので、会うこともままならない。

呼びだした好きな人は一個違いの先輩だった。
恋を自覚したのが高校生三年生のときだったので、もしかしたら大学生というものへの憧れなのではないかと自分でも思ったのだが、同じ大学に通うようになってからはさらに好きな想いが募った。
恋なのか憧れなのか、自分でもまだ解っていない。それでも好きだと思った。恋しい気持ちに溺れそうになるので、言ってしまったほうが楽になれると思ったのだ。
自分がこんな風になるとは思ってもみなかったので、憧れから始まった恋なのだと、恋を自覚した高校生の頃はそれで納得した。
そもそもボーダー自体に尊敬できる年上の先輩たちは多くいるというのに、彼女だけにこんな気持ちになっている辺り最初から恋をしていたのだろう。今さらすぎるのだが。告白をされたことはあっても自分がここまで想う相手が初めてだったので、感情の起伏に振り回されっぱなしだった。
一つしか違わない先輩だが、その一つの差が今の自分にはもどかしい。
持っている缶コーヒーを眺めながら、何を言おうかずっと考えている。

――好きです。

いつから恋をしていたか思い浮かべる。どこを好きになったのか記憶から呼び出して一つ一つ挙げていく。
何を伝えて、どう言葉にするのかを、何度も何度も頭の中で思い描いては霧散する。

――好きです。

結局たった一言しか出てこない。たくさん言いたいことはあるのだが、ただただこの一言を言えたら自分は満足だった。それが一番難関なのだが。考えているだけで顔に熱が集まってくるのが解る。
言いたいことはハッキリしているのに、どうやって伝えればいいのか考えている間に足音が聞こえてきた。雰囲気をどうしたらいいとか、第一声とか、何も決まっていない。
先輩が、見える。

「村上、ごめん遅くなった」
「いいえ、むしろ早くないですか?」
「あれ……? あ、本当だ」

急がなくて構わなかったのに、防衛任務が終わってすぐ来てくれたようだった。急がせてしまった申し訳なさと、急いでまで来てくれたことに嬉しくなる。少しでも大事にされていることを感じられて、その程度のことで喜んでいた。
だが手汗がとてつもないことになっている。大規模侵攻のときや遠征艇防衛のときですらここまで緊張なんてしていなかったのに。情けない。

「あ、の……急にすみません、とりあえず何か飲みますか?」
「いや時間取るくらい全然。あ、こらこらお金はいいから。自分で買うよ」
「いやでも」
「私に払うなら別役たちに何か買ってあげて」

年下に奢られるのもちょっとね~と続けられて、また年下なことが悔しく感じる。正直給料の面で言えば大して差はないので、呼び出した自分が出さないのもどうなのかと思ってしまうのだが、既に払われてしまった。
年のことを言われて不満なのだが、自分自身も年上相手だからとマゴマゴしてしまうのも欠点だった。あまり強く出れない。そもそも今現在緊張しすぎて何を喋ればいいのかも解らなかった。何も言葉が出てこないので流されるしかなく、情けなさで既に逃げ出したい。こんなことを考えるのも初めてだった。

「それで、わざわざ私に用があるってのはどうしたの?」
「……ええと」

飲み物を買って、二人で休憩スペースの長椅子に座る。隣り合って座ることになって心臓の音がさらに大きくなった気がした。いや多分長距離走をしたとき以上に激しい。
どうやって切り出そうかと思っていたので、こうやって直球で尋ねられるのは良かったのか悪かったのか。直球すぎて呼び出したこちらが狼狽えた。
隣に座っているので顔を見なくてもそこまで不自然じゃないのが助かった、と思いたい。先輩を待っているときと同じで、自分が持っている缶コーヒーを見つめてどう言おうかまた悩む。
こちらからの切り出しを待っているのか先輩も口を開かない。会話が止まってしまったのでさらに汗が滲んできた気がした。
持っている飲み物が柔らかいペットボトルだったり、アルミ缶だったら握りつぶしていたかもしれない。それくらい手に力も入っていた。
それに気づいたのか先輩が動いた。

「村上……? 体調でも悪い?」
「――っ!」

心配してくれた先輩に背中を触られて、とんでもない勢いで顔を上げてしまった。不味い、しまった、と思ったときに見えたのは先輩の驚いた顔だった。

「あー……、ごめん」
「ちが、すみませんっ」
「いや勝手に触ったこっちが悪かったから」

ごめんね、とまた謝られた。先輩が申し訳なさそうにしながら腰を上げて離れていきそうだったので、思わず手首を掴んでしまう。

「おわ、」
「っ、あ、いや、すみませ、あの、驚いただけで、」

嫌だったわけではない、と続けようとして、それはそれでその言い方はどうなのかと思いとどまってしまった。手首を掴みながら思わず先輩の顔を見て、また何を言えばいいのか解らなくなる。
目が合ってしまい、顔に熱が集中するのだけが解った。
先輩と話すとき、耳にも血が通っているのだと身をもって体感する。頬だけじゃなく耳まで熱い。それなのに先輩の手首を掴んでいる自分の手は、血が通っていないかのようだった。
目が合って、先輩の顔が見える。何度も見てきた顔で、何度も見惚れた人だった。

(顔が、近い)

近くで話したこともあるけれど、ここまで近くに来て顔を見ることはなかった。少し距離を取って見ているときに比べて、色んな部分が目に飛び込んでくる。見惚れた人で、綺麗だと思った人。好きな人の顔を、こんなに間近で見ている。

「本当に大丈夫? 何か調子悪い? ――辰也さん、呼んでこようか?」

改めて見惚れた瞬間に、顔を見ながらそう心配そうに言われる。目から入ってくる情報と、耳から入ってくる情報で何を考えればいいのか解らなくなってしまった。
高校生の頃は一つ上の大学生に憧れているだけだと思っていた。
大学生になってから、一つ下なことにこんなにも心を乱されている。来馬先輩に対して嫉妬するほどに。
自分も名前で呼ばれたい。同い年になれば呼ばれたのかもしれない。男として見られたら呼ばれるのかもしれない。二人が付き合っているなんて聞いたこともないが、一個違いの二人がお互い名前で呼んでいるということが羨ましくてしょうがなかった。
ただ、来馬先輩に用事があって先輩が鈴鳴支部に来ることが多いのを、よく見ている。
それを遠くから見て、時おり話して、そうして恋しい気持ちが増していった。見惚れているだけでは足りなくなるほどに。
こうやって呼び出して、告白をしようとしているのも自分を意識してほしかったからだ。伝えられるだけでもいいと思っていたが、少しでも自分のことを考えてくれて、気にかけてくれるならそれだけで満足だった。断られても構わない。でも、少しでも自分を見てくれたなら、自分の想いが報われるような気がしたのだ。
伝えないと、と思った。今さっき失礼な態度を取った分、早く挽回できるようなことを言わねばなどと変なことも考えたせいで、ずっと想っていたことが口から飛び出した。

「――好きです」

先輩の手首を掴みながら、先輩の目を見ながら、勢いで伝えてしまっていた。
心配そうな顔をしていた先輩が、目を見開いて驚く。その過程を間近で見て、この人はこんな顔もするのかと網膜に焼き付けた。

「……は、え?」

素っ頓狂な声を聞いて、自分が勢い余って突撃したことをようやく認識した。やってしまった、とまた思った。さっきも失敗したというのに、雰囲気も何もなく突然の告白で沸騰していた頭から一気に血の気が引いた。女性の手首を掴みっぱなしということにもようやく気づいて、慌てて手を離した。

「あ、の、突然すみません」
「……え、あ、ええと」

他に人もいない、自販機しかない休憩スペースなのでお互いの声が多少小さくてもよく聞こえる。今はそれ以上に自分の心臓がただただうるさいが、急に冷静になってきて頭を抱えそうになっていた。鈴鳴支部に戻ったら泣くかもしれない。
困らせてしまったと、今さらながら言ったことを後悔する。

「……今日、これを言いたかったんです。……あの、返事は、別に……なくてもいいんで……」

ただ伝えたかっただけで、困らせたいわけではない。ただ自分にケジメをつけたいだけで、先輩の悲しい顔も嫌な顔も見たいわけじゃない。どうせなら笑っていてほしい。自分は成就しなくても、先輩は好きな人の隣に立って笑っていてほしい。ただただ、自分の気持ちを伝えたいという、自分のワガママでエゴだった。でもそれで困らせたいわけではないから、返事は要らなかった。できれば、村上鋼という人間が先輩を好きだったことを覚えておいてくれたら、恋がまた憧れに変わって、昇華されるのかもしれない。そんな身勝手なことを考えた。
言った満足感からか、先輩の顔が見れなかった。怖いとも言うのかもしれない。
好きな人の前だと意気地なしになるのは、自分に自信がないからだろうか。こればかりは自分のサイドエフェクトも意味をなさず、経験してきたことでは対処ができないからこそ怖いと思う気持ちが強かった。
断られるくらいならまだいい。嫌いになられたり、侮蔑的な態度を取られたら立ち直れない。さすがにそんな態度をする人ではないのは解っているので、完全に自分の被害妄想なのだが。そもそも被害にも遭っていないのでだいぶ頭がパンクしている。
もうずいぶん前から空になっている缶コーヒーをまた握りしめて、先輩の顔を見れないまま口を開いた。

「すみません、本当にいきなりで。ええと、……そういう、ことなん、で」

どういうことなのかと自分でも思うが、これ以上この場にいるのも辛くて腰を上げる。
椅子から立ち上がって移動しようとした瞬間、服が引っ張られた。
驚きながら先輩のほうを向けば、裾を握られているのが目に入る。――それよりも先に、先輩の顔が見えて頭が真っ白になった。
見惚れるほどに好きな人だった。遠くから何度も見つめた人だった。そんな人の、こんなに真っ赤になった顔は、初めて見る表情だった。

「せん、ぱい、」

少し必死な表情だった。それ以上に先輩の頬が赤いことに目がいく。
普段しっかりしていてあまり感情の起伏が大きく出ない人だと思っていたので、こんな表情にもなるのかと驚いた。強いて言うなら奈良坂のようにいつも落ち着いている人だと思っていた。
服の裾を握ったまま先輩は赤くなりながら、次に少しだけ苦しそうな顔をした。

「……何かの、罰ゲーム……?」
「え」
「ちが、まって、ごめん」

握られている裾にさらにシワが寄ったと思ったら、勢いよく離された。
罰ゲーム、という単語が頭の中で駆け巡る。……ドッキリだと、思われたのかと、判断した。

(オレが、そういうこと、すると思ったんですか)

そんな風に見られたことにショックを受けて、立ち尽くしてしまった。さっきまで逃げたくてしょうがなかったのに、今は嫌がられてもここにいないといけないと、強く思う。
この気持ちを、そんな風に言われるのは、例え好きな相手本人でも嫌だった。

「オレは、……いえ、オレの友達も仲間も、そういうことをさせてくる奴はいません」
「……ごめん」

多分今のは、罰ゲームなのかと聞いたことを謝ってきたのだろうと判断した。
先輩と目が合って顔が赤くなったばかりなのに、今は熱が引いてしまっていた。先輩は、下を向いてこちらを見てくれない。
自分とは質からして違う髪の毛が、先輩の顔を隠して何も解らなかった。

「……本気じゃ、ないでしょう」

さっきとは打って変わってか細い声で、先輩が言う。こんな小声も聞いたことがなかった。
少しだけ、声が震えているのはどうしてなのか、自分の頭では考えられなかった。
――本気じゃないと、言われて冷静でいられるタイプではないからだ。

「それは、……先輩、流石にそれは、オレも怒ります」
「……、……年上で、珍しい女なだけ、でしょう」
先輩、流石に、オレはそこまで感情が乏しいわけでも、ないです」

小さい頃から人間関係で色々あったせいで、変に鋭いところと鈍いところがあるとは言われているが、自分のこの気持ちを勘違いするほど初心でも鈍いわけでもない。
立ち居振る舞いを見惚れた人だ。笑顔に見惚れた人だ。隣に立ちたいと、思った人だ。
自分のその感情に言葉を付けられないくらい鈍いわけではない。この感情をなかったことにするほど潔いわけでもない。初恋でもないなら、どうにかして折り合いをつけたいと思って何が悪いのだろうか。
気持ちを返してもらえなくても、せめて受け止めてほしかった。なかったことには、されたくない。自分自身が玉砕覚悟で告白をしているのだ。その覚悟を、いくら先輩自身でもなかったことにするのは、失礼ではないかと、少しだけ怒りを感じてしまう。

「断るなら、……駄目ならダメと、言ってくれればいい、ので……」

だからせめて、この気持ちをなかったことにしないでほしい。勘違いだと決めつけないでほしい。
少しだけ泣きそうだと感じた。支部に帰ったら泣くかもしれないと思ったが、この分だと本部の中で泣いてしまうかもしれない。

「……」
「……覚悟は、してる、ので、あの」
「――……私、女らしくないよ」
「は?」
「男の人と付き合ったことも、ない」
「え」
「……爪を綺麗にしたりとか、可愛い服を着たりとか、できない」
「先輩……?」
「村上なら、可愛い子、周りにたくさんいるでしょう」

先輩が自分で買った缶ジュースを握りながら、下を向いたままそう言い続ける。
何だかとてつもない発言をされたのが気になりすぎてあまり話が入ってこなかった。今何て言ったのか頭の中で繰り返すのでいっぱいいっぱいでどこを見て何を言えばいいのかもよく解らない。
付き合ったことが、ないって、言ったのか。

(こんな綺麗な人が?)

初めて見惚れたのが先輩だった。綺麗な人だと、思った女性だった。子どもの頃の憧れとは違う、一つ上の、ほぼ同世代の女の人にそんなことを思ったのは初めてだった。遠くから眺めているだけでも心が跳ねたり穏やかになれる相手だった。
もっと綺麗な人は確かにたくさんいるだろうけれど、先輩だって綺麗だと、贔屓目なしでも思っている。
この人に彼氏がいたことがないなんて、そんなことがあるのか。

「珍しい女が目につくだけだと、思う」
「……その感情が、好意になったら、いけませんか」
「そ、れは……。……飽きたら、……村上が、困るだけだよ」
「オレは好きな物事に飽きたこと、ありません」
「――……」

少しだけ先輩が息を飲んだのが解った。
好きなものに飽きたことは、本当にない。ただ居辛くなって離れたことが今までの人生で何度かあったけれど、好きだったものに飽きたことは、ない。この感情が落ち着くことはあったとしても、なかったことにも、飽きて嫌になることも、多分ないと断言できる。
その程度だったら、自分がこうやって緊張してまで呼び出して、告白なんてすることもなかっただろうと、自分自身で思う。

(何で先輩は、そうやってオレの気持ちを別の物のようにして扱うんですか)

声に出したら泣くかもしれなくて、言えなかった。自分の気持ちを、踏みにじられていると感じてしまったからだ。
好きな人に、自分の感情をないがしろにされるのは、堪える。

「でも絶対、思ってたのと違うって、思う」
「……?」

そこで少しだけ、違和感を感じた。
自分のことが嫌なら、こんな風に言うのかと、考えが巡る。その考えが思い浮かんだ瞬間、また顔に熱が集まったのを感じた。

「……ぁ、の、……先輩、は、……先輩は、オレのこと、……。――いや、あの、嫌なら、嫌だと、仰ってくれません、か」

期待を、してしまいます、と小声で続けてしまった。
自分のこの気持ちを嫌がっているのではなく、この気持ちを受け入れた、その先のことを言っていることに気づいてしまった。
先輩が来るまで待っていたときに体験した緊張とは全く別の緊張感で身体がこわばる。期待をしてしまった。先輩の隣に立てる明日を、考えてしまった。

(そうだ、普段落ち着いていて、ハッキリした物言いが多い人なことくらい、オレは、知ってる)

だから嫌なら嫌だと、言える人なのを、自分は知っているのだ。それが例え顔見知りの告白だったとしても、駄目ならダメと、嫌ならイヤと言える人だ。それを、ずっと見てきた。それくらい自分だって知っている。見た目と違ってそうやってハッキリ言うことにも惹かれたのだ。
だから、……だから、期待を、今してしまっている。

「……」

少しだけ、先輩の手が震えたのが見えた。缶ジュースが、揺れる。

「――嫌じゃ、ない……」
「……!」
「でも、村上にはもっといい人が、……いると、思う……」
「それは……ええと、それを決めるのは、オレですね……」
「……」

先輩が俯きすぎて椅子に座りながら顔が膝にめり込みそうだった。大丈夫だろうか。
さっきまで緊張で嫌な汗を噴き出していたが、今度は身体中熱くて別の汗が噴き出してきた。こんなことが、あるのかと、どういう顔をすればいいのか解らなくて目線が定まらない。
先輩が動かなくなってしまって困る。ただ、……耳が、赤いのが見えてしまった。

「先輩の言う、もっといい人は、今のオレには見つけられないです」

人生で初めて見惚れた人が、目の前にいるのだ。これ以上魅力的な人が自分の目には入ってこない。
ノドが渇いて生唾を飲んでしまった。緊張でも期待しすぎても身体は思うように動かなくてポンコツになるのだと身をもって実感する。
むしろ初めて付き合う男が自分自身になるのもどうなのかと少しだけ考えたが、最初の男になれるのは正直言って嬉しくてしょうがない。ほぼ返事を貰えたようなものなので、いい方向でしか考えていなかった。
付き合ったあとに幻滅されたら嫌なのを遠回しに言われるとは思っていなかったが、それを考えてくれたことが嬉しかった。最初の男として考えてくれたことが、光栄で堪らない。
先輩が少しだけ縮こまった。床についていた足先が休憩スペースの椅子の中に入っていく。
それを見て自分の膝を床につけた。捨てるタイミングを見失ってずっと持っていた缶コーヒーも床に置く。縮こまっている先輩は、膝を付いた自分の目線よりもまだ下にある。
遠くから見ていることが多かったので、近くで見るとこんなにも華奢なのだと目に入ってくる。肩も腕も、細い。指も綺麗だと今さら認識する。爪を綺麗にしたりしないと言っているが、手がこんなに綺麗なら別にいいのではないだろうか。邪魔に思えるので先輩がする気がないのなら必要ないと思ってしまう。
缶ジュースを握ったままの先輩の手に、自分の手を重ねた。先輩が顔を上げてくれないからだ。
解りやすく肩を跳ねさせて動いた先輩は、まだ顔を上げない。耳が赤いのが、さっきよりもハッキリ見えた。
言いたいことはたくさんあった。聞きたいこともたくさんある。恋愛事に関しては自分に自信がないのでどうしたらいいのか何も解らないが、今これを逃したら駄目なことだけはハッキリと感じた。唇は上手く動かないし、声は掠れたが、それでも思ったことを口に出す。

先輩、好きです。――オレと付き合ってください」

先輩の耳もやはり血が通っていて、自分と同じように赤くなるタイプなのだと、このときに初めて知った。
お互い名前で呼ぶようになるのは、このあと少し先だった。



21/06/19
ツイッタで上げたやつを加筆修正しました。
村上くん可愛いです。