が、隣で寝ている。
規則的な寝息を立てているを、一人は隣で寝転がりながら見ていた。
ようやく自分の元に来てくれた。来ないのならば、自分はずっと独身だろうと思っていた。
が村を出るときに自分の気持ちを伝えた気でいたが、それが全く通じていなかったのが今さら解ってしまい、この十年に頭を抱えるしかない。
(……今日は、色々あったな)
災害が起こって救助をしたときとはまた違う色々だった。自分のやるべきことをやらねばならない状況とは違い、ただただ必死にへ縋ってしまっていた。医術に関しては自信を持ってできることが多いが、とのことに関してだけは誰にも聞けず、調べることもできない。に情けない部分を見せてばかりで、男としての矜持が随分みすぼらしく思える。
に久しぶりに逢えたと思ったら、村を出て行く発言で一人は頭の中が真っ白になった。が自分から遠くに行ったらどうしようもないと思っていたのに、みっともなく縋っていた。
それをみっともなかったと思いはするが、しなくて良かったとは一人は思わない。そうしなければ、と本音で喋ることがなかっただろうからだ。
「寝顔を見るのも十年振りか」
いつも一人が寝ているばかりで、一人がの寝顔を見るのはほとんどと言っていいほどない。十年前のときも少し見ただけですぐに一人も寝たので、こんなにマジマジと見るのは初めてでもある。
前回はそんな余裕もなかった。が自分に何も相談しないまま村を出てまで専門学校に行くと聞き、信じられないほどに衝撃を受けていた。母も死に、父は消えて、村井さんまでも帰ってこなかったあの日が、一人の人生の中で一番絶望を感じた日だった。そんなときにが来てくれたのに、も自分を置いて出て行くと言う。
(……いや、あの日よりも、その次の日のほうが、酷かったかもしれん)
絶望を感じた日にに縋って抱いてしまい、そのまま夢も見ないほど熟睡してしまった。
目が覚めたときにはがベッドからいなかっただけでなく、村から既に引っ越して影も形もなくなっていた。
近しい人にまた置いて行かれたさらなる絶望感と孤独の中で、好いた女性を抱いたばかりだというのに寂寥感が心を占めていた。あの日ほど世界が暗かった日はなかったと、一人は断言ができる。
専門学校に行くということや村を出るということを、連絡も相談もしてもらえず、当日起こしてももらえなかったあの自分の何とも言えない感情は未だに言い表せない。頼られたいという気持ちと、相談もされない自分の役立たずさと、そんなことも話してもらえない立場に勝手に傷ついていた。
の一番近い男は自分なのだと、勝手にそう思って勘違いをしていた。
村の掟で許嫁になっているだけの立場に胡坐をかいていたことに、自身の行動で見せつけられた。
(まさか、何も通じてなかったとは、思わなかったが)
村の人全員が一人の気持ちを知っている。隠す気もあまりない。
も知っていて、村に戻ってこないのだと思っていた。
女性をそんなホイホイ抱く男だと思われていたのなら、心外としか言い様がない。そんなことをする男に見られていたのなら流石に傷つく。
自分の気持ちを言った気になっていたのも悪かった。これは本当に反省するしかないので、これから気を付けなければならない。
だがが全く気づいてなかったのもどうかと、一人は思う。何をすれば伝わっていたのかも解らない。自分は自分でアプローチをしていたと、思っているからだ。言葉にしなければ伝わらないという、当たり前のことに気づいていなかったのがそもそも駄目である。
この十年勿体なかったと、一人はそう思ってしまう。
「…………」
の髪を撫で、の隣での寝顔をずっと見続ける。
気づいたらだいぶ時間が経っているが、あまり一人は眠る気になれなかった。
寝て起きて、また、がいなかったら。
また、ひとりきりだったら。
そんな気持ちを持ちながら、そもそもの寝顔をずっと見ていられるというのもある。
穏やかな顔をして寝ているを、飽きもせず見続けていられると一人は思う。このまま朝になっていても不思議ではない。
やっと自分の元に来てくれた。やっと一緒になれた。その達成感と、満足感と、充足感を、噛み締めている。のこの安心しきった寝顔がそれをさらに増幅させている気がした。
自分の感情の起伏はあまりないと一人自身思っているが、今は明確に胸がいっぱいと言える。色んな感情や想いが満ち足りており、今までどれだけ足りていなかったのか。
何も言わずにの隣にいることができる。の寝顔を見ていると、その立場を手に入れたことを実感できた。
寝たら勿体ない気がした。寝て起きてがいなくなっていたら──とも考えてしまい、眠るのも何だか嫌だった。
にすぐ触れる距離にいるこの時間が、寝てしまうことで終わるのも惜しい。
言葉にしにくい感情が渦巻きながら、だが今が一番幸福だと一人は自信を持って言える。
夏なので朝はもう近かったが、この時間がもう少し続けばいいと、一人は初めてそんなことを考えた。
***
の家の縁側で、真昼間に一人がの膝枕で寝ている。
(そろそろ重たくてキツイな~)
布団で寝ればいいのに、とは思いながら団扇を仰ぐ。エアコンのない生活ができる村だが、暑いときは暑い。一人の体温のせいで余計暑く感じる。
こんな風に甘えるようなことをしてくれることを、嬉しいと感じているので何も言えないのだが。
(睡眠足りてないだろうなっていつも思ってたけど、それならこう、夜の時間を、こう……)
一人がそういう相手になってから数日経つが、正直毎晩抱かれると思っていなかった。おかげで信じられないほどぐっすり寝ている。ただの疲労だと思われるが、気絶かもしれない。それくらい毎晩すごい。何なら時々昼間も手を出される。どういうことか。
一人にそんな性欲があることも驚いていた。今年村に戻ってきてから、驚くことがとても多い。
夜の時間を少し減らして一人もちゃんと寝ればいいのにと、は思う。どうしてこうやって昼間に寝ているのか不思議だった。
しかも何故かが傍にいるのを強要してくる。別にすることもないので構わないのだが、まさか膝枕をすることになるとは思わなかった。
最初は一人の隣に座っていただけだったのに、気づいたら膝枕をするようになっていた。布団で寝るように促したら、問答無用で抱きしめられて布団に一緒に寝転がってもいた。何故なのか。
(流石にそろそろ起こそうかな~寝かしておきたいけど、ちょっと足が……)
元々の睡眠時間が少ない一人がゆっくり眠れるなら、別に昼寝でも何でもいいと思うが、膝枕をしていると流石に色々限界がある。起こしたくないが起こすしかない。
「一人、ごめん、そろそろ起きて」
「……ん」
(は~~何、何か、可愛いと思うの癪だなあ)
この大きな男にそんな感情を持つのが何だか癪である。惚れた弱みなのか解らないが、何だか可愛く見えるときがあるのがとてつもなく癪だった。格好良いとは結構な頻度で考えていたが、可愛いと思うようになるとは驚きである。どこにも可愛い要素がないのにどうしてなのかは真剣に考えているが、全く解らない。
「……すまん、」
「んー、いいけど、ちゃんと布団で寝なよ。この体勢じゃちゃんと眠れないでしょ」
「……」
返事がないので団扇で一人の頭をポスンと叩いた。何なんだこの男。
「……嫌か?」
「え? 嫌ってわけじゃないけど、ちゃんと眠れる体勢とかのが良くない?」
「いい、仮眠程度だからきちんと寝なくても構わない」
「ええ……」
何なんだこの男。
「……まあ、一人がそれでゆっくりできるなら、いいけど」
「ああ。できてる」
本当なのかは疑問でしかないが、この男が変な嘘を吐くわけもなく、自分の体調を省みないわけもないので、とりあえず納得した。
村にいる間、こうやって一人の昼寝に付き合うことになりそうである。