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※色んな暴力表現あります※



何でそうなったのかははよく覚えていない。
ただ、気づいたら仲間内の男たちだけでなく、別のグループの男たちにも囲まれていた。
いつも電話する友達は急遽バイトが入ったせいでいなかったのは幸いだった。むしろそのせいで男たちはを絶対に逃がさないという気概が見えた。
何でそうなったのかは解らない。けれども学校の空き教室で、は男たちに囲まれていた。

は確かに、高校に入ってから優しくしてくれた、柔らかい黒髪で体格の良い目の前の男に少しだけ、恋をしていた。同じ親なしで、男らしさがあって、のことを悪く言わず、優しくしてくれた人だった。
囲まれて近づいてきた時点で、そんな気持ちは跡形もなくなっていたし、そこからあまり記憶がない。

ただただ、人に振るったらいけないと言われていた自分の武術を、そのとき初めて人に向けて使ってしまったことだけハッキリと覚えている。



気が付いたときには男たちが教室の床に転がって呻いていて、自分の手も痛んでいた。
制服は少し駄目になったかもしれない。セーラー服の胸元のスナップボタンは外れているが、ボタン自体はそのままなので何とかなりそうである。初めてセーラー服で良かったと思った。普通のYシャツだったらボタンが飛んでて帰宅できたかも怪しい。
掴まれた手首はアザになっているが、これくらいならそんなに長引きもしない、と思いたい。
それよりも殴った自分の手のほうが時間がかかりそうな気がした。理不尽である。
呻いている男たちを見下ろしながら、気持ち悪いと思った。触られた部分が気持ち悪い。息が上がっているけれど妙に身体が冷たく感じる。脚の素肌の部分を触られた箇所がゾワゾワしていて、未だにその感覚が抜けない。何もかもが気持ち悪かった。男たちを見ているのも気持ちが悪いし、触られた部分も気持ち悪い。けれども男たちから目が離せなかった。相手から目を離すなと、言われていたから。敵認定したコイツたちから目を離して、さらに嫌なことをされるのだけは我慢がならない。
気分が悪すぎる。明日から、どうしよう、と思ってまた気持ち悪いと感じた。
全てが気持ち悪かった。ついさっきまであの男に好意を持っていたことも、今こうやって返り討ちにしている事態も、明日からどうすればいいのか解らない様も、全てが気持ち悪い。
制服はもう捨ててしまいたいが、そんな余裕は家にない。何なら高校に通えているのも奇跡に近いので、この制服を着続けるしかないのかもしれない。この事態をどうしようか悩むよりも、そんなことを考えてしまう。
男たちの骨に多少は傷があるかもしれないが、そこまで酷くもしていない。まあでも、少しばかり血が出ている男もいる。無我夢中で防衛したのでそこまで手加減する余裕もなかった。
最後までされていないのが救いだろうか。でも、こうやって応戦したのは良かったのだろうか。けれどもあのまま好き勝手にされるのだけは嫌だった。
息は上がっていて腕も震えている。怖かった、ような気がする。けれども自分はこうやって男よりも強いので、おかしな状況にもなっている。
この状況をどうしたらいいのか。
教師に報告する? 警察? 村に連絡?
何もされていないが、一郎先生たちに診てもらったほうがいいのだろうか。何も解らない。他人に連絡したほうがいいのか、悪いのか。
今はもう身体を動かしていないのにどんどん息が上がっていって、それなのに何故か背中は寒くなっている。
何故だか寒くて、怖くも感じて、仕方がなかった。明確にヒトを傷つけてしまった。殺してはいないが、もしも何かあったら、どうしよう。今はもう複数人に襲われそうになったことよりも、何故かそっちのほうが怖くも感じている。けれども触られた箇所がゾワゾワするのは消えて無くならない。気持ちが悪い。何かがこみ上げて来ているのに、吐ける気もしない。吐けたら楽な気がしたが、気持ち悪さが腹と喉元に溜まっていくだけだった。
何も解らなかった。気持ちが悪い。色んな人の顔や、色んなことが頭の中で思い浮かんでは消えていく。さっきからずっと、一人の顔が思い浮かんでいるけれど、一人には知られたくない気持ちもある。
けれども助けを求めるなら、神代の家の人たちだとも、思う。イシさんに言っても神代の家に連絡されそうだし、それなら最初から神代の家に連絡を入れたほうがいい気がしている。

(わかんない、どうしたらいいんだろう。お父さん、いないし)

母は生まれたときからいないので、顔もよく解らない。写真でしか見たことがないから、写真の顔しか思い浮かべられない。その写真も大して数がないし、母親が撮ったと思われる父親の写真のほうが数があるくらいだった。
父が生きていたとしても、仕事でいないことばかりなので助けてくれるかも解らない。そんなことを妙に冷静に考えていたが、結局どうしたらいいのかは皆目見当もつかない。
助けてくれる人なんて、いない、気がする。

神代の人たちは手助けしてくれるかもしれないが、保護者なわけでもない。手も貸してくれなかったら、はいよいよどうしたらいいのか解らない。
そもそもこうやって暴力を振るってしまった自分を、神代の人たちが助けてくれるのかも解らない。正統防衛だとは思うが、自分がやり過ぎている自覚もある。人を傷つけてしまった自分を、あの家の人たちが助けてくれるのだろうか。軽蔑されたらどうすればいいのか。問題を起こした自分を、村の人たちが置いてくれるのかも解らない。

どんどんと呼吸が早くなっていっている。整えようと思ってもどうやって今まで息を吸って吐いていたのかも思い出せないくらい、呼吸が難しくなっている。筋トレをするにも、武術をするにも、呼吸なんて意識しないでもできていたのに。吸って、吐いて、を繰り返すだけなのに、何故か上手くできない。何でできないのかも解らなかった。それ以上に頭の中に色んなことが渦巻いてて何も考えられなくなってきていた。

心配していた一人の言う通りになったのも恥ずかしくてしょうがなかった。こんな風に、男に囲まれた事実を知られるのも何故だか嫌だと思った。服の上から胸と腰も触られてしまって、何だか気持ち悪いし汚れているように感じる。一人の顔が何度も思い浮かんでいるけれど、こんな自分を見られるのは嫌だと思ってしまう。恥ずかしい、気持ちがある。
けれども、どうしたらいいのか解らないままで、色んな人の顔が思い浮かぶ。父親が生きていたら違ったのかもしれないが、村の人たちの顔がたくさん思い浮かんでは消えていく。

一人の顔が、一番強く思い浮かんだ。

そこで空き教室の扉が勢いよく開かれて、思い浮かんだ顔の男が飛び込んで来たところで、の記憶は一度途切れた。