本人に聞かない限りは、可能性の話でしかなく。
けれどもその可能性を信じて突き進むというのが人間の勇気だの何だのという話になるのだろう。
揚羽がの手を振り払ってからというもの、時折見ていたとの幸せな夢が、毎日出てくるようになった。揚羽にとってのとの幸せは、が笑って一緒に、隣に居てくれることだった。別にその隣にタタラ居たり茶々が居たりしても全く構わなかった。それでが幸せなら、別段特に構いはしない。時にはただ笑ってるだけの夢だったり、手を繋いでいる夢だったり、…彼女を抱いている夢だったり。毎日色んな妄想の彼女が居た。流石に最後のの姿を夢で見たとき自分は変態なんじゃないかと思ったが、これはこれで健康体のようにも思えた。普通の男という生き物が、好いた女が居るだけでどうなるかなんて揚羽には想像つかない。けれども夢精をした日、初めて女に欲情している男でオスなのだと実感した。まさか自分のこの生い立ちでそういう感覚を受けるとは思っていなかった分、中々に衝撃だった。しかし益々顔を合わせ辛くなったのは言うまでもない。
…もしも、もしもの話。
もしもを何も考えずに、ただ抱きしめることができたら。
汚れるとか、自分が汚れているからとか、が汚れてしまうだのを幸せにできないからだの、そんなこと考えずに、ただただを求めて、もそれに応えてくれて。
そうして、をただ抱きしめたいから抱きしめることができれば。
そんな日が、もしも来たのなら。
流石に鈍感な船の面々も気づき始めた。…まあ、原因は茶々のせいと言っても過言ではないが。元の原因は自分なので別に何か言う気もなかった。
…なかったけれど、タタラに捕まるのは厄介だと思った。タタラの前の自分は、余裕があるようで意外となかったりする。
そのタタラからに関して聞かれるのは居心地がとても悪かった。正直のことに関しては放っておいてほしい。茶々もタタラも、その他の面々も。だが放っておかれてもとの仲は進展もせずに、どんどん後退していくのだろう。手に取るように解った。けれどものことを考えれば、進展させるのと後退させるのと、どれが良いのか悪いのか全く解らなかった。
自分自身の本音はと一緒に居たいと、それしかないというのに。
「揚羽、最近とどうしたの」
「お前には関係ないよ」
「関係あるよ。一応私が船長で、揚羽やは船員だ」
「……」
なるほど、ごもっともだ。思わずああ確かに、と思った。
しかし幾らタタラでもこの話をしたいとは思わなかった。寧ろタタラにはできないようにも、思う。
それでも彼、…彼女?は踏み込んでくる。持ち前の無邪気さと、勇敢さで。
「揚羽」
二拍ほど揚羽は思案して、ため息をついた。深くて大きいものではなく、ふっとただ身体の空気を抜いたような感じだった。
この、自分よりも小さいこの子にまた頼ってしまう。この子ならと思った日から、いつもこの子に期待ばかりだった。
「…タタラ、お前がもし女だったら、俺と一緒にいたいと思うか」
「え?」
「そんなこと、思ったりするか?」
そもそもの前提がおかしかったが、揚羽はタタラとして話をした。女なのは知ってるけれど、今目の前にいるのはタタラなのだ。男として、この船を預かる船長だ。タタラとして話をしてきたのなら、タタラと思って話をする。
少しだけ身構えていた。どんな答えが来るのかを。
「するよ」
迷いながら話す揚羽とは対照的に、きっぱりと、タタラは揚羽の目を見ながら言う。淀みなく、毅然として。
いつものような、はにかんだ笑みを浮かべながら、タタラはまだ言葉を続けた。
「するよ。当たり前だ。揚羽は大事な人だから」
別に男女関係ないし、揚羽が揚羽だから、一緒にいたいかと聞かれたら、ハイと私は答える。
仲間として共にいられるのなら、一緒にいたい。
そこに恋愛感情があるかないかは、また別なんだろうけど。それを抜きにしても、一緒にいられるなら私は一緒にいたいと思う。タタラは続けた。
「もしもだったとしても、それは一緒だと思う。好きなら、一緒にいたいと思うだろう?一緒にいられるなら、それが一番良い」
タタラのその言葉に、揚羽は終ぞ答えることはなかった。ずっと、黙ったままタタラの言葉を聞いていた。
ああそうか、というスッとした気持ちと、そんなことあるだろうかという迷いと、織り交ざった感情だった。確かに言われたことは何てことない、在り来たりな言葉だったように思えるのに。それでも揚羽はタタラの言葉に酷く納得していた。ああ、そうか、確かにそういうものなのだろう。
好きなら、一緒にいたいと、思う。
確かにそうだった。今更ながら、揚羽はそのことに気づいた。一緒にいたいから好きなのか、好きだから一緒にいたいのか。それでも結局落ち着くところは一緒なのだろう。
夢にまで現れる。
そうだ、確かにそうだった。確かに自分は、と一緒にいたいんだ。
汚すことを考えて離れてしまって、それでも一緒にいたいから完全に見放すこともなく、ただのワガママな子どものようにを振り回していた。…何て、酷いことばかりしていただろうか。
自分の感情はいつだって出ていたのに、のことを考えるとどうにも思考回路が迷子になるらしい。好きだから離したくないし、でも傷つけて汚してしまうから手元にいると自分が困る。…子どもよりタチが悪い気がした。
ああ、確かに自分はと一緒にいたい。結局、答えはそこに行き着くんだ。
じゃあ、はどうだろうか。
ここまで自分に振り回されたは、今でも自分の腕の中に納まってくれるだろうか。あの傷ついた顔が、前のような笑顔を、見せてくれるだろうか。
最終的に結ばれることはなくても、と共に在ることはできるだろうか。
「ねえ揚羽、一度、…きちんと、と話し合うだけ話し合ってみたら?」
タタラは思案に暮れる揚羽の様子を見て、最後にそう言って部屋から出て行った。
その背を見ながら、揚羽は思う。思うことは、やっぱりのことだった。最近はいつでものことばかりだ。
は、傷つけてばかりいる自分を、未だに好いていてくれるだろうか。