そんな決定的なことされたら、どうして良いのか解らなくなる。
色目を使うような女が、本当はあんまり好きじゃないのを知っている。本当は、誰かに触られるのが苦手なのを知っている。揚羽の過去を、知っている。
だからこそ、自分を選んで触れてくれたことが堪らなく嬉しかった。
本当に、大袈裟に聞こえるかもしれないけれど、泣くほどに嬉しかった。幸せだった。自分中心に世界が回っていて、物語の主役になって、これから幸せな結末に向かっているんじゃないかと勝手に思うほどに、浮かれた。気付いたらそんなにも毒されて、犯されて、想ってしまっていた。
好きなのに、届かない。好かれてるはずなのに、ただの一方通行。
想われなくても良いと思ってた。自分の気持ちが揚羽に届くとは思っていなかったから。でも、通じ合ってしまったから。
「待った揚羽、タタラが呼んで…」
タタラに伝言を言われて、揚羽を探していた。その足の長さから、ずんずん前に進んでしまう揚羽を呼び止めるために、は思わず揚羽の腕を掴んだ。
した後に、後悔した。
「…っ!」
こちらに振り向く間に、振り払われた。力強く払われたの腕は、中途半端な高さで止まる。何だか、ちょっと痛い。たった一瞬の出来事なのに、鉄で頭を殴られたように痛かった。どうしたら良いのか解らず、うずくまりたくなる。
揚羽に、こんなにもはっきり拒否されてしまった。
驚いている揚羽の顔も目に入るけれど、拒否されたことの方が大きい。行き場のない手は、下ろすこともできなかった。
唇が震えた。けれども、それに気付く余裕もなかった。
それでも、用件だけは伝えなければならない。そうやって真面目にしないと何をするか解らなかった。今はまだ、泣いたらいけないと勝手に思った。
「タタラ、が…呼んでるよ。何か、船の食料と武器に関しての運搬について…とか言ってた、かな。結構急いでるみたいだから、早く行ってね」
「っ、」
揚羽に名前を呼ばれるのは幸せだった。顔を、目を、自分を見て名前を呼ばれるのが、とても幸せなものだと思っていた。
今はもう、呼ばれるのは苦しいだけだった。
「何?タタラが呼んでるんだから、早く行ってね」
泣かずにその場を離れたは、自分自身を褒めちぎった。
の肩を掴もうとした揚羽の腕は、そのままで止まっていた。待ってほしいという一言すら言えず、揚羽はを見送る。ただ一言、そこで言って、を引き止めていれば後悔も何も無かったのかもしれなかった。