手段は言葉だけじゃないⅢ


曲を最後まで弾ききって、は頭を下げた。拍手を貰えて笑顔になる。一曲演奏し終わり、そのまま裏に下がろうと思っていたのに、の目の端に映ったのは着飾った揚羽だった。
揚羽の姿を見た観客が沸いたことにより、下がり難くなる。かつ、揚羽が目線で合図をしてくる。
曲を弾けと、目で言ってくる。
最近揚羽と共に共演なんてしていないから、何を弾けば良いのか全く解らなかった。正直自分が揚羽に合わせられる程度でもない。練習もしてないのに即興でするなんてちょっと無理かもしれない。ワタワタしていたら、揚羽が少し近付いて小声で呟いた。

「…今の曲で良い。あんまりそういう不安そうな顔をするな。何回マダム達と共演してるんだ」
「………、行き成り出てきて何なのさもう。…解った。同じの弾くよ」

同じ曲を立て続けに二回だなんて芸人として有るまじき行為だが、この場合しょうがない。逆に今度は踊りが付いてるから、客からは別の面白さが出るかもしれない。ただの予測だったが。そうなれば良いなあとは他人事のように考えた。なるようになれだ。

位置に付いた揚羽を見て、も位置を決めて構える。顔を上げて、揚羽からの合図を受けとめる。
揚羽が笑っているのを何となく感じた。その直ぐ後、自分もちょっと笑っているのに気付いた。
うん、やっぱり自分は揚羽が好きらしい。帰蝶のときの揚羽はあまり好きじゃないが、でもやっぱり揚羽が好きだ。何処に居るかも解らなかったさっきとは違う。今度は、目前で踊ってる揚羽を想いながら、この曲を奏でる。

(ああうん、好きだよ揚羽。こんなにも腕が軽やかに動いて表現するほど、好いてる、よ)

届けば良い。自分の恋を表現してることに気付いてくれると嬉しい。
踊りを始めた揚羽を見て、今度は泣きそうになりながらも、は自分のその想いを音に乗せた。


***


二人のこの表現を見ていて、茶々は溜め息をつく。何でこの二人はくっ付くことが出来ないのか。こんなにも、好き合ってるのがバレバレなのに。自分のことになると鈍感だなんて滑稽だ。揚羽はこういうことには鋭そうかと思ったが、自分のことになるとそうでもないらしい。

(…それとも、を好きすぎて解らないって感じかねえ…)

何とも厄介な二人だ。面倒くさい。今も多分、お互いのこの恋の曲の表現方法を見て、聴いて、勘違いしまくってるのだろう。見てる観客側に悟られない辺り一流だ。だからこそ余計勘違いするのだろう。のこの表現方法を聴いて、揚羽は勘違いして逆に喧嘩を売りに行くようなことをした。

(…自分の方がのことを、の好きな奴より好いてるみたいな、そんな感じなのかね)

ありありと揚羽の熱情が伝わってくるその踊りは、男だと解っているのに魅了される。この自分がだ。茶々は行き場の無い女の威厳をどうすれば良いのか解らなかった。自分はこの二人に関係無い。でも自身が好いている男が居るからこそ、逆にこの二人の表現に魅了されてしまう。
ちょっとだけの顔が翳ったのに茶々は気付く。まあ、しょうがなりだろう。揚羽はこんな表現をしない。表情もいつもよりも違うような気がした。茶々が気付くのだから、はしっかりと気付くだろう。ああ何て可哀想なことだろう。のことを想って踊っているだろうに、はそれを勘違いしてしまうのだ。何と滑稽で悲劇なことだろうか。

揚羽があのの表情の曇りに気付けば、また違うんじゃないだろうか。そんなこと解るだろうかと、茶々はちょっとだけ奇跡を願った。


***


初めて、こんな感覚を味わった。

誰かと息がピッタリ合うあの感覚。自分の演奏が重なり合うこの興奮。この感覚も興奮も初めてではない。共にこうやって共演するのも初めてではない。
それでも、全て初めてのような味わい。
こうやって重なり合えば、こんなにも心躍ることが出来るのだと解るこの気持ち。初めてではないのに、初めてのような感覚。

とても気持ちが良い。

血も繋がらないただの他人なのに、今この時は他人であって他人ではない。寝食共にしてきたからなのか、それとも気持ちが一つだからなのか、お互い解らなかった。
気持ちだけは、一つ。
ただただ、大切な人を想って表現するだけだった。
お互いその感情の矛先を知らずに、それでも相手を想ってその気持ちを表現する。ただ好いている。それだけを、表現した。

例え、相手が自分とは別の相手を想っていようと、それでも良かった。ただ今はこの時間が心地良い。
誰を想ってこんな表現になってるのかとても気になる。でも、こうやって自分達の表現が重なり合うのはとても楽しい。

は少しだけ泣きそうになっている自分に気付いた。ああいけない。ここはまだ舞台の上だ。演奏が終わったわけじゃない。だから泣かない。まだ、泣かない。この演奏が終わって部屋に戻ったら、涸れるほど泣こう。
そう思って、は俯きかけてた顔を上げた。綺麗な綺麗な、揚羽を見る為に。
揚羽と目が合って、少しだけ微笑んだ。揚羽が、微笑んだ気がするから。
揚羽がこんな風に想ってる人は、やはりタタラなのだろうかと思うと、ちょっとだけ辛い。でもやっぱり自分は揚羽が好きだから、この想いを紡ごうとまた腕に力を入れた。ああうん、ねえ揚羽。やっぱり私は、揚羽が好きだよ。
だってこんなにも揚羽が誰かを想っているのが、解るから。


***


こんなにも踊りに集中するのは、最近無かったかもしれない。揚羽は自分の今の踊りがかなりの出来だと解っていた。マダム達と踊ってる時に手を抜いていたわけではないが、最近タタラ軍のために動くことが多かったから、こうやって本気で踊ることが久しぶりだった。それでも、勘は鈍ってないし、腕も落ちていない。の音に合わせられるし、こうやって自分なりに表現が出来る。

は気付いているだろうか。多分、気付いていないんじゃないかと勝手に思っている。アイツは鈍感だから。
こうやって感情を込めて踊ってるのはどうしてか、解るか
誰を想ってこんな風に踊っているのか、解らないか

なあ、お前を想っているよ。

と目が合って、笑った。も笑ったのが見えたから、嬉しくなった。
の今の顔を見て、さっき弾いていた時と今の弾き方とを聴いて、揚羽は何かが引っかかった。頭の中で気付けと何かが叫んでいる。何かがおかしい。何では、そうやって泣きそうな顔で、でも嬉しそうに自分を見ているのだろうか。それに、さっきと弾き方がちょっとだけ違う。自分の踊りを見た瞬間、少しだけ音の表現がブレたのも聴き逃していない。
そこで、ようやく気付く。

(…ちょっと、待った)

何となく、勘、だろうか。
今まであまり外れたことが無かった、勘。ピンと、頭の中で糸が引っ張られて何かが弾き出されたような、何かが主張しているような感覚。
何で今まで自分自身が気付かなかったのか。は、自分を見ることは無いと勝手に思っていた。

鈍いのは、自分もだったらしい。