静かに何かが、自分の中で落ちるのを感じた。
本当は宴会に出るつもりは無かった。茶々に引き止められなければ。
「に無理言ってでも奏楽させようと思うんだけど、どう?」
どう、とはどういう意味だ。聞き返す間も無く茶々は、「残るだろう?揚羽」そう艶やかに笑って言い放った。
…何でばれてる。ちょっと冷や汗をかいた。もしかしなくても自分の気持ちはバレバレか。
でもまあ、久しぶりにの音を聴くのは悪くないだろうと思って、残った。それでも絡まれないように船の中で一人ちびちび酒を呑む。
茶々の声が聞こえて、静かに外に出た。
この間も着飾ってるのを見たのに、今またを見て息が少しだけ止まる。
誰にも見せたくないけれど、でもこうやってが綺麗だと思い知らせる場が有るのは良いと揚羽思った。でもやっぱりじろじろ見られてほしくはない。
(綺麗、だな)
茶々も上手いと思う。に似合う衣装も化粧も、解ってる。心の中で絶賛した。
そうして静かに、曲名も何も言わずには弾き始めた。
聴き始めて、愕然とする。
何で、その曲をそんな風に弾くのか。
マダム達と居た時には、そんな風に弾かなかったのに。自分で、この曲は弾けないかもしれないと、言っていたのに。の心境に何が有ったのか。何でそんな音を出す。何を考えてその音色を出すのか。どうしてそうやって弾くのか。
誰を想って、そうやって演奏するのか。
どうして、何で、誰を想って?取り留めの無い考えが頭を占めて、反射的に聴きたくないと思ってしまった。それでも腕は動かず、嫌なのにのその演奏を聴き続けた。腕は鈍っていない。聴いていてとても心地良い。でも、今はそんな音聞きたくなかった。何で、この曲をそんな風に弾けるのか。誰を、想っているのか。
悔しかった。心臓が締め付けられた。何で、自分は今日この時、ここに残ったのだろうか。普段はこんな宴会に出ることは無いというのに。
がこの曲を本気で弾けばこうなるのだと、聴けて良かったと思う反面、絶望で身体が硬直する。
頭が動かなかった。睨むような目付きになって、眉根だけ動く。美しく着飾ってるが、悪魔のようだった。綺麗なのに、自分を絶望に落とす。何てことだ。
聴きたくない、でも、が誰かを想って弾いているこの曲を聴かないわけにはいかないと、相反する考えを持ったまま揚羽はずっと動けずに居た。
届かないって解ってたのに、いざこうやって理解すると、とても辛い。
眉根を寄せたまま、揚羽は少し笑った。泣きそうで、でも少しだけ晴れやかだった。
どうせだったら、が演奏しているその曲に絡もうかと、動かない頭の端でそんなことを考えた。
終わりかける演奏を聴きながら、重たい身体を動かして、茶々の前に行く。
「…用意は、してるんだろう。どうせ」
「ああ。……酷い顔してるけど、それでも出るのかい」
「…何もしないままここを立ち去っても、辛いだけだろ」
それだったら、自分だってそれなりの表現をして、いつものようにこの船から居なくなる。
茶々に案内されて、揚羽は着替えを始めた。