ああ、これだからこの感情は厄介だ。
「…馬子にも衣装か」
「失礼極まりないにも程が有るでしょうが」
着飾ったを見て揚羽はボソっと言ってしまった。耳が悪くないはその声もキチンと拾った。何ていう無礼な男なんだ。
揚羽は感嘆の溜め息をつきながら、顎に手を当てていた。これは見違えた。
は別に目鼻顔立ちが悪いと思ったことは無い。もの凄く良いと言えるかと聞かれたら、まあそこそこと言う返答になる容姿だった。惚れた欲目で、揚羽は本当にが綺麗になったと感じた。元来の性格が仇になって感情とは別の言葉が出てきてしまったが。
揚羽自身かなりの上玉の上、四道や千手姫を間近で見ている分、は揚羽が本気で「馬子にも衣装」なのだと言ったと思った。褒められているようで、元々の容姿を貶されている。とても失礼な奴だ。好きな男の前で、こうやって着飾るのは恥ずかしいと言うのに。…何だか色々挫けそうだった。
「いやだが、普段着飾らないだろう。最近はマダム達とも芸はやらんし」
マダム達と各地を回りながら、奏楽を披露していた際にはそれなりの格好をしていたが、それも結構拒んでいた。裏から音だけ鳴らすという、旅芸人には有り得ないことをしていたものである。揚羽自身、着飾って帰蝶になって踊りに意識を集中すれば、あまり周りは気にしない。本気で踊っている時は正直観客の顔なんて見ていない。だから、同じ舞台に立ったとしてもが着飾っているのをあまり見ない。
もで、舞台を出た後は直ぐに着替えてしまうのである。何をそんなに恥ずかしがっているのか、終ぞマダム達は解らなかったらしい。綺麗になるのに勿体無いと、舞台が終わる度溜め息をついていた。
は少しむくれ顔で揚羽の言葉に答えた。
「茶々達がからかってるんだよ。…何か有ったときこういう服は逆に困るのに」
その言葉に揚羽は苦笑した。戦闘が身から離れないらしい。それはそれで、…少しだけ可哀想だ。
紅をさした口元は妖艶で、普段と雰囲気が変わる。少し笑うだけでまた違う印象を与えた。髪も丁寧に結われていて、目元も手元も手入れをしてある。よく嫌がらずにが全部受けたものだ。…多分、自身こうやって変わるのが楽しかったのではないだろうか。何か有ったとき大変なのは解っているが、それでもこうやって自分が女である特権を利用して、別人のように変化するのは面白かったのだろう。茶々たちの腕の良さも付随してるのか、の普段との差がまた良い。つまりはこう、自分の好みなのだ。
…いつもこの格好をしろとは言わないが、化粧くらいしても良いんじゃないだろうか。真剣にそう思った。
綺麗、だった。
憎まれ口を叩いた後、フォローすることも出来ないほど、目を奪われた。どうやって褒めたらこの気持ちが伝わるのか解らなかったから、言葉が出てこなかった。何という事だろうか。この自分が、目の前の女を褒められないのである。ちょっと悔しい。自分よりも、多分綺麗だ。欲目だろうとなんだろうと、揚羽はそう思った。
攫いたいと思わない。自分だけのモノにしたら、こんな風にならないだろう。茶々達が手をかけて、自身それなりに気に入って、だからこそこんな風になるのだろう。だからそうやって、戦いになったらどうしようなんて言いながら、それでもちょっと微笑んで居られるんだ。
(畜生、目元伏せて笑うと余計に雰囲気出て綺麗だな…)
息がつまるとはこのことだ。見た瞬間、確かに自分の時間が止まった。
だからこの感情は厄介だ。恋が実ろうと実るまいと、自身に影響を多大に与える。怖いことこの上ない。
それでも、後悔したことなんてなかった。こうやってのこの姿を見れて、素直に良かったと思う。好きだからそう思うのだろうし、好いているから綺麗だとも思えるのではないだろうか。目元にも口元にも色を差しているは、艶やかだ。少しだけ触りたくなる。そんなこと、怖くて出来ないのが解っているのに、そう思った。
触ることなんて出来ない。誰にも見せないようにすることも出来ない。
出来ないことだらけだから、今はまだ、見続けているだけ。その間だけでも見続けて、独占したい。
揚羽はの話を聞きながら、微笑んでいた。