抗えない本音Ⅰ


馬鹿だ。

これほどまでに自分を馬鹿だと思ったことはない。実はもしかして結構馬鹿だったんじゃないのかオレは。思考回路は動いているのか止まっているのかも解らず、ただただあの時のの顔と、声と、その状況ばかり頭の中で回っている。ああ、あんな顔をさせてしまった。自分の、目の前で。あんな顔、本当はさせたくないのに。それでも避けていたのは自分だ。滑稽すぎる。本当に馬鹿だと嗤った。

自分自身を嗤った後、憤る気持ちのまま壁を強く叩いた。



「揚羽ちょいと顔貸しな」

茶々に言われるが揚羽は我関せずだった。動く気にもなれない。何故呼ばれたのかは解りきっている。

「揚羽」
「俺たちの問題だろう。お前が口出しするな」
「…上等じゃないかっ!あの子にあんな顔させといてよくそんなこと言えるね!!」
「茶々」

揚羽があまりにも反応しないので座木が止めに入った。これは多分、揚羽自身も堪えてるのではないだろうか。何があったのか解らないが、何かがあったのだろう。確かに当人たちの問題で、自分たちが口出しできることでもない。
何より揚羽が立ち入ってほしくない顔をしている。これ以上茶々が吠えても無駄だろう。
制止する座木にも苛立ったのか茶々は更に声を荒げた。

「止めんじゃないよ!この男一回殴らないと気が済まない!」
「…それをするのは茶々じゃない」
「だけどね!」
「それで気が済むなら殴れば良いがな」

茶々を見ずに揚羽はポツリと言う。どうでも良いような物言いだ。その態度にも茶々はイライラした。何で、この男はあの子をあんな顔にさせて、こんな飄々としてるのか。
同じ女として、には幸せになってほしい。だから、が泣いている姿は見たくなかった。幸せで泣くなら良い。嬉しくて泣くのも良い。だけど、あんな辛そうな顔をしているのは見過ごせない。その元凶である揚羽も、見過ごせなかった。
二人には幸せになってほしいからだ。
カッとなって腕を振り上げようとした茶々を座木は力ずくで止めた。

「座木っ!」
「駄目だ。そうしてもは喜ばない」
「っ、」
「……」

揚羽はやっぱり茶々を見ない。何処かを見ていた。
しかしここに居ればこれ以上うるさいことを言われそうなので、重い腰を上げた。幸い、することは多い。何かをしていればあまり考えなくて済むのは良いことだ。
考えたくてボーっとしていてもこれなら、何かをしているほうが良い。

「揚羽っ!アンタ、…のこと本当はどう想ってるんだい!?」

そんなの、決まってる。心の中では一つしかない答えは、口から出ることはなく、揚羽は茶々の声が聞こえていない振りをして部屋へと戻った。