「……おはよう一人」
「おはよう。……謝りに、きた」
「へえ、鍋持って」
「イシさんが作ってくれたものだ。持っていけと」
何となく来るだろうなとは思っていたが、本当にやって来た。こんな子どものように怒っている女のことなど放っておけばいいのに、律儀だし真面目だなあと思う。俊介が悪戯をして大人を怒らせたときに一緒にいたからと謝っていた昔のままである。
きちんと謝れる性根は変わらないらしいが、それはつまり怒らせたことを理解しているということであるし、謝らないといけないと思っているということである。この男、相手が怒っているからとりあえず謝っておくなどということはしない。謝らないといけないことをしたという自覚があるということだ。
しかしこの図体でマントを着ながら鍋を持ってくるこの状況は大変シュールである。何で誰も止めなかったのか。
「はあ……」
「すまなかった。連絡を、しなかった理由を話したい」
「……」
それで許してもらえないなら、構わないという顔をしている。つまりはそれなりの理由があって連絡がなかったということか。
玄関に立ちっぱなしの一人と目が合う。段差がある分いつもよりも顔がはっきり見える気がした。
「……まあどうせ、自分が満足するまで帰らないんでしょ」
「そういうつもりではない、が」
「喋り切るまで帰らないって顔してるくせに」
「……」
一人が鍋を持ったまま険しい顔をしている今の状況は中々笑えてしまう。空気は大層シリアスなのだが。
というかこの男本当に頑固だ。こっちが許す許さないは置いておいて、一人が話をしない限り絶対に帰らないだろう。
「ここじゃ寒いから中入って」
結局、家に上げてまで話を聞いてしまうのだから自分は一人に甘いのだ。こうなるのが解っているから一人もある程度強固に話を進めてくる節がある。絆されてしまうのだから自分の意思の弱さが悲しくなってくる。惚れたほうの負けとは本当によく言ったものだ。負けっぱなしである。
これで新年明けて街に帰るまで放っておかれたらそれはそれで悲しくて泣いてしまうだろうから、来てくれて嬉しいなどと思っている自身も大概である。自分の気持ちを理解して10年経っても恋心を諦めきれないのだからこの先も負けが確定しているようなものだった。
「……はあ?」
鍋を預かり、一人を居間に通して話を聞く。
俊介の手術の件や、刑事絡みの事件に関わった話をされた。クローン臓器などという単語が出てきて流石に声をあげてしまう。
「クローンて本気で言ってるの?」
「冗談や酔狂でこんなことを言うと思うのか」
「そらそうか」
そもそも一人がこんな場面で冗談を言う人間でもない。いやつまりクローン臓器だの組織だのが本当なわけで。
少々キャパオーバーのところに一人はさらに強烈な話をしてくる。
「……は? 流石にそれはあり得なくない? 一郎おじさんがクローン臓器に関与してるのは……、いや、うーんまあ、うーん……」
「俺もそう思いたい。……だが、あの手術の痕は……」
「いやーそれくらいは似たようなことしてる人いそうだけどな」
ベッドのシーツだって替えるときは端からやっていかないと綺麗にならないだろうという話をすれば、一人は少しだけ表情を和らげて顔色が良くなったように見えた。やはり親族がそんなことをしているという考えは堪えているらしい。
「普通に考えて両端を綺麗にしとくのは、当たり前っちゃ当たり前なんよなー」
「そういう、ものか」
「洗濯物とか紙を折るときとかで考えればいいじゃん。両端綺麗に揃えるでしょ」
「……それは、……確かに、そうだが」
「ほら別に一郎おじさんじゃないかもよ」
「……そう、思うか」
「いやごめん正直解んない。でも一郎おじさんがな~それはな~……。そういうことし始める理由はよく解るけど、うーん……」
「……」
「一人も、本当にそんなことしてるかどうか、疑心暗鬼でしょう」
「親父のような人間が……、とは思う。だが……」
「そういうことをしてしまうのも、まあ解るよねえ」
「……」
静江おばさんを救えなかった、それを一番悲しんだのは一郎おじさんだ。そこは揺るがないだろう。医師免許を持たず、村の特殊性で一番大事な人を救えなかったあの人が、クローン臓器に関わるのは理解できなくもない。
「それでもクローン臓器で誰かを救うようなことしてるのは、一郎おじさんっぽいね」
「──ッ……、……」
「あの、ごめんね、私はクローン臓器の何が悪いのか解らないからさ」
「……ああ、そう、か」
クローンの羊がいたのだから、クローン臓器が出てくるのもまあ、あり得るのだろう。それの何が悪いのだろうか。医療知識はあるにはあるが、クローン臓器に関しては別に知ろうとしていないのではそれの何がいけないのかが解らない。それで臓器移植して救われる人がいるのなら悪いことなのだろうか。
「クローン臓器の場合、クローン人間を作り出して臓器を取り出しているとしか思えん」
「ええ……? あ、あー……成る程、臓器だけ作り出すのは無理なんだ」
「ああ、どう考えても臓器だけをそっくりそのまま作り出すには、人間を作り出さねばならぬ」
その場合、生きている人間を殺しているということだろう。
そう続けられて、一人の顔をマジマジと見た。
(あ~成る程、誰にも言えないわな)
家族がそんなものに関わっているかもしれないなど、村の人間には言えないだろう。何せあの大先生と呼ばれてる一郎おじさんである。
富永には言ったかどうかも解らない。一人の性格を考えれば多分富永にも言ってはいないような気がする。俊介にもこれは言えていないまま、自分ひとりで抱え込んでいたのではないだろうか。
本気で喧嘩をしているわけでもないが、だからあんなにも険しい顔をして家に来たのか、と納得した。一人自身が消化しきれていない案件なのかもしれない。
「それで、事件解決できそうだったけど結局できなかったと」
「ああ」
「そうかあ」
「……許しては、くれないか」
「許す許さないっていうか、まあ一晩経ったらちょっと落ち着いたからか何か、うん、……うん、まあ、いいよ」
「──……そう、か」
「ん」
(俊介のこと連絡するほどの人間でもないし、そういう間柄でもないと思われているんだろうし、そもそも私が怒ったからこうやって言い訳しに来たわけで、何かもう不毛すぎてどうでもいい)
そこまで思ったが、それは口に出さなかった。虚しすぎるからだ。友達だとすら思ってないんでしょうと、口に出すことの何と悲しいことか。考えてるだけでモヤモヤするので、この話はもうこれで終わりにしたかった。
女としても見られていない、友人が帰ってきたことも連絡を貰えない。けれどもこれが事実なので、これをもう突っ込んだところでこうやって変に気を遣われるだけだろう。だったらさっさと話題を変えて、自分の気持ちも変えたほうが精神衛生的にいい。
事件に関わっていたからとは言うが、それは俊介が来て手術をしたあとの話である。その前までに連絡を貰えなかったのは、つまり考えてる通りということだろう。
一人がどんな顔をしているのか見ないまま言葉を続けた。
「実際連絡されても会えなかっただろうし、まあ自分で折り合いついたよ。ごめん。忙しいのに時間ありがと。一郎おじさんは違う可能性もあるから、そんな思い悩まなくてもいいんじゃない」
話は終わりだとばかりに立ち上がる。
「私こそ手出してごめんね。言いにくいこと教えてくれてありがと。もうお昼も近いから早く帰ったほうがいいでしょ」
「……掃除を、するんだろう。手伝う」
「夏に一人も手伝ってくれたおかげでだいぶ綺麗なんだよね。今回長めにいるし、気を遣わなくていいから、年末なんだしゆっくりしなよ」
「──そうか……。治療を、頼むことはできるか」
「んあ、いいけど、いつがいい?」
「今日は駄目か」
「あー」
居間の襖を開けて一人の帰宅を促したものの、話を続けられたので柱にもたれかかって返事をする。
一晩経てば平気になるとは思ったが、それでもやはり自分が蔑ろにされた感覚が拭えず、このまま一人と一緒にいても変なことを言いそうなので治療に対して言い淀んでしまう。
何となく一人から目を離し、天井を見ながら思考する。
「──……、お墓参り今日しようと思ってたんだよね、明日以降のが助かるなあ」
「……解った。なら、……すまないが、明後日の大晦日は平気か?」
「んん? まあいいけど、一人こそいいの」
「ああ、急患が来たら別だが、往診や診察の予定は流石に入っていないから頼みたい」
「なるほど、解った。いいよ」
どうせすることがないので了承した。今日が29日なので、今日明日あれば流石にこの気持ちも沈静するだろう。
何だかんだこの扱いでも一人のことは好きなのが変わらない。こうやって謝りに来てる辺りは好感が持てるのもある。それはそれとして、怒ってはいたのだが。
結局好きな気持ちが減ることはないし、嫌悪感が出て来ることもないのでこうやって会える約束ができるのは嬉しいと感じる。ワガママな女を幼馴染に持って一人が大変そうだと他人事だった。片想いを満喫するならこれくらい構わないだろう。
約束の日を決めて、時間と場所もすり合わせる。
一人がこの家に来ると言って聞かなかったが、診療所のベッドのほうが治療しやすいだろうと今回は診療所に行くのを押し切った。実際は診察用のベッドなだけで鍼灸系の治療には不向きだとは解っているが、それでも今回は診療所でやると伝える。
この家にそんな頻繁に来ても富永先生の負担になるだろうし、何か大きな事故があったときに間に合わなくて後悔するのは一人である。冬は特に色んな事故が起きやすいので、診療所でいいだろう。
「あ、そうだ」
「?」
話を終えて玄関に向かうところで、渡さねばいけない物を思い出して取りに戻った。
「これあげる」
「……いいのか」
高校のときに初めて一人に誕生日プレゼントとバレンタインの贈り物を分けたときも、こんな風に言われたなあとは思い出した。
「ん。……要らないなら自分で食べるから返して」
「いや貰う。いつもすまない。……大事に食べる。村にいるとこういう物は食べる機会が少ないからな」
あのときもこうやって直ぐに謝罪とお礼を言ってくれたが、迷惑だったのかもしれないと思って結局分けて贈ったのはそれっきりだった。自分の生活でいっぱいいっぱいだったので、そんな余裕もあまりなかったのがある。
しかしやはり、村にいると似たような思考になるんだなあと昨日会った富永先生の顔を思い浮かべた。
「あー、富永先生も同じこと言ってた。一人もそう思うんだ」
「…………ああ」
有名なチョコのお店の紙袋を持つ一人は何だか笑えてしまう。今日は鍋にこの紙袋にと持っているものが沢山である。むしろいつもは何故手荷物があんなにも少ないのか謎だった。
「じゃあまたね」
「ああ、大晦日はよろしく頼む」
「あいよー」
一人に改まってこう言われると照れくさくて、気の抜けた返事しかできなくなる。もっと真面目に返したほうがいいのだろうが、どうにも照れくささが勝ってしまう。
一人を見送って玄関の鍵をかけ、お茶を淹れ直した。
「……いやでも、やっぱ普通にヘコむなあ」
一人からも俊介からも連絡を貰えないのは、恋愛感情抜きにしても辛いものがある。悲しいとも言う。
ふたりと違って自分だけが女だからかもしれないが、それでもやはり連絡が全くないのは寂しいと言う他ない。その程度の仲だと思われているということだ。友達だと、幼馴染だと、そう思っていたのは自分だけだったとは。
「大晦日までに、気分上げないとなー」
一人から言われたクローンとか何か色々重要なことは、まあ自分に関係がないのでスルーしている。一人がクローン組織に関わるならまだしも、今の段階では不確定要素が多すぎて何とも判断がし辛い。
そもそも本当にクローンだのその臓器だのがあるのかというところが自身解らないので、話半分で聞いていたところがある。一郎おじさんが関わっているとしても、何だかスパイのようなものではないかとすら思ってしまっているので、そういう小説や漫画の読みすぎかもしれない。
それよりもとりあえず自分のことである。もうさっさと掃除を終わらせて、一人のことも俊介のこともできる限り忘れてしまおうと意気込んだ。
***
「こんばんはー」
「お~~う来たな!」
「うわもう出来上がってる」
村の人から忘年会に誘われた。
30日にやると言うのだから驚きである。普通もう少し早くないだろうか。
話を聞いたら26日辺りから毎日のように色んな所で忘年会をしているらしかった。娯楽がないのでそうやって飲む機会を増やしてしまうのは田舎らしいと言えばらしい。しかしそれは忘年会と言っていいのだろうか。
することもないし独りだしで、参加することにした。下手に断って村から爪はじきにされても困るのだ。ある程度は参加するようにしている。
「あれ、一人も来てたの」
「ああ」
「こんばんは!」
「えっ富永先生も。こんばんは、お疲れ様です」
「お疲れ様です! 色々呼ばれてはいたんですけど、今日だけは出るってなったんですよ、ねえK?」
「……富永もう飲みすぎてるのか」
「まさかー」
何だかとても仲が良さそうである。この男とこの年で仲良くできる人がいたとは驚きだった。
大抵この男、医者として奉られるか敬われるか、男として怖がられて遠巻きにされるかだと言うのにこんなことが起こるとは。人生はやはり驚きの連続である。
一人の隣しか空いていないのでそこに座るしかなかった。昨日の今日だが、何とかなるだろう。そもそも一人は謝りに来たのだから自分の感情や気持ちは置いておくしかない。
「飲んでるかー!」
「まだ乾杯もしてないよ! 早いよ出来上がるのが!」
「わっはっは」
「ビールで大丈夫ですか?」
「あっはい最初はそれで。富永先生すみません」
「いえいえ」
「さっさとK先生の嫁になれよ~」
「ハイハイ解ってるよ」
「…………」
酔っ払いが多すぎて受け流すしかない。いつから飲んでいるんだここの人たちは。富永がまともなのが救いかもしれず、ありがたくビールを注いでもらった。
一人と富永と乾杯をし、他にいた村の人たちともグラスを合わせていく。夕飯をここで済ませるつもりなので、置いてある食事も有り難く頂いていった。
手伝おうともしたが台所が女性たちで溢れていたのと、K先生たちと一緒にいなさいと何故か言われて座席に戻されてしまった。
一人や富永と医療的な話をしたり、雑談をしていれば自分の携帯に電話がかかってきた。
少しずつこの村にも携帯の電波が届くようになったので、場所によって携帯も使えるようになっている。診療所辺りまで行くとだいぶ奥まっているせいで圏外になってしまうが、この家は繋がるようだった。
画面を見れば出張依頼もこなしている自分の患者である。こんな夜に電話は珍しかったので何かあったのかと思い、一人たちに断って電話に出ながら宴会部屋から出て行く。
「はーい、こんばんはー。山下さんどうしたんですか」
『あっ先生すみません』
「あれっ、えーと」
『娘の智子です。いつも母がお世話になってます』
「いえこちらこそ! どうされました?」
少し声は遠かったが繋がるので電話を続けた。もうご年配の患者さんだったので御不幸かと思い身構えたが、遠くから山下さん本人の声も少し聞こえてきたのでホッとした。
「えっ、あ、うわ~。うーん……ちょっと待ってくださいね」
事情を聞いていけば、流石にちょっと悩ましい案件だった。電話を繋げたまま、宴会部屋に戻る。
部屋に入った瞬間一人と目があい、そのまま声をかけた。
「一人ごめん、明日の治療なしでもいい?」
「どうした」
「指名の患者さんがぎっくり腰やっちゃったんだよね。結構酷いみたいで、明日朝イチで帰って治療したいなって」
「えっ!? 明日ですか」
一人ではなく富永が驚きの声をあげてくる。まあ確かに、大晦日にそんなことするのはあまりないかもしれない。
「……俺は構わん」
「いやいやK先生」
話を聞いてた村の人も会話に入ってきたが、一人が手だけで制して終わらせた。こういうとき理解がある男なのは助かる。
一人だって急患が出たら何よりもそちらを優先するだろう。にとって自分の指名患者が呼んでいるのはそのレベルだ。正直このまま村にいてもやることがないので、帰ってもいいだろうという結論でもある。
「ごめんね、次に治療院来たら何かサービスするから」
「それは怒られると言ってなかったか」
「上の人にバレなきゃいいよ」
「いいのか……」
「いいよ最近ワンオペ多いし」
続けてまた「ごめん」と謝り、電話の向こう側の相手に返事をするために宴会部屋を出る。
明日の流れを話して、それまで安静にしていてほしいことも伝える。娘さんから大仰に感謝されて謝られた。
むしろ娘さんは断ってくれて構わないとまで言っていたが、患者の山下さんはに来てほしいと何度も言っていると言う。出張費用を貰う形になるので正直患者目線で見ればだいぶ割高なのだが、それでも来てほしいとのことだった。
薄給のは臨時収入が入るならと意外とやる気になっている。山下さんの娘さんは恐縮していた。
電話を終えて部屋に戻り、家主にお暇することを伝える。明日村を出ることになったので、さっさと帰って街に戻る準備をしないといけない。
「、送っていく」
「え、いいよ一人まだ食べるでしょ」
「食べた」
「僕より食べてますよK」
「うわ相変わらずの早食い……。いやでもすぐそこだしいいよ、ゆっくりしてなよ」
「いーから送ってってもらえー」
「酔っ払いうるさいよ」
「そろそろ診療所に戻ろうとは思っていたからついでだ」
「そう?」
仕事以外の話をする絶好の機会だというのに、やはり診療所を空けているのは気になるらしい。一人らしいと言えばらしいので、それならばと共に忘年会をあとにする。
「ごめんね一人」
「構わん。近いうちにまた治療院を予約する」
「うん、ありがとう」
寒さで白い息を吐きながら共に帰る。街よりも当然だが村のほうが寒い。
特に話すことはないが、一人と一緒にいると無言も多いのであまり気まずくはなかった。お酒も入っているせいか昨日までの気持ちも何となく落ち着きを見せている。
(いやしかしこうやって隣歩くとやっぱデカいな~)
治療してるときも思うが、立位になるとさらに大きさが解る。圧迫感が凄まじい。マントもあるので余計である。
「……どうした」
「ん?」
「穴が開くほど見られたら気にもなる」
「いやそこまで見てたわけでもないけど……。一人は本当に身長伸びたなあと思って」
「……昔はのほうが大きかったな」
「それ小学生のときじゃん……」
何十年前の話だ。リアルに20年前くらいの話ではないか。
いつからこの男が自分よりも大きくなったのか明確に覚えていないが、中学半ばまではのほうが身長が高かった。女にしては身長が伸びたが一人はそれ以上に伸びていき、今では隣に立たれたらも見上げるしかない。
(学生の頃はここまでガッチリもしてなかったのに、何か気づいたら筋肉もすごいことなってるよな~)
おかげで治療するときに一人専用の鍼を用意するくらいだ。治療院の経費で落とすので構わないが、一人が来ない限り鍼が減らない。
「昔は可愛かったのに」
「……そう見えていたのか」
「皆同じこと言うと思うけど」
「は変わらない」
「は~~? そりゃどうもすみませんねずっと若々しいままで」
「ふっ」
「何笑ってんのムカつく」
「叩くな」
良かったとは思った。二人きりになっても変わらず会話ができた。
年越しに余計な感情を持っていかずに済みそうである。
「でも学生の頃はそんな筋肉つけてなかったのにどうしたん。独りだとやっぱ暇だから筋トレしてるとか?」
「……、……覚えてないのか」
「え? ごめん聞こえなかった」
何か言ったのは聞こえたがよく聞こえなかったので聞き返したら、一人は答えてくれなかった。
「? ごめんもう一回」
「いや、……そうだな、特にやることがないときはトレーニングをしている」
手術を長時間するのにも体力や筋力は必要だろう、と続けられた。ごもっともなことを言われ、も「ふーん」と返事をする。
そんなとりとめのない会話をしていればの実家が見えてくる。
「送ってくれてありがと一人」
「いいや。……明日は、何時に行くんだ」
「んー明日祝日ダイヤだから……、7時台のバスかなあ」
「そうか」
「待った、来なくていいからね」
「……」
「来なくていいから」
「……、……ああ」
「ちょっと」
流石にそれは過保護がすぎる。一人が少し不満げにしているので釘は目一杯刺しておいた。
「電車の乗り継ぎ次第でバス変えるかもしれないんだから、来なくていい」
「……荷物持ちくらい、してやる」
「要らんて。急患来たら後悔するのは一人だよ」
「…………」
「私なんかに過保護になってどうすんの。ほら早く帰りなって。次うちの治療院に来たときは何かサービスするね」
「──解った。気をつけて帰ってくれ」
「うん。あ、よいお年を~」
「ああ。も」
「よいお年を」と耳に馴染む低音で言われて、今日忘年会に出て、送ってもらえて良かったとは思ってしまった。しかし一人にこうやって敬語のようなことを言われるとムズ痒くなる。
一人を見送ろうと思ったら、先に家に入れと言われる。過保護だとまた思ったが、言われた通りに家に入って鍵をかけた。押し問答をしても一人の帰宅が遅くなるだけだからだ。
今年はこれで終わりである。一人に対して思うところはあれど、次会うときは酒が入ってなくてもまた普通に話せるだろう。
風呂に入ってバスと電車の時刻を調べてみたら思った以上に乗り継ぎが悪かったので、次の日は朝イチでバスに乗って街に戻ることにした。
話をしていた時間に合わせて一人が家に来たのは、知らないままその年は終わった。