手段は言葉だけじゃないⅣ


弾き終わって直ぐに船の中に入って行ったを、揚羽は観客そっちのけで追いかけた。文句が降り注ぐことなんか気にしていられない。多分茶々辺りがどうにかしてくれる。聖も勘が良いから気付くだろう。とりあえず誰も邪魔はするんじゃねえと、口悪く思った。
どうせ着替えるだろうから、何となく行く場所に検討は付いているが、それでも駆けた。

着替えをしたであろう部屋の前でを見付けて、直ぐ様揚羽は距離を縮めた。こんな機会を逃すわけがない。逃したらいけないとも、何かが叫んでる。と話がしたかった。捕まえたかった。今を逃したら、多分もう捕まらない。勘でしか動いていないが、自分の勘が外れることなんて数えるほど珍しい。
部屋に入ろうとするとの距離を縮めて、腕を掴んだ。ちょっとだけ叫ばれそうだったから、そのまま部屋に入り込む。
…自分は、痴漢か。
扉を背にして、揚羽はほっと一息付きながらそう思った。誰かに見られてたら人を呼ばれかねない。ここまで必死になるなんて、…太郎ちゃんが見たらどう言うだろうか。
必死に逃げようとしている目の前のを見て、揚羽はどうしようかと思った。

「揚羽、いったい、…何」
「…いや…。…暴れるなよ」
「離、して」
「嫌だ」

ほんの少しだけ、痛くない程度に掴んでいる手の力を強めた。多分痛くないはず、だ。痛かったらどうしようか。そんなどうでも良いことを何故か考えた。に痛がられたら、多分自分がちょっと傷つく。
自分よりも華奢な腕を掴んで、を見下ろす。

「…何で逃げるようにこっちに来た?」
「どうでも良いでしょ」
「オレとしては良くない」
「…揚羽には関係ない」
「いーや多分関係なくないね」

そう言って揚羽は自分の手をの頬に添えた。添えた瞬間、の肩が少し跳ねて顔が俯く。
小声で喋っても聞き取れる位置に居るを見て、綺麗だと、また思う。触ってはいけない、汚したらいけないと思っていたこの身体に勢いでもう触れていて、こんな目の前に居る。

(…頑張れ揚羽さん、ここで理性失ったらタダの変態だ)

目元を押さえたくなった。惚れた欲目はとても怖い。がいつもよりも綺麗で可愛く見えるから不思議だ。
揚羽はそのままの頬を撫でた。俯いて身じろぐのその反応が可愛い。部屋の中は暗いが、頬の温かさからの顔が赤いのは容易に解った。耳も触ったら温かいんじゃないだろうか。ちょっと触ってみたいが今は止めておいた。

「…、勘違いしてるだろうお前に、吉報だ」
「は、良いから離して…」

が何か言い終わる前に、揚羽はを軽く抱きしめる。の身体が、強張るのが解った。揚羽はそのままの耳元で、静かに囁く。

「オレたち両想いだ」

何であの踊りをしてる時に、あんなにもお前と目を合わせたと思っているんだ、鈍感女。