今でこそ女っ気がないけれど、彼女がいなかったわけではない。告白されたこともあったし、学生のときは数年付き合い続けた人もいた。ただ、医者になってからはお付き合いをしている女性に割く時間などほとんどなく、頭を下げて別れ話をしたりもした。あとから、自分から告白したことがなかったのを思い出したりもする。告白されたから付き合った、なんてことばかりだった。それでも自分なりに付き合った人を大切にしていたし、色々考えてはいたのだが、自分の生活が変わっていく中でその存在が何とも難しくなっていった。だから結局別れて、富永は身ひとつでT村にやってきた。
村に来てからはさらにそんなことを考えている余裕もなかった。一緒に住んでいる男も女性とは縁がなさそうな人だった。そんな話をしていいのかも解らない。そもそも性欲やそういう機微があるのかも怪しかった。医者としては尊敬しかないが、色んな部分が人間離れしているとしか言えない。
街に下りたり西海病院で色んな人と関わると、自分が独り身で寂しいなあと思ったりはする。けれども「じゃあ彼女が欲しいから行動しよう」とはならなかった。今は村に住んでいて、いつかは実家の病院に戻るだろうと、思っているから。自分の「独り身で寂しい」などという感情で、今の居場所で彼女を作るのは相手にとても失礼だと思った。いつか結婚はしたいかも、その程度。
そうやって思っていたのだが、中々、人生どうなるか解らない。

「こんにちは」
「富永先生、こんにちは~。おばあちゃん今日は調子がいいんです」
「お、それは良かった」

いつもの往診でそうやって話をしながら、家に上がらせてもらう。
彼女の祖母がもう寝たきりで、孫の彼女が介護をしている家だった。自分と同年代の子がこんな風に介護をしていることに最初はどんな顔をすればいいのか解らなかったが、「おばあちゃんを独りにしたくない」と涙を溜めながら言ってきた姿に胸を打たれた。大変だろうに、彼女は笑顔で挨拶をしてくれる。

「うん、安定してますね」

バイタルを計りながらそうやって話をして、他にも何かないか会話をしていく。

「おばあちゃん、富永先生が来るときちょっと嬉しそう」
「えっ」
「K先生……一人は怖いもんね~」
「あー」

納得していいのか解らないけれど、自分が患者だったらそう思ってしまうかもしれない。医者としてのKは尊敬しかないのだが、じゃあ主治医になったら何でも喋れるかと言われたら少し違う。夜中にカップラーメンを食べましたなんて報告したら怒られそうだ。現実はKだろうと深夜まで手術をしていたらカップラーメンも普通に食べるのだが、言っていいものかも悩んでしまう。患者としてだとKにそんな報告ができるかは全くの別だろう。
手術をお願いするのならここまで適任もいないのだろうけれどねえと、苦笑しながら返事をした。

「僕でいいって言ってもらえると嬉しいなあ」
「おばあちゃん笑ってるもん。ほら」

彼女は穏やかな顔で、祖母の顔を撫でる。慈しむように手の甲で触れて、祖母の目が細くなるのが見える。
こういう時間を共に過ごさせてもらえるのは、医者としても外から来た人間としても、富永は嬉しく感じた。
往診している患者さんを見なければいけないのに、目が彼女に向いてしまう。バレないように視線をお婆さんに戻した。

「じゃあ、次も僕が来れるようにKにお願いしようかな」
「だってさおばあちゃん。次まで楽しみができたね」

最近はこの患者さんもほとんど寝たきりになってきている。次があるように彼女は願っているようだった。
けれども終わりが近いのも解っていた。Kはもうそういう話を彼女にしていたし、富永自身もそこまで数を見ているわけでもないが、終わりの雰囲気を感じている。それでもこの二人は笑顔で過ごそうとしていて、いい関係性だなと思った。


***


「若い女性がいるの意外でした」

祖母と孫の二人暮らしの家を訪ねたあと、そうやってKに零してしまう。
村に来たばかりで、まだまだ地区名も村の人たちの顔も覚えきれていない。Kの往診に付いて行き、自分の目で見ながらKにも話を聞いている途中だった。その中で、自分よりも若い女性がこんな村にいたことに驚きを隠せなかった。
この村は高齢者ばかりだと思っていたし、実際村で見る人たちはある程度年齢がいっている。最近村から出ていた人間が戻ってきたりもしているが、それでも自分よりも年下の女性がいるのはそれだけで珍しい。

「孫の彼女の身寄りがなくなってな。若い頃にこの村にやってきて、そこからずっとだ。祖父が先に亡くなって、彼女も高校を卒業したから村を出ていいと、祖母のあの人は言っていたんだが」
「お婆さん独りにできないと」
「お婆ちゃんっ子でな」
「嫌いになるような関係よりもいいでしょう」

自分の親の顔を思い出しながら、むしろ嫌いになれたらこんな気持ちも持たなかっただろうにとも思う。自分で全部面倒を見るとあの年で決意した彼女を、人知れず称賛する。自分が同じ立場だったら流石に躊躇するだろうと、思うからだ。
その言葉を聞いたKは、少しだけ眩しいものを見るような顔をして、こちらを見る。

「……そうだな。だが、まだ彼女も若い。力になってやってくれ」
「そりゃあ勿論」

医者として、村の一員として、そうやって力強く応えた。


***


(……患者さんだったら、こんな気持ち持たなかったかも)

助けなければいけない患者相手だったら、こんな風にならなかっただろう。医者として接しているだけだったから。
往診で出向いたとき、村の道端で会ったとき、診療所に来たとき。医者として接しようとしているのに、いつの間にか自我が出そうになっている。気を抜くと、医者として以外の顔で接してるときが、出てしまっている。
Kに知られたらどんな顔をされるか解ったものではない。村の人にこんな感情を持つのもあの医師からしたら許せない案件かもしれないので、誰にも言えなかった。
顔を合わせたときに、笑顔で会話ができることが、今はただ嬉しかった。



26/06/06
この続きを本にしてます~。初めてネームレスを意識して書きましたが難しい。
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