09-1


年が明けたからと言って別に生活に変わりが出ることなんて何もない。
大晦日に村から街に戻り、呼んでくれた患者の治療をしてそのまま街で年を越す。
年明けすぐに一人が治療院に来たが、そのあとはまたパッタリと来なくなった。

(いや、うん、それでいいんだけどさ)

一人に失礼な態度を取ったのは自身だ。それでもきちんと対話してくれたし、話しにくいことも話してくれた。忘年会ではあそこまで律儀に対応してくれた。
これ以上何を望むと言うのか。
あの日悲しくて失礼な態度をとり、一人からの謝罪もなあなあで流した自分に幻滅くらいされるだろう。
子どもの頃はそんな喧嘩まがいのことを数えきれないくらいしてきたが、今はもう成人してから随分経っているのだ。一人にいい加減見放されるのは当然だろう。

(富永先生来るまでは年に数回顔見れるかどうかだったんだから、それに戻っただけだし)

自分で自分にそう言い聞かせて、日常を過ごしていった。


***


結局次の盆まで一人は治療院には来なかった。
自分自身で近況を聞くために電話するほどの勇気も出ず、それだけのために村に帰るのも腰が重たかった。
気づいたら盆である。この間の暮れには帰っているが雪かきを定期的にしてくれる家庭に菓子折をいつも通り用意し、──診療所用にも、用意をする。いつもの通りだった。
一人用にも、用意をしてしまう。

(美味しかったお菓子、一人にも──なんて、子どもみたい)

美味しいから一人にも食べてほしいと思ったお菓子を買っておいた。自分の好きな物を与えるのは子どものようだとも思うし、これはこれで大人しかできない──などと言い訳を重ねる。

(……女の人、できたならあげないほうがいいよな……)

来なくなった理由が、どう考えても自分に幻滅をされたか、それかの二つくらいしかない。あとは忙しいかだ。
もしも好い人ができたなら、こんな物あげないほうがいいだろう。

(挨拶行ってみて……様子、見で……)

早くあの人に好い人が見つかってほしいと思っているが、あの人にそんな女の人ができたら自分は泣きながら帰宅してそのまま部屋を引っ越す準備をするのだろう。
結局のところ帰ってこれる距離に住んでいるのは、一人から完全に離れられないからだ。神代の血を残すことに異存はないし、一人が子どものためだけに結婚を望むなら、結婚して子どもを産むのは協力するだろうと思う。それに喜べるかは別だが、それをしてもいいと思う程度には、縋っている。それで自分に情が移るなら、それでも、いいのではないかと、思ってもしまう。
だが村に縛りつけられていた一人のことを、自分なんかでさらに縛りつけるのもどうかと考えてしまう。それならせめて、奥さんだけでも一人が選んだ人がいいだろう。
ずっとそうやって思考がループをしている。こうやってグルグル同じことを考えては悩んでを数年続けているわけである。
一人には幸せになってほしいし、そうして神代の血を残していかないといけない。
自分が幸せになれるかどうかは、後回しでも、構わない。
けれども自分からは一人から完全に離れることができなかった。
だから早く一人が選んだ好い人が現れてくれればと、願ってしまう。
泣きながら自分の部屋の荷物を詰め込める日が来るのを願うなんて、何と滑稽なのだろうと笑ってしまった。



一人に会うかも解らないが、帰省の初日はスカートを選んでしまった。肩が出ているワンピースだが形も柄も可愛いので気に入っている。まだ鍛えているせいで二の腕が普通の人よりもふとましいので、肩周りが細い服を着れないというのもある。
さっさと自分の家に行き、荷物を置いて腰が上がらなくなる前にまた家を出る。
菓子折りを配って歩き、今年は最後に診療所へ向かった。

「ごめんくださーい」

一応ネコを被りながら声をかける。診療所に一人しかいなかったときは玄関で「一人ただいまー」などと声をかけていたが、流石に富永がいるかもしれない場でそんなことする気は起きない。前回の初対面で色んな面を見せているので今さらかもしれないが、それはそれでこれはこれであろう。

「はーい。──すみません、K先生も富永先生も外に出てて……どちらかが戻るまで、診察室で待っていてもらえませんか?」

知らない子どもが出てきて普通に驚いた顔をしてしまった。誰だこの子。

「……あの、ええと、……ごめんなさい、患者ではなくて、帰省して挨拶に来ただけなの。これ、かず──先生たちに、渡してもらっていいかな?」
「そうなんですか! 解りました、伝えておきます」

とてもしっかりしている子だった。見れば見るほど一人に似ている気がする。どう見ても血が混じってそうな顔立ちだった。
菓子折りを渡しながら、変な汗をかき始めてしまう。

(……か、隠し子……?)

だが年齢的に合わない、気がする。隠し子だとしたら一人がだいぶ若い頃の子になってしまう。どう見ても小学校高学年から中学校一年生くらいなので、逆算したら一人が20歳以下のときの子ではないだろうか。そんな馬鹿な。

(いやでもこんな似てる子……ええ……?)

似てるか似てないかで言えば、似てるとしか言えない。そっくりではないのが逆に隠し子らしさが補強されている気がする。
一人に子どもがいるなら、いくら村の掟があろうと自分は用済みである。
そうか、そういうことかと、勝手に納得した。一人が来なくなった理由はこういうことなのだろう。そりゃあどうでもいい女に構ってる暇はなくなるわけである。隠し子だったとしても、違ったとしても、こんなそっくりな子を診療所に住まわせているのは事実だ。後継者みたいなものかもしれない。こんな子どもを独りで留守番させるくらいなのだ。
色んな考えが頭の中を巡って、上手く言葉が出てこなかった。

(一人の息子さんなの? なんていきなり聞けないしなあ)

聞いたところでどうするのかという話である。もしもそうだと言われたら、じゃあ奥さんは誰だというところを聞いてしまうだろう。子どもにそんなことを聞くのは何だか違う気がする。
まじまじと顔を見てしまい、目の前の男の子が菓子折を持ちながら少し恥ずかしそうに口を開いた。

「あの、すみません、お名前を教えてもらえますか?」
「あ、……中村、です。中村は私しかいないから、言えば解ると思う。……留守番エラいね。これもあげる」
「えっ、でも」
「いいの、食べて。かずと──違った、先生たちによろしくね」

そろそろちゃんと一人のことをK先生と言えるようにならないといけないかもしれない。
幼馴染だからと言い訳もできたが、こんなことにこだわっているのは自分くらいだ。
一人にと思って買ったお菓子だったが、この子に渡すのがいい気がした。このくらいの年の子なら、お菓子なんて無限に食べられるだろう。
口が引きつっている気がするが、何とか笑いながら診療所をあとにする。呼び止められもしたが、しないといけないことがあると言って男の子に手を振った。あの子の名前すら聞かずにいたのを帰り道で気づいたが、聞いたところでどんな顔をすればいいのか解らない。

予想と違って涙は出なかった。こんなものなのかもしれない。