逡巡と衝動の交差点Ⅰ


「揚羽」

に名前を呼ばれて、揚羽は海から視線を外した。空は高くて、さざ波は静かだ。時折海鳥の声が聞こえて、風がそよぐ。青い色ばかりのこの景色は、それでも様々な色を目に写す。揚羽はその中でを見つめた。数日前に晴れて恋人の位置に付けた、一人の女性として大事な人。
今は、あの日のことを後悔している。

「茶々が呼んでたよ」
「解った」

揚羽の心中なんて知らないは、いつも通りに話す。最初は自分と話すときぎこちなかった彼女も、もう慣れたらしい。今のこの対応にも不満はないようだった。多分心の中では「何故」と「不満」が、一杯なんだろうけれど。解っていて揚羽は恋人らしいことをにはしなかった。睦言もなければ抱擁も何もない。何も、しない。できなかった。してはいけないと、思ってしまった。
そうして、揚羽は自分があの日したことを後悔していた。
そんなこと億尾も出さずに揚羽はに微笑んだ。後悔はしていても、を嫌いになったわけじゃないからだ。むしろ、やはり愛しい人なのだと気付いた。
それでも、それは口に出すこともないし、態度で示すわけでもない。最低だな、と揚羽は自分自身で思う。
揚羽はそのまま船の中に入っていった。を一人残したまま。

いつもの笑顔を向けられなくなったことに気付いているは、一人になった甲板で揚羽と同じように船から見える景色を見つめた。
揚羽が見つめていたときと同様に、空は青くて高かった。には、それが堪らなく眩しく、寂しく見えた。