「帰蝶の時の揚羽とは、逢いたくないんだ」
「え、どうしてですか?」
「揚羽じゃないから」
「…どういう意味で…?」
「そのままだよ。帰蝶の時は揚羽であって、揚羽ではないでしょう?」
私があの人の名前を呼ぶのは、「揚羽」だけだと、揚羽を好きになってから勝手に決めたことだ。見る分だけは別に構いはしないのだが、あの人の名を帰蝶と呼ぶのが嫌だった。揚羽は、揚羽だ。
「あの男を帰蝶と呼びたくないだけなんだけどね。…あの人は、揚羽、でしょう?」
「…あー…なるほど…?」
解ったような解らないような、でも何となく感覚として捉えると理解できるような?
朱里に置き換えてみたら、確かにちょっと嫌というか、何か変な感じがしたから、そういうことなのだろう。恋心は、複雑だ。
「…帰蝶って名前も合ってますけど、揚羽は確かに揚羽って呼ぶのが、一番似合ってますよね」
「でしょう?…帰蝶見てると自信も無くすし」
「…確かに…」
「揚羽の名前は、きちんと呼びたいんだ」
「…その気持ちは、解ります」
苦笑と言うには、晴れやかな顔では笑っていた。