09-2


何故かあのあとに一人が家に来た。

「何で?」
「……礼を、しに」
「いや別にいいのに」

またスイカを持って来られたが、絶対他の家からの差し入れを回してきてるだけだろう。貰えるなら貰うが。
泣いていなくて良かったなどと、思ってしまった。
嘘だやはりこの顔を見ると少し泣きそうかもしれない。相変わらずスッとした鼻筋で綺麗な造形をしている格好いいこの男の顔を、この年でこんな気持ちで見るのもどうなのか。
とりあえず先に疑問を解消してしまおうと口を開いた。

「ねえ聞きたいことあるんだけど」
「何だ」
「あの子誰の子なの? 流石に一朗おじさんの子じゃないよね?」
「……」

一人の驚いた顔は中々レアである。そんな驚くようなことを言っただろうか。

「──KAZUYAさんのお子さんだ」
「あ~KAZUYAさんの……はあっ? じゃあ、あの子が黒須一也?」
「そうだ」

家系図は頭に入ってはいる。辛うじてKAZUYAの婚約者までも頭に入ってはいたが、会ったことはやはりない。
黒須一也も一人に教えてもらって名前は知ってはいるが、知っているだけである。KAZUYAと麻純は結婚してないだけで子どもができている認識だった。
ここの家庭があるから、自分も結婚はしなくても一人の子どもは産むだけはしないと駄目だろうと、考える一端だったのだ。その子ども本人がこの村に来るとは驚きである。

「一人に似てるの不思議だね」
「似てるか……?」
「似てるよ」

自覚がないのか。まあ本人ほど自覚は出ないだろう。

「隠し子じゃないのかあ」
「今何と言った?」
「一人の隠し子かと思ったんだけど、年齢的にちょっと一人が若すぎるよなあって思ってた」
「……何を言っているんだお前は」
「一人の隠し子かと思ってた」
「聞こえなかったわけじゃない。……そもそも隠し子だったら今さら預かるのは意味が解らんだろう……」
「いや確かに。いくら若すぎたとしても、この村であんたの子なら歓迎されるよなあ」
「…………」

一人の子じゃなかったことが解って少しホッとしたが、こちらから聞かない限り何も教えてもらえないことは、寂しいような悲しいような、何とも言えない気持ちになる。
こうやって教えてもらえていないことが、他にもどれだけあるのか。クローン臓器のときはが怒っていたから理由を話してくれただけで、そうじゃなかったら教えてもらえることもなかっただろう。
手術も手伝えない、医療知識ですら現場の看護師にも遠く及ばないだろうし、じゃあ炊事関係ができるかと言えばイシさんほどできるわけではない。いても邪魔なのではないだろうかと考え始めれば、どういう顔をして一人を見ればいいのかも解らなくなってくる。元々、中村家が神代家の手術を手伝う家ではないというのが大きいが、じゃあ子どもを産む以外のの役割なんてないのが現状である。
そんな中でKAZUYAさんのお子さんが村に来たということは、本当に自分が要らない人間になったように感じられてしまう。そんなことを一人が言うわけないのだが、お役御免に見えるのはどうしてだろうか。

「夏にいるだけ?」
「いや、しばらく預かることになった」
「へ~診療所も賑やかなってきたね」
「そうだな」

一人から貰ったスイカを持ちつつ、玄関でずっと話をしている。
あの子が黒須一也だと解っただけで今回はもう話すことがない。の治療院に来なくなった理由はそれだろうし、KAZUYAのお子さんをこの村でしばらく預かるということは、一人が医術を指導するのだろう。

(……あれっ本当にお役御免じゃん?)

一人が帰る素振りを見せないのは、つまりそういう報告もしに来たということだろうか。それなら菓子折りを届けあとにすぐ一人がこの家に来るのも理解ができる。
一人に相手ができたから──というわけではないので、これなら涙は出ないで済みそうかもしれない。
結局これから独りで生きていくのが変わらないだけである。一人が医者として大成していくのを、遠くから見ているのも良い気がする。

「奥さんもいないのに子ども預かって育てるのは何か不思議だね」
「……、……あそこまで大きいと、育てると言うのはまた違うだろう」
「まあ確かに」

あの子が黒須一也ということは、小学生くらいのはずだ。あの年であそこまでしっかりしているなら、育てるという必要性はあまり感じられない。医術を仕込むほうが大きいだろう。
こんな女にもう手をかけてる暇はないと、さっさとそう言えばいいのに一人は何も言ってこない。

「今回はいつまでいるんだ」
「え? いつも通り二泊」
「……可能なら、三泊にできんか」
「何で」

予想外かつ初めて帰省期間の延長なんて言われて、素で驚いてしまった。
結論から言うと可能と言えば可能である。お盆休み自体はもっとしっかりあるからだ。
この村にいたところで掃除と墓参りと挨拶周りくらいしかすることがないので、掃除があらかた終われば暇すぎて帰るしかないというのが実状だった。
だが無駄に滞在を延ばしても自分が困るだけである。食料は二泊分しか持ってきていない。それも結構切り詰めているので、一泊延ばすと限界学生のような食事間隔になる。拗らせた恋心を持っていたとしても流石にそこは厳しいものがある。
ただ、まあ、一人が要望するなら、まあ、もう一泊くらいは、多分、頑張れる、はずである。
だけれども一応一人の口から理由を聞いて判断するしかなかった。

「今年なんだが──」


***


「暇な人が多いこって」
「娯楽がないからな」
「まあ年末呑み続けるくらいだしね」

救護テントで一人と村の夏祭りを見ながらそんな会話をしていた。

『夏祭り!? うちらが高校上がってから人もいないしって、やってなかったのに』
『ああ、一也が来たことが余程嬉しかったらしい』

ちょうどの帰省した次の日から二日間、村で夏祭りを開催をすると言われる。
若い世代も少なく、人手も足りないのでたちが高校に上がったタイミングで夏祭り自体の開催が止まってしまった。それから10年以上経って、まさか更に村の人間たちが高齢化しているのに開催されるとは思いもしなかった。
黒須一也が来たから夏祭りを開催するだなんて、余程あの子は良い子なのだろう。
まあ確かにあのくらいの年の割に落ち着いていて受け答えもだいぶしっかりしていた。Kの血筋はああいうものなのだろうかと、は一人の子どもの頃も思い出していた。考えれば考えるほど似ている二人だが、まだ黒須一也のほうが愛嬌がある。この村のジジババのテンションが上がるわけである。

『ちょうど明日・明後日と開催されるから、も来れないかと、――イシさんが』

何とあのイシさんが屋台を出す側で出るというのである。イシさんの手料理が食べられるというだけで天秤は傾いている。
手伝い要員かと思えばそうでもないらしいが、イシさんに来れないかと言われたら心が揺らいでしまう。何せ両親が死んでから一番お世話になった人と言っても過言ではない。

(というか、ズルいよなあ。一人ズルい)

やはり自分は一人に弱い。惚れてから負けっぱなしである。こうなった経緯を何度も思い返して、一人はズルいという思考になる。

『うーん、いやでもなあ。流石に二日間も独りで夏祭り回るのはちょっと』
『……二日間あるから、富永が一日毎に救護テントに詰めるのを分けようと、言っていてな』
『ん? ああ、いいじゃん』
『俺も独りになるから、……が、良ければだが』

そう前置きしながら、夏祭りを一緒に回らないかと、誘われていた。

(あ~~~~~~~~~~~、不毛だ……)

この恋は本当に不毛である。
何度そう思ったか知れないが、けれども一人に誘われたのは切り詰めた食料を更に切り詰めようと思うほど、嬉しいわけである。
夏祭りで食事を賄えばいいので、食料問題は意外とどうにかなるはず、と思いたい。
だが全身全霊で喜べるわけでもない。どうせまた責任感なのだろうと思えば、気持ちはすぐに沈んでしまう。
ずっとこうやって、誘われて嬉しい気持ちと、どうせ処女を貰ってしまった責任感なのだろうと、行ったり来たり考えている。浮いて沈んでと忙しい。
しかも何故か初日は一人と共に救護テントに詰める話になっていた。何故なのか本人がよく解っていない。

「これ本当に私いていいの」
も医療従事者だろう」
「それはそうなんだけど」

だが救急の知識があるわけではない。スポーツ外傷も専門ではないし役に立てるのか怪しい。

「そもそも患者がそこまで来ないですよ」
「いやそうかもしれないですけど」

富永に言われてはそう返すしかなかった。
むしろ麦茶を作る係と言っても過言ではない。本部と救護テントを一緒にしており、麦茶のタンクもそこに置いている。この麦茶が意外と減るので定期的に補充をしており、救護係というよりも麦茶を作る係である。
夏祭りに来て改めて一也とも挨拶をしてきちんと自己紹介をしあった。
「お菓子ありがとうございます!」と笑顔で言われ育ちの良さを感じる。

「富永先生と一也くんは浴衣なんですね」
「イシさんが着せてくれたんですよ! K先生とお父様のお古だそうで」
「えっ、一郎おじさん浴衣持ってたの」
「何故か何着か残ってる」
「何着もあるんだ……。いやでも一也くんこう見ると本当一人の小さい頃に似てるね」
「えっ、K先生にも小さい頃があったんですか!?」
「ぶはっ! あはははははははは!!! ひぃっ……ひっ……!」
「……、笑いすぎだ」
「あ、あの、違うんです、K先生って、昔から大きかったんだと勝手に……」
「ふっ……ふふっ……一也くんは、ははっ、あの、悪くないから……! ちょっとさん笑いすぎですよ、ぶふっっ」
「いや富永先生だって! ふふっ、ふはっ、か、一人にも小さい頃は……あったよ……! 今こんなんだけど小さい頃は、ちゃんと小さかったし……! あっはっはっはっは!」


一人に何とも言えない顔をされるがは腹を抱えて笑い続けた。

「いや本当、一人にも一也くんみたいに小学生だったときもあるし身長なんか私よりも小さかったし」
「えっ」
「うわマジっすかK」
「……小学生の話だろう」
「今じゃこんなゴリラだよ」
「ぶふっ」
「富永」
「いや笑うでしょ今のは!」

一也はずっとオロオロしていたが、と富永は構わず笑い続けた。
ひと段落すれば富永と一也は屋台を回りに出て行く。

「一也くん以外にも小さい子が意外と来るね」
「今年祭りをやるからと、お孫さんを呼ぶ人も多かったそうだ」
「は~やる気がすごい。二日間もやるのも体力あるわ」
「一日だけのほうが片づけまで一気にやらないといけないから大変らしい」
「あー……あ~~~なるほど……」

若い頃なら解らなかっただろうが、今なら一瞬で理解ができた。確かに二日に分けたほうが楽だろう。日帰りよりも一泊するほうが楽な理論である。
そんな風に話していたら勢いよく救護テントに向かってくる人が見える。

「すみませんー! 息子が転んでしまって……」

その言葉を聞いて一人は怪我の具合をすぐさま把握し、血を流しながらも泣くのを我慢しているお子さんを椅子に座らせて治療をしていく。
わざわざ自分が椅子から立ち上がって、子どもの前で膝をついて処置をした。

「捻ってるわけでもないし、怪我も膝と……手のひらだけですね。痛いのによく我慢したな、すぐ治るよ」

前半は親御さんに向けて言い、後半は男の子に向けて一人は言葉をかけた。
一人は地面に膝をついて話をしているので、男の子とほぼ同じ目線だった。

(一人って子ども相手でもきちんと目線合わせるよな~)

治療しているときも、話をするときも目線を子どもに合わせているのはとしては好感が持てる。座っているのが小さい子どもだとしても、パイプ椅子に座っている子どもと膝を付いた一人の目線が同じなのはどういうことだと疑問だが。一人が大きすぎる。遠近感がおかしい。

(そういえば昔子どもの治療しようとして大泣きされてたな……)

確かそのとき自分がいたので、代わりにその子どもと話をして一人に引き渡したような気がする。そのときから考えれば子どもに泣かれるわけでもなく、目線を合わせて治療をしている一人はやはり前進していく医者なのだろう。高圧的な医者が多い中で、一人は喋り方も一人称も変え、子どもが相手なら口調も目線も合わせたりする。

(……そういうところやっぱ好きだなあ……)

素の一人のことも好きだが、医者をやっている一人がやはり好きなのだと改めて思う。
白衣を着ているときも、手術着のときも、マントを着ていようと、やはり一人は医者としても男性としても格好良いと思える。惚れた欲目は多分にある。
自分がどんな扱いをされようと、一人への気持ちはあまり変わりがない。むしろこのくらいの扱いのほうが、あとあと諦めがつきやすい気がした。

(困ってる人とか、患者には全力なの、昔から本当に変わりがない)

そんなところを好きになった。高校の頃の一人は、医者ではなかったけれど困ってる人間や傷ついている人間に対して今と変わらぬ姿勢だった。そんな一人のことを見て、接して、気づいたら好きになっていた。
そのまま関係性に変わりがなく10年以上経つのだから驚きである。
ぼんやり治療しているのを見ていたら、治療されていたお子さんが口を開いた。

「……明日も、パパといっしょにお祭りきていい? ケガしてたらだめ?」
「来て大丈夫だ。今日もパパと一緒に楽しむといい。だがもう転ばないように気をつけるんだぞ」
「うん!」

治療が終わって救護テントから親子が離れる。息子さんは笑顔で手を振って、一人も手を挙げてそれに応えた。

(……あ~やっぱり好きだなあ~……何か悔しい)

10年以上前から好きな部分が変わらない。一人が変わらないから、好きな部分が変わりようもなかった。一人自身色んな変化があったというのに、こういう本質的な部分は変わらない。
好きな気持ちを思い出しながら、自分への扱いがいいのか悪いのかもよく解らず、はそれでも一人から離れられたり拒否をされない限りはこの距離を堪能しようと思った。
今ならまだ、諦めがつくから、この距離のままがいいとすら、思っている。
そもそもこの一人が友人が来たことを話さなかったことと、クローン臓器などという重要なことを話してきたということを考えれば自分の立ち位置がよく解らない。
村の人間が結婚しろとうるさいだけで、ただそれだけなのだろう。

(……ていうか明日どうしよう)

誘われたし了承もしたので一緒に夏祭りを回るが、どんな顔をすればいいのか今から解らない。
一人の背中を見ながら少しだけ途方に暮れた。明日、どうすればいいのか。答えが出ないまま、夏祭り一日目は終わりを迎えた。
祭りのあと、いつものように過保護な一人がを送り届ける中で「明日家まで迎えに来る」と言ってくる。

「? 別に会場で待ち合わせでいいのに」
「いや。迎えに来る」
「……ん、解った」

一人がここまで断言するということは絶対に来る。家の掃除と祭りに行く支度の時間をきちんと考えないといけなくなった。
いつものように家の掃除も手伝うと言われたが、掃除してからシャワーを浴びるから絶対に嫌だと言ったら一人は無言になっていた。

「……そういえば金は持ってきてるのか」
「一応、ある。足りるはず」
「お前は……」
「夏祭り知らなかったんだからしょうがないじゃん」

ギリギリの金額しか持ってこないのも大人としてどうかと思うが、基本的に村にいる間に金が必要になることがあまりないので交通費と買い込むための食費くらいしか持って来ない。

「まあ別に、財布は持ってこなくてもいいが」
「は? いや持って行くけど」
「出さなくていい」
「はあ? ……いやちょっと、待って別にいいから」
「いい、俺が誘ったからだろう」
「そうだけど、いや、全くないわけじゃないから良いって」

そんな問答をしていたら家に着いていた。話は終わりだとばかりに一人が家に早く入れと言うので、仕方なく言うことを聞いておく。

「今日は手伝ってくれたおかげで助かった。おやすみ」
「ん、おやすみ。……ねえ明日別に奢らなくていいからね!」
「さあ、聞こえんな」
「あ、あんた……」

明日は絶対に奢らせないと力強く決意した。

あとがき:
子どもに合わせてパパという名称を使う神代一人がハチャメチャに好きというヘキを詰めています。