好いているのだ。この気持ちは、嘘じゃない。
伝えたいとも思う。でも伝えるのは怖い。伝えることが出来るのかも怪しい。
届かないと、思っている。
それでも気付いてほしい。あの人の一番になれなくても、特別になりたいのだ。後悔もしたくない。
届かないのは知っている。それでもこの気持ちを伝えたい。解ってほしい。
結ばれなくても良い。この気持ちを知ってもらえるだけでも、あの人の眼に映ることが出来るから。
好きだと、好いていると。
届かないかもしれない。けれども、この想いをずっと閉まっておくことも出来なさそうだから。
そう考えて、そっと目を閉じて小さい溜め息をついた。
***
「奏楽ぅ?」
「出来るんだろう?」
「いや、出来るけどさ…」
一人で旅をするのに困らない程度の芸は身に付けてはいるが、別に今ここで、自分がやることはないのではないだろうか。宴会の盛り上げ役の人間なんて沢山居るだろう。何で自分なんだ。は言ってきた茶々を見た。
「今何で自分なんだって思ってるだろう」
「当たり」
「そりゃあねえアンタ。女がやるのと男がやるのとどっちが見てて楽しいかって話よ」
「揚羽で良いじゃん。踊れて楽器も出来る」
「幾ら綺麗でも男だろアレ」
付いてるモンは付いてるんだよ。そうさらりと言う。
「まあ、一番の理由はの音を聴きたいってことなんだけどね」
「…えー…でもなあ」
「観客が居るんだ。何を拒む必要が有る?」
うわー、良いところを付くなあと心の中で思った。
マダムや揚羽達と一緒に旅芸人として過ごした期間が長かったせいか、そう言われると断るに断れない。茶々のような綺麗な人にそう言われるとやらないわけにもいかない。わざわざ自分を指名しているのに、断るのも野暮だ。
ちょっとだけ、小さく溜め息をつく。茶々の頼みを断れない自分も自分だ。
「しょうがないなあ。少しだけね」
「よしきた!」
嬉々として茶々は更衣室に案内した。きちんと衣装まで用意してあるなんてどんだけだ。畜生最初からそのつもりだったのか。
なら、マダム達と一緒に磨き上げたこの腕前、とことん披露してやろうと逆にやる気が出てきた。
マダム達と旅をしていた時はあまり着飾らなかった。自分には似合っていないと思っていたからだ。自分自身で化粧をしたりするのも苦手だった。こうやって誰かにやってもらうなら、それはちょっと楽しかった。自分が特別扱いされているようで、嬉しかった。
それでもマダム達と居る時は頑なに拒んだ。何であの頃の自分はそんなに嫌だったのか今もあまり解っていない。
多分、揚羽が居たからなのではないかと、自分では思っているのだが、それも曖昧だった。
マダム達と共に居る時は、あまり揚羽が好きじゃなかった。自分と世界が違いすぎて、よく解らない人間だったから。綺麗で格好良くて、見てるだけなら良いのにそれ以上は見たくなかったし、知りたくなかった。多分興味が無かったのかもしれない。
もしくは、気にしてたから逆に見られたくなかったのかもしれない。
今は、違うのだけれど。
「アンタ達静かにしな!!」
着替え終わったを迎えて、茶々は盛り上がりすぎている男共を収めた。馬鹿騒ぎも良いが、今はこのの時間だ。静かとは言い切れないが、いつもよりも少しだけ静かだった。空気自体は、とても興奮しているのに。
戸口に掛かっている、人影が透けて見える薄布を茶々は片手で持ち上げた。
奥から現れるのは、全員が期待している人物。
いつもとは違う煌びやかな細工の布と装飾を付けて、は楽器片手に足軽に登場した。普段着飾らない彼女が、こんな風に変わるのを見た男達はそこで既に興奮してくる。静かにしてるほうが無理だろう。那智は既にうるさかった。
それでも、楽器を構えた瞬間、その時は静かになった。
曲目は何でも良いと言われたので、最近好きになった曲を選んだ。
揚羽を好きになってから、この曲の弾き方が随分変わった。今の自分のこの音をマダム達に聴かせたいくらいだ。
自分が弾きこなすのは無理じゃないかと思っていた、恋の曲。
揚羽を好きになってから、試行錯誤していたこの曲の弾き方が見付かった。自分の気持ちの向かうように弾けば良いのだと、勝手に思った。
好いているあの人を想いながら、後は曲に集中して弾くだけだ。目の前に居る仲間達が静かでも騒いでも、関係無い。ただ今の自分は、この曲を弾くだけ。
こういう宴会に不似合いな内容の曲だけれど、曲調は明るく、それなりに速度が有るからここの連中でも飽きはしないはずだ。聴くだけなら自身も好きだった。弾くのは些か躊躇われる内容だったけれど、今は揚羽を思って自分の腕を動かす。それほどまでに自分の気持ちが変わった。
揚羽が聴いているかどうかは解らないけれど、それでも想った。揚羽を想って、弾いた。
少しだけ、微笑む。
ああ、届かないって思っていても、自分はこんなにも揚羽を好いている。