08-1


一人が治療院に来る頻度がいきなり減った。
いきなり頻度が増えたのでいきなり減るのもよくあることである。患者も客も水物なのだ。

(来なくていいほど身体の調子がいいか、忙しいのかな~。まあ調子良さそうだったしまだ持つだろうけど)

筋肉の質がいいので一人はそこそこ無理が効く。いいことではないが、貧弱で軟弱よりもいいのかもしれない。
それと同時に、日本に来た氷室俊介が記者会見をバックレて行方不明なのも気になる。

(俊介のことだからどっか遊んでるのかもしれないなあ)

何だかんだああいう面倒くさいことは嫌がりそうなので、記者会見をバックレてどこかで遊んでいるのだろうと勝手に思っている。大変失礼かもしれないが俊介はそういうところがある。
俊介が死んだなどとニュースで出ない限り心配する必要があまりない。何だかんだあの村出身の人間は色んな意味で強い人間が多い。なので心配はしていないが、どこにいるのかは気になる。
村に戻っているなら会いに行きたいが、この職場連休というものがあまりないので、一日しかない休みの日に村に帰るというのが結構、そこそこ、いやだいぶ、大変なのだ。疲れている社会人がやろうと思うと腰が重たくなる。洗濯物や買い出しも考えたら行くのが心底面倒だと思ってしまうのは許されたい。

(村にいたら流石に一人も教えてくれそうな気がするんだよな~)

こちらが会いに行けるかどうかは別として、マメでしっかりしていて結構気の利く一人なら俊介が村に来ていたら教えてくれそうである。連絡がないということは、村にも来ていないのだろう。東京で遊んでいるか、どこか別の場所を観光しているのかもしれない。俊介なら全部やりそうではある。
便りがないのは元気な証拠としておこう。

それよりも一人に逢う機会が減っているのが、寂しいような気持ち的に助かるような、何とも言えないところだった。
35歳まで片想いを満喫してしまおうと思っているが、じゃあ何か行動しようという気にもならない。片想いを拗らせすぎているせいで、何か変えようという気持ちにならないのだ。
けれどもあの人の顔が見れるとホッとはする。
こちらもこちらで、便りがないのは元気な証拠だろう。というか夏前までの頻度が異常だったのだ。何でそんな街に降りてきてるんだあの男。

「うわ~飛行機事故か怖いなー……」

ニュースに映し出される事故を見ながらそう呟き、朝が過ぎていった。


***


「もう年末……」

一人の来院頻度が下がったまま、冬になっていた。
今年は流石に冬も帰りたい。帰らないと不味い気がする。いや雪かきはもう既にやってもらっているので年末帰ったところで遅いのだが。帰らないよりはマシである。
けれどもやはり気が乗らない。あの広い家に独りで、冬の寒さを感じながら年越しをするというのは、何度やっても慣れはしない。それなら街のこの小さい家で構わないではないだろうか。

(お父さん死んでからずっと独りだったのになー。何でこんな風に感じるようになったのか……)

産まれたときには母親は死んでおり、中学生で父親が死んで、ずっとあの家に独りだ。
本来なら成人もしてない子どもが独りになったのなら施設に入るようなものだが、色々あって村に居続けることになった。村のしきたりのせいとも言う。
それでも学生の頃は神代の人たちやイシさんたちが気を遣ってくれて家に呼んでくれたりしていて、そこまで寂しい気持ちがなかった。
一人の母親である静江さんが亡くなってから、それも減っていった。当たり前である。他人に気を遣えるのは余裕のある人だけだ。

「……一人もあの診療所に独りで年越ししてたのかー……」

今さらそんなことに考えが至る。
村井さんがいたときまではまだ良かったが、一人が19歳のときに村井さんまでいなくなってしまったのである。そこから10年近く独りであの診療所で年越しをしていたと考えると、似た者同士だなあという感想になった。

「まあどうせ、誰かに呼ばれてるんだろうけど」

も別に村の人たちに嫌われているわけでもないが、一人は村唯一の医者として村の人たちからの好かれ方が尋常ではない。独りきりの年越しを慮って、誰かの家に呼ばれたりなんてしているだろう。
しかも今じゃもうひとり医者がいるのだ。寂しい年越しは終わっている。

(行く前から憂鬱だー……独りであの家掃除して、年越し……)

寂しいことこの上ない。独りでいることは慣れているが、掃除以外することがない家でTVを見ながら年越しは流石に微妙すぎる。娯楽もないし、寝るしかない。荷物が増えるのが嫌だが流石に酒の一本くらいは買っていこうかと考える。
今回も雪かきでお世話になった人たちへの菓子折りと、診療所用と、夏と同じく一人用に用意をして荷物をまとめた。



「寒~~~~~い」

バスを降りて第一声がこれである。この村出身だが寒いものは寒い。
この間の夏と違って一人が待っていることはなかった。治療院に来ていないので顔も合わせていなかったし、自分がこの日帰るとも伝えていないので夏のようにいたら逆に恐怖である。
寒さに震えながら歩いていれば、後ろから来た車が追い越していってすぐに止まった。

「おめえやっぱりかー!?」
「あれっ田中さん?」
「何だ何だ、帰ってくるなら連絡くらい入れろ~」
「ええ~田中さん家の電話番号は流石に覚えてない……」

実家に置いてある親が使っていた電話帳には書いてあるが、それを街に持っていっていない。
というか別にそこまでの仲でもないので正直する気は起きない。

「うちじゃねえよK先生に連絡入れとけ」
「ええ? そんなの入れてどうするのさ」
「おめぇ……K先生いい加減泣くんじゃねえか」
「……?」

一人が泣くなんてそんな天変地異起こるわけがないのに何を言っているのか。
怪訝な顔をしていれば、田中さんは後ろの席を指さして口を開いた。

「ついでだから乗せてってやるよ!」
「うわ田中さん優しい! 助かる!」
「ワハハもっと褒めてかまわねえぞ~!」

意気揚々と荷物を持ちながら後部座席に乗り込んだ。意外と村まで歩くので、助かる以外の言葉が出てこない。

の家も通り道だかんな~あんまり別地区だと流石に声かけらんねえけど」
「いやいや村まで乗せてってくれるだけでも助かります。……あ、うーん、田中さんもうちょっと奥までお願いしてもいい?」
「ん?」



車の移動はやはり楽である。診療所の近くで下ろしてもらいは田中さんに頭を下げた。

「助かりました!」
「構わねえって。K先生によろしくな」
「はーい」

一人に何をよろしく言うのか解らないが、流れで返事をしておいた。
家に下ろしてもらうよりも、診療所に下ろしてほしいと言えば二つ返事で田中さんは快諾してくれた。この寒さと雪の中を荷物を持って診療所に行くのが面倒なのでお願いしたのだが、田中さんは何故かニヤニヤしていた。
田中さんの車に手を振りながら見送って、診療所までの道を歩く。子どもの頃は寒さに強かったのに大人になるとどうして弱くなってしまうのか。不思議だと思いながら馴染みの道を歩く。
挨拶が終われば診療所から家まで結局この道を歩かないといけないのだが、手荷物が少し減れば楽にはなるのと、一旦家に入って腰を下ろすと根が生えてしまって動けなくなるので先に済ませてしまおうと考えた。
診療所の玄関に着いて、ちょっとだけ髪の毛を直す。いや荷物のせいで鏡とか見れる状況ではないので本当に気休めである。化粧が変なことになっていないことを祈るしかない。
診療所に医者が増えてから一人に逢う頻度が上がったので、もう今回は最初から化粧をし、一人用にも別でお菓子を買った。雪があるので流石にスカートは諦めた。寒すぎる。

(チョコは食べれた……はず)

どうせもうすぐ終わるのだから片想いを満喫してみようと思った結果、ちょっとバレンタインを先取りしてチョコでも渡してみようと思ったのである。先取りしすぎなのでバレないと思いたい。
どうせチョコなんぞ贈っても一人ならいつもと同じ反応だろう。の父親が生きていた間はバレンタインで診療所宛にチョコ菓子は贈っていたが、父が死んで独りきりになってからはそんな余裕がなくなり高校の頃から今の今まで一人にチョコなど贈ったことがない。2月に顔を合わせる機会もなかったからというのもある。

(迷惑そうな顔されたら個別で贈るのももう止めよ)

怖い妄想ばかりが出てくる。中学の頃までどんな顔して一人にチョコをあげていたのか思い出せない。
俊介もいたので義理チョコを笑いながら渡していたのだとあとで思い出すのだが、今はそんな余裕がなかった。

「よし。……ごめんくださーい」

診療所のドアを開け、声をかければすぐさま部屋から人が出てくる。
知らない顔なので、この人が新しい医者なのだろう。新しいと言っても来てからもうすぐ二年経つので自分が知らないだけなのだが。

「──はーい! ……と、あれ、えーと、初めまして……?」
「初めましてですね。中村と申します。夏と冬くらいしか帰ってこないので──」
「えっ!? あっ! 中村さん!!??」
「え? あ、はい。そうです」
「うわあの、今Kは往診でいないんですけど……! あ、ちが、すみません、富永研太と申します」
「富永先生ですね。すみません、ご挨拶が遅れて」
「えっ、全然。診療所にいらっしゃらないってことはお元気ってことですよね? 良いことですよ」

なるほど、と思った。一人が気に入るわけである。

(診療所にかからなくていいなら、そりゃ良いことだよね)

一人もそう言うタイプだ。医者が必要ないなら良いことだと、どっしり構えながら笑える男だ。
一人が診療所に住まわせるわけである。例え技術が足りなかろうが、この性根なら一人と共に患者に向き合えるだろう。
フルネームを知られているのは何となく気になるが、まあどうせ村の人間が何か言ってるのだろう。

「あ、これ差し入れです」
「えっすみません、ありがとうございます。……K、もうすぐ帰ってくると思うので、良ければお茶でもいかがですか?」
「え? あ、いえ、これ届けたら家に行くつもりだったんで」
「いやいや! 寒かったでしょうしお茶でも飲んでってください。ちょうど今煎れたばかりなんです」
「い、いや、あの」
「Kにも挨拶しやすいでしょうし」
「……、そ……、うですね。あの、じゃあ、お茶だけいただきます……」

押しに弱いわけではない。一人の顔が見たいなと、思っただけだと言い訳した。このお菓子を届けたら、体調が悪くならない限り一人に顔を合わせる手段が消えてしまうからだ。
あまり知らない男性と二人になるのは気が進まないが、正直富永先生の体格なら今の自分でもどうにかなるとは考えながら返事をした。
昔はよく来ていた場所に入り、富永が座っていたであろう場所の真向かいに腰を下ろす。暖房は入っているが富永が扉を開けたままにしたので少しホッとする。

さんは……あっ、ちが、すみません。皆がお名前で呼んでたんで移っちゃって……」
「ああ、いえいえ大丈夫です。村の人たち全員名前で呼んできますしね」

頭をかきながら富永は「すみません」とさらに謝ってくる。珍しい苗字でもないので同じ人がいたら名前で呼ばれることもよくあるので、あまり気にもならない。
持って来たお菓子を広げれば、富永がまた口を開いた。

「このお菓子さんからだったんですね! いつもKが持ってくるんですけど、くださった家の名前教えてくれなくて……。いつも美味しく頂いてます、ありがとうございます」
「……あ、いえ、とんでもないです」

(私が贈ってることすら、言ってない、のか。……そんな、好みじゃ、なかったのかな)

思わず目線が下がってしまった。富永の顔が見れない。笑わないと。元気が取り柄なのだ。笑っておかないと。

「か、一人の好みが、解らなくて……昔から似たようなのばっかり、買ってるんですよね。あんまり好きそうじゃないなら、もっと別のにしようかと思ってるんですけど」
「え? いやKは何でも食べますしこういうお菓子意外とつまんでますよ」
「……そうですか? それなら、良かった」

だとしても貰い物のお菓子を差出人不明にするのは、どうなのだろうか。よく解らない。何だか胸が締め付けられる。迷惑だっただろうか、好みじゃなかったのだろうか。
自分のような幼馴染がいることを、人に言うのが恥ずかしいのだろうか。
何故なのか、何でなのかを考えてあまり思考がまとまらない。やっぱり帰っておけば良かったかもしれない。

「村にいるとこういう甘い物ってあんまり食べられないんで滅茶苦茶ありがたいんですよね~」
「あ、それは解ります。街に出てから村に戻ってくるとやっぱ食べる物の選択が少ないなあって思って」
「ですよね」

ニコニコしながら持ってきたお菓子を摘まんでいる富永を見て、何だか微笑ましくて笑ってしまった。いい人なんだろうと感じられる。
少しだけ気分が元に戻ってきた。
富永がお茶を飲みながら更に口を開く。

「Kに幼馴染いるってだけで驚きですよ。氷室さんにもビックリしたのに女性の幼馴染までいるなんて」
「え、氷室? ……氷室俊介です?」
「はい。……あれ、この間までここにいましたけど、Kから聞いてないんですか……?」
「はっ!?」

の驚きの声を聞いて瞬時に不味い、という顔を富永がしているのが目に入る。つまりは、一日だけ村に戻ってきただけというわけではないわけだ。

「……ちなみにどれくらい村に滞在してたんです?」
「ああああの、いや、えーと」
「お菓子食べたんだから答えてもらえます?」
「ああああああそれはズルい! えーと、あの、帰国してすぐ村に来て……年末前にお帰りに……」
「はあ? 一人あいつクソ野郎」
「ぶはっ!」

富永が何故か吹き出したが気にしている余裕がない。
あのクソ野郎、連絡しないってどういうことだ。

「ヒッ……ヒッ、く、クソ野郎……!」
「クソすぎるでしょ意味解んないアイツ。せめて連絡くらいしろよって。俊介も音沙汰ないの信じられないアイツあれで女にはモテてるって自分で言うの馬鹿の極みすぎ」
「あはははっはは! 笑わせないでくださいよ!」

ヒーヒー笑う富永を見ながら、は何笑ってんだという気持ちになる。ムカつきすぎて先ほどまで気分が落ち込んでいたのが完全に消えた。やはり男なんてクソだという結論になった。

「つーか俊介は記者会見すっぽかして何してんすか」
「(く、口調が変わってる……)えーと、色々あったんですけどオペをしに……」
「は~~~~~~~~~~~?????」

特大の品のない声が出た。初対面の富永には申し訳ないが、もう猫を被ってる余裕もない。ムカつきすぎて頭に来ている。
しかもこのタイミングで診療所の玄関が開く音が聞こえた。あっ、という顔をする富永を横目に見ながら、すぐさま立ち上がって玄関に向かった。
予想通り白衣を着た一人が戻ってきており、今まで生きてきた中で一番力を入れて笑顔を作る。部屋から出て来たのがだからか一人は驚いた顔をしていた。

「一人お疲れさま~」
!? 戻って来たのか。家は雨戸も閉めっぱなしだったが……」
「田中さんが送ってくれたから先に診療所来たんだよね~お菓子持ってきたから食べて」
「そうか、いつもすまない。……先に連絡をしろとあれほど──、ぐっ!!」
「お前がそれ言うか? ああ?」

喋りながら一人に近づき、不自然でない距離で止まってそのままノーモーションで一人の腹を殴った。この男強いは強いが、フィジカルに任せた強さでしかないのでこういう技術に意外と弱い。しかしそこそこ本気で殴ったのだが意識してないはずの腹筋がだいぶ硬い。鉄板でも入ってるのかこの男の腹。
ノーガードで腹に入ったのでだいぶ本気で一人は痛がっている。この図体の男が腹を抑えてるのを見て少し腹の虫がおさまった。

! ノーモーションで殴るな……!」
「うるっさいな振りかぶったら掴まれるんだからこうするでしょ。あんた何で俊介来たの教えてくれなかったの」
「っ……聞いたのか。──……も、忙しいだろう」
「数か月いたって聞いたけど?」
「……」
「は~~~本当信じられない。俊介元気だったならいいけどさあ」
「…………元気だったぞ」
「オペしてるのに元気だったとか言う奴いる!? あんた本当頭いいのに変なところ馬鹿だよね!?」
「……、…………」

後ろで絶対に富永に見られているのが解っているが、口も行動も止まらなかった。とにかく連絡しろと毎度言うこの男が、俊介が来たことすら連絡を入れなかったことに頭が来てしょうがない。その気になれば会える距離に住んでいる自分と違って、俊介はアメリカ住まいだ。連絡するという重要度が全く違うではないか。

(……その程度なんだろうなあ。自覚すると本当悲しいな)

言わなくてもいいと判断したのだろう。その程度の仲なのだ結局。

「まあもうお菓子渡したし一人の顔も見れたし、家帰るわ。お疲れ様」

振り返って部屋へと戻り、笑っているんだか困っているんだか解らない富永をスルーして自分の荷物を持ち上げた。

「お邪魔しました~お茶ご馳走様でした」
「いえあの、むしろすみません……」
「いいえ~お騒がせしました~」

精一杯猫を被り直して富永に挨拶はする。被ったところで意味があるのか解らないが取り繕うのはまあ、大事だろう。
玄関では一人が所在なさげにまだ立っていた。強面なくせに意外と感情が顔に出るので怒られて落ち込んでいるのが見て取れた。

(は~~~私が怒ると捨てられた子犬みたいな目するの子どもの頃から変わらないなコイツ~~~)

自分よりも年上だしこの図体なのにこの目は何なのか。惚れた欲目だとしてもこう見えるのはおかしくないだろうか。顔が良いのがまた腹が立つ。
これはまた付いてくるだろうな、と直感的に解った。子どもの頃からが怒ると何故か一人は誰よりもを優先し始める。

「またね一人」
……、……送って、行く」
「ま、た、ね」
「──っ……ああ、また……」

子犬の目をしている一人の顔を見ながら、強めに挨拶を交わした。今回付いて来るのは正直うっとうしいと言う他ない。ムカついているので自分の頭を冷やすためにもこうするしかなかった。こういうところがいつまでも子どもっぽいと自分でも解るのだが、流石にここは流したら駄目だろうと思っている。怒っているという意思表示である。
一人用に買ったチョコも持ちながら、そのまま診療所をあとにした。



「あーあ」

本当に自分は可愛くない。こんなにも可愛げがないのではそりゃあ結婚の話が出てこないわけである。一人自身子どもが要らないのかもしれないし、それならこんな女と結婚する気なんて起きるわけがない。
責任感でこんなにも世話を焼いているのだと思い始めていたらコレである。

(……ていうか、これ私が相手見つけないと一人も動かない感じか……?)

一人が結婚する気もない、子どもを作る気もないなら初物を食べてしまったが独身なことがネックなだけである。頭をまた抱え始めた。

「め、面倒くせー」

本音が出てしまった。一人のために自分が別の男を見つけなければいけないなど、面倒と言うしかない。そもそも一人以外の男など好きになれるわけがない。男と色々あって一人のことを好きになったのに本末転倒もいいところである。

「いやでも35歳までは……様子見でいいか。いいよね」

断じて考えるのが面倒くさいわけではない。いや正直面倒くさい。
一人以外の男に心がいくわけないのもある。他の男でいいのならもう10年前から今の間に他の男で妥協してたに決まっている。

初日からまた疲れてしまったが、何とか窓は開けて換気をし、ちょびちょびと掃除をし始めた。夏にやったおかげで今回は楽に終わりそうである。
一人用に買ったチョコをどうしようか、悩みながらその日はさっさと寝た。