09-3


夏祭り二日目。
何故か一人と回ることになっているのではひたすらに服装で悩んでいた。

(……最終日に着ようと思ってたワンピース、ここで着るしかないんだよなあ……)

昨日は救護テントにいたこともあって実家に置きっぱなしの服でどうにかなったが、着て行って大層後悔した。仕舞いっぱなしだった匂いが気になったからだ。こういうところが本当に女として駄目だと感じてしまう。先に夏祭りの話をしてくれていればもう少しまともな服を持ってきたのにと、少しだけ一人に対して恨み言が出てしまったが、許されたい。

「ここで浴衣とか着れる女子だったら、もうちょっと見られる女になったんだろうなあ」

残念なことに母親が持っていた浴衣は気づいたらカビが生えていて処分したし、は着付けができないのであったとしても着ることができない。どうしようもないのである。

「浴衣着たところで、何浮かれてるんだって思われそうだしね」

そういうタイプの女ではないのだ。辛うじてワンピースを着る程度でいいだろう。
自分で自分に言い訳をしながら今回初日に着た物とは別のワンピースに袖を通し、化粧をして家を出た。



「マジか」

浴衣を着ている一人が迎えに来て、の第一声はこれだった。
どこからどう見ても浴衣を着ている一人である。こんなことがあり得るのか。この男が浴衣なんて着るのか。いや子どもの頃は着ていたがそれも静江おばさんが着させていたり、俊介と一緒に甚平を着ていたはずだが。
マジマジと見てしまい、一人が少し視線を外しながら口を開いた。

「……、……富永が、着ていけと」
「あ~おじさんのが何着か残ってるって言ってたもんね」
「ああ。イシさんが管理してくださってて残っていたから、どうせなら着て行けと。……俺は、いいと言ったんだが」
「え、何で。あるなら着たほうがいいよ。勿体ない」
「そうか?」

格好いいねと、言えればいいのに。
そんな立場ではないのでは思ったことは言えず、これ以上マジマジと見ることも止めた。珍しい格好なので目に焼き付けたいが、これ以上見続けるのは不躾すぎる。
だが折角着て来た人に何も言わないのも失礼だろう。

「子どものとき以来じゃん。一郎おじさんのでも似合うね」
「そうか、──ありがとう」

照れくさくて一人の顔は見れなかった。自分がちゃんと笑えていればいいなと、は思う。
並んで夏祭りに向かうが、昔馴染みの道なのに何故だか少しだけ新鮮だった。祭りの喧騒や盆踊りの曲が聞こえてくるとやはり少しワクワクする。
一日目は診療所の面々は一気に祭り会場まで来ていたが、今日は一人だけ別行動らしい。会場に着いてから先ずは救護テントに顔を出しに行く。

「お疲れ様です~」
「あっ! お疲れ様ですK、さん。あ~やっぱりK、浴衣似合いますねえ」
「えっ見せてもいなかったの」
「富永たちは先に診療所を出ていたからな」
「ええ……?」

一也とも一緒に着替えをしただろうに何故だろうかと疑問に思うが、富永に声をかけられて考えが霧散する。

「さあさ、こんな所にいないで回ってきてくださいよ。Kもさんも高校生以来なんでしょ? ゆっくり楽しんできてくださいね~」



「──って言ってもさあ、食べ歩きしかなくなるよね結局。もう食べたし満足なんだけど」
お前それだけで足りるのか」
「いやもうだいぶ食べたわ」
「……足りんだろう」
「男の食べる量と一緒にしないでよ……」

鍛えてはいるが食べる量は一般的である。焼きそばや焼き鳥などの屋台を回ればある程度満足してしまう。
ちなみに昨日の有言実行で一人が全てに対して財布を出そうとするので、は一人の背中や腕を叩きまくっている。奢られたあとに奢り返すなどということを延々に繰り返して出店の人をお互い困らせていた。
焼き鳥の最後の串を食べ終わり、はお腹の具合を考えて口を開く。

「あとはかき氷くらいかな」
「……酒が入っていないのに、それだけしか食わんのか……」
「ていうかお酒の席は酔いすぎないようにきちんと食べてるだけだから、あんまり量変わんないよ」
「一也でももう少し食べるぞ」
「嘘でしょもうそんな食べるの」
「再来年中学だからな」
「うわー。診療所のエンゲル係数ヤバくなりそう。KAZUYAさんも身体大きかったんでしょ? 成長しそうだよねー。どんだけ食べるようになるんだろう」
「…………」
「考えてなかったんかい」
「……俺が中学のときどれだけ食べていたか思い出している」
「あー、静江おばさんが作るの大変とは言ってたよ昔」
「そうだったのか……」
「ていうか男三人って量凄そう。イシさんにちゃんと手当つけなよ」
「検討する」
「作ってくれる人がいるのは有り難いことだからね!」
「ああ、解ってる」

屋台を回っていれば、いつものように村の人から「デートかー!」とヤジを飛ばされた。

「いや前向きなよ石井さん! 危ないなー!」
「うおっすまんすまん! 二人共楽しんでいけよ~!」

前を向かずにこちらにヤジを飛ばして来たので、他の人にぶつかりそうになったところだった。危なすぎる。変なことを言う前に前方に注意をしてほしい。

(デート? デート……?)

したことがないので、はこれがデートになるかも解らない。そもそも男が浴衣なのに女の自分が私服などという組み合わせでデートと言えるのだろうか。
屋台を回りながら、一人はいつものように村の人の体調や近況も聞いていっている。結局この男も仕事人間である。やはりデートではない気がした。暇つぶし相手とかだろう。

「K先生、といるんだからそういうの止めときなって」
「む、いや、そんなつもりは……」
「え? 別にいいよ。気になるなら聞かないとあとで一人が考え込むでしょ」
~、お前な~……」
「往診しないで患者と話せる機会ってあんまりないから便利だし」
「あーあー似た者同士か」
「──

一人に声をかけられ、一人の腕がのほうに伸びてきたので反射で逃げてしまった。

「うわっ何かずと──あっ、すみません」

逃げた先で人にぶつかってしまい、は「そういうことか」と思い至るが後の祭りである。
ぶつかってしまった人に頭を下げながら謝った。

「……すまん、声をかけるのが遅かったな」
「んーん、気づかなかった私が悪いわ。ごめん、ありがと」
「いや……」

手を伸ばされると反射で逃げてしまうのは子どもの頃から変わらない。それが一人相手でもそうだった。はそれが悪いことだと思っていないし、ただの反射だと思っている。
一人の前で怪我人を出すわけにはいかないので、もっと周りに気を配らないと。そんな風に考えて前を向いたので、一人がどんな顔をしているのかは見ていなかった。

「あ、かき氷あった」

一人は食べる気がないらしいのでがひとりで並び始めれば、一人が村の人たちに囲まれ始めた。

(人気者だねえ)

Kになったから人気があるわけでもない。子どもの頃から一人は村では人気者だった。
が村を出たところでそれは変わらないし、何なら立場が変わって余計人気者になったように感じる。それが良いのか悪いのか今のには何とも言えないが、一人のような人間はやるべきことが多いほうが人生充実しそうなのでいいのだろう。
横目で一人を見ていれば、後ろに並んだのがその一人にそっくりな男の子だった。

「あれ、一也くん」
「あ、さん」
「かき氷何味食べるの? 買ってあげるよ」
「えっ!? いえ大丈夫です! K先生にお小遣いを貰ってるんです!」
「ぶはっ」
「えっ」
「いやごめん、思った以上に一人がお父さんっぽいことしてると思って」
「(一人……)け、K先生にはたくさんお世話になってて……」
「ああ、面倒見いいもんね。でもあの人医術に関してはスパルタだからなあ。ほどほどに頑張ってね」

そんなことを言いながら、一人が村の人たちに囲まれて話をしているのを、は遠くから見つめる。
一人の情熱はどこから来るのだろうかと不思議だが、責任感の強さとこの村の特異性を考えると、ああなるしかないのかもしれない。これで責任感がない人間だったのなら、一人は早々に潰れていただろうと思う。
幼馴染だけれど近いようでやはり遠い人だと思った。隣に立って一人を支えられるわけでもないし、近づけるほど自分に自信があるわけでもない。遠くでこうやって見てるだけで良いような気がしている。

「あの、さん」
「ん? どうしたの一也くん」
「貰ったお菓子、今日食べたんです。とっても美味しかったです、ありがとうございました!」
「本当? 良かった。ふふ、昨日もお礼してくれたのにありがとう」

少し照れながらもそんな風に言ってくるこの男の子に好感が持てる。この愛想というか愛嬌は、一人にはないものかもしれない。取っつきやすいと言うべきか。
かき氷がの番になったので、一也に声をかけてまとめて買うように促した。お金を無理矢理支払って、お小遣にしておきなと、小声で呟いた。

「まあ一人はお小遣しっかりあげるタイプだろうけど、欲しい物できたときに取っておきなよ」
「でも、」
「じゃあ一也くんのかき氷一口ちょうだい。そっちの味と悩んでたんだ」
「え、う、あの、はい……ありがとうございます」

自分のを食べる前に、スプーンで一口貰った。久しぶりに食べるかき氷は、懐かしいような、感慨深いような、不思議な感覚だった。お店で食べるようなのも美味しいが、こういう夏祭りで食べるのが一番美味しく感じられる。

(いやでも、あんまり夏祭りって行ってないかも)

父親が死んでからは特に誰かと関わることが減ったのが大きい。イシさんに誘われれば行くが、行ったあとの家での孤独感は子どもではどうにもできず、楽しかったのに泣きながら眠るということが増えたので段々と行かなくなっていった。行けば楽しいのは解っているが、独りきりで回る夏祭りを全力で楽しめるほど器用でもなかった。

「こっちの味も食べていいよ一也くん」
「え、あの、……あの、それじゃ意味ないです……」
「え? ……あっ、あ~~~~。真面目だねえ」

子どもらしからぬ真面目さである。そこは貰っていいのに、と思ったが律儀なこの子の顔を立てた。
一人もこんな感じだったかも――、と記憶を辿ったが、あまりこういう場で一緒にいたことがない。静江おばさんやイシさんにはよくしてもらっていたのだが。

(まあ中学辺りで自分から離れたしな)

高校でさらに離れようとしたが、色々あった末に診療所で一緒に生活したこともある。人生はままならない。
だけれど結局は村を出た。残している実家も、いい加減どうにかしないとなあと思っている。
一人をチラりと見れば、やはり村の人たちに囲まれている。

「……さんは」
「んー?」
「K先生の、お、奥さんですか?」
「だっはっは」
「違うんですか!?」
「まだだねえ。いや結婚するのかも知らんけど」
「え? え?」

頭が良さそうだけどこういうことは解らないらしい。当たり前である。

「許嫁みたいなもんなだけで、本当に結婚するかは解らないなあ」
「許嫁……」
「それもまあ、村の掟だしね。別にきちんと契約してるわけでもないし、一人が好い人見つけたらそんなのなかったことなるだろうし」
「えっ」
「ん?」
さんは、K先生のこと、好きじゃないんですか」
「え~うーん……」

目の前の真面目な顔を見ながら、言葉を濁すしかない。流石にこんな小学生に恋心を打ち明ける気はない。どこで誰が聞いてるかも解らない場所で言うのも憚られる。

「どうだろうね」
「……違うんですか……」

好きと言えたらここまで拗らせていなかっただろう。かき氷を食べながらはそんなことを思う。
言えたら楽だったが、言えるタイミングはなかったし、村を出るときに抱かれてしまったせいで何とも言えない関係である。身体だけの関係になっていたらまた別だったが、あの一回以降は何の気配もないので微妙すぎる関係を何年も続けている。
改めて考えると苦笑するしかない。子どもには言いにくい関係である。

「でもK先生は……」
「ん?」
「いえ、何でもないです!」
「?」

一也に向かって不思議な顔をしてしまった。何を言いかけたのかもあまり聞き取れていない。

「あの、でも、K先生は格好いいと思います」
「えっ、うん? そうだね?」
「そうですよね!」
「十代の頃から見た目はいいしな~」
さんも、格好良いと思ってますか」
「そうだねえ。昔助けてもらったとき、すごい格好良かったよ」
「……!」

かき氷を食べていれば、一也が何だかすごく凝視してきている気がして顔を向ける。目がキラキラしているが、何だろうか。

「もっと聞きたいです!」
「えっ何を……」
「K先生の格好良い話です!」
「ええ……? 昔からあの通りの見た目でモテてたよ」
「そ、そういう話じゃなく……ええと、どんな風に助けてもらったんですか?」
「あ、そっち。……うーん、落ち込んでるときに、傍にいてくれた? 違うな、何だろう。とにかく昔助けてもらったの格好良かったんだよねえ」
「それは、K先生に言わないんですか!」
「ぶはっ、言わないよこんなこと流石に。一人も困るでしょ」
「……そんなこと、ないと思いますけど……」

かき氷をひたすら食べながらだったせいか、一也の最後の言葉が聞き取れなくては顔を上げたものの、一也も黙々とかき氷を食べていてそれ以上会話が続かなかった。
何を言っていたのかちょっと気になるが、少し恥ずかしい会話をしているのでこのまま終わらせようとはスプーンを動かす。

一人は昔から格好良かった。顔もそうだが、中身も今と大して変わらない。責任感があり、真面目で、ストイックである。困っている人間を見過ごすことはないし、子どもの頃から医術の腕は一郎先生譲りでK一族たる男だった。
そんな男に、高校生の頃助けてもらった。距離を取ろうと思っていたときに、色々あって助けてもらって、最終的には一人を男の人として見ていた。
ただ、あの時もやはり、一人の責任感が強くて真面目だから、助けてもらえたのだろう。
別に自分じゃない別の誰かだとしても、一人は同じことをしていただろうと思う。
そんなことを一也に話すわけにはいかないので、はひたすらかき氷を咀嚼していった。

(もうあれから十年以上経ってるのかあ)

あとがき:
一也にまでバレているK先生の片想い。
そもそもこの男が夏祭りを一緒に回るのを誘うだけでダダ漏れなんですがだけが気づいてないです。イシさんが呼んでるって一人が言ってしまったせいです。自分が一緒に回りたいって言えばもうちょっと気づいてくれたと思いますが、イシさんの名前を出さなかったらは行くのを躊躇っていたのでこれはもうどっちもどっち。