一人は大事なことを言わない。
静江おばさんの事故のことも、一郎おじさんがいなくなったことも、村井さんが帰ってこなかったことも、は村の人経由で知った。
自分は教えてもらえないのだ。高校生の頃からずっとそうだった。
だから俊介のことも、一也が来たことも教えてもらえないのだろう。富永が来たことを教えてもらえたのはタイミングだったのかもしれない。
自分は、その立ち位置なのだろう。
だからか自身が一人に自分のことを話すのもあまりしなくなっていった。話す必要もないと思うし、一人に自分のことで時間を使わせるのも勿体ないように思える。にもっと自信があったり、一人と関係性を築けていたら別だったのかもしれないが、自身は微妙な立場にいる村のひとりとしか思っていない。年上の人たちよりも一人はに喋りやすいだろうに、それでも一人はに話さないことが多大にあるので、その程度の存在なのだと思われる。自分が中学生以降に一旦距離を置き、一人を煩わせたこともあるのでそのことにあまり文句も言えない。
高校生の頃のことを思い出して、は改めて自分の立場を理解した。
***
街に戻ればいつもの仕事ばかりの生活である。
久しぶりに勤めている治療院に連絡が来て一人の予約を取れば、一也も来ていいか質問された。
「一也くん? 二人一辺に施術する感じ?」
「いや、鍼灸治療を見せたい」
「ああ成る程」
患者本人が見せるのをヨシとしてるなら、としては断る理由があまりない。
構わないことを伝えて、一人の予約当日を迎えた。
「いらっしゃい。一也くんも久しぶり~」
「ああ、頼む」
「よろしくお願いします!」
「楽しいもんじゃないかもだけど」
「そんなことないです」
小学生なのにできた子だと、は改めて思う。
一也を見たあとに一人の顔を見て、治療院に来た時から感じていたことを聞いてみる。
「っていうか、何かいいことあった?」
「……顔に、出ているか?」
「自覚あるんじゃん」
けれども一也が驚いた顔でこちらを見てくるので、あまり変化はないのかもしれない。も何となくでしか感じていないので、確証はないまま聞いただけである。
患者さんでよくあるのだが、何となくいつもよりも顔色がいいだの悪いだの程度しかないので、聞いてみただけなのだが合っていたようだ。
「村井さんが、帰ってきた」
「うぇっ!? 村井さんって村井さん!?」
「ああ」
「うわ~良かったじゃん!」
村井さんが診療所に帰ってこなかったときの一人を知っているので、は純粋に喜んだ。そもそも何で帰ってこなかったのかの理由も知らないし、正直生きていたのかという感想でもある。生きていた上で村に戻ってきてくれたのなら、喜ぶべきだろう。
村井さんが帰ってこなかったときの色々は、一人が言及してこないのでも言わないようにしている。ただただあの時の一人が可哀想には見えたので、今やっと頑張ってきた一人の肩の荷が少しは降りたのかもしれない。
一人の顔が少し晴れやかなのはそのせいかと納得した。
「元気なの?」
「ああ、帰ったら顔を見せてやってくれ」
「っていうか何で村出てたの?」
「……色々あったらしい」
「ふうん」
意外と嘘が下手だよなあと一人を見ては思う。真顔だから騙されやすいが、何となく嘘を吐いてることくらいは解る。知っているのに教えられないのか、何も知らないのか、自分に言えるようなことではないのか、どれであろうと一人がごまかしたことは事実だろう。
一人に教えてもらえないことは、数多くある。村井さんの個人的なことでもあるので、今回は別にそれでも構わなかった。他人のプライベートをペラペラ喋るような男でもないので、ここは追及するものでもない。
もう一度戻ってきたことを喜んで、一人の施術を始めた。
いつも通りの施術だが、流石に一般人と一人の身体は色々違いすぎるので、違いを一也に話しながら手を動かす。気づいたら一人が寝息を立てているので、やはり疲れてはいたらしい。
「……K先生って、寝るんですね……」
「ね、寝るよ流石に人間だから……」
一也がすごいことを言い始めるので真面目に突っ込んでしまった。流石にそこまでの超人ではない、はずである。命を削って医者をやっていると言われたらそうだなとは納得するが。
「睡眠時間少ないからか施術受けてるとき大体寝てるよ」
「意外です」
「あー、まあ確かに。でも隙間時間で眠るのも医者として大事じゃない?」
「なるほど」
人の気配がある中で眠れる人間には見えないが、こういう隙間で眠れるのも才能だろう。医者としての生活が浸み込んでいるのかもしれないが。
「あの、さっきの、K先生にいいことがあったって、何で解ったんですか?」
「え、顔に出てたから……」
「顔」
「これねえ、何となくなんだよね。何度か会ってる患者さん相手だと、今日疲れてるなーとかいいことあったんだなとか解るようになるよ。勘って言ったらそれまでなんだけど」
「K先生だから解るってわけじゃ……」
「いや患者さんの顔見てれば解るよ何となく」
それで勝手に患者のほうから何があったか喋り始めるので、会話の切っ掛けにもなる。顔に出ていることなのだが、結局何となくの勘でしかない。そうやって話したのだが、一也は少しだけ不思議そうだった。
「K先生は、あんまり表情が変わらないのに解るものですか?」
「う~ん……そうは言っても全く変わらないわけじゃないし」
大口開けて笑うことはなくても微笑んだりはしてるでしょう。一人に追加の鍼を刺しながらそう口にする。手元を見ていたので一也の顔は見なかった。
クールには見えるが何だかんだ表情には出るタイプだし、話をすれば感情も伝わるので、解りにくいのかもしれないが全く解らないわけでもないとは思っている。
「そうですか……」
一也は納得してなさそうだが、これ以上はも説明ができない。一人だから解るわけでもなく、受け持っている患者さんたちに何度も会うようになって解るようなことなので、上手く説明がつかないのだ。
そもそも患者側も解るような表情をしてこちらを見てくるので、話を聞いてほしい人が大半だとも思われる。
そんなことを話しながら施術を終えて、夏のあとの予約は終わった。
***
「……どうしたのその顔」
冬にもまた施術の予約を受けて、治療院で一人を見ての第一声がそれだった。
予約の電話の時点で何となく疲れていそうな気はしていたが、顔を見れば疲れているなんてものではなかった。が村を出る前と同じ顔をしている。眉間のシワはいつも通りにしても、覇気がない。
「そんなに顔に出ているか」
「いやちょっと勘もあるけど」
「そうか」
けれども一人は何も話さない。普通の患者さんならここから勝手に喋り始めるのだが、今回の一人は言葉を続けなかった。富永が村に来たときは話してくれたが、今回は話せる内容ではないのだろう。
(……患者さんでも、亡くなったかな)
助けられた患者さんが亡くなったのだったら、これだけ憔悴しているのも解らなくもない。命に対して真摯であり、倫理観ですら吹き飛ばす男が手を尽くして助けられなかったとき、人前には出さないが少し落ち込んでいるように見えることがある。今回はそれに近い。
けれどもが村を出た直前と同じ顔もしている。不思議な感情を受けた。
「はいじゃあ、痛かったら言ってね」
一人から言う気がないのなら、はそれ以上何も聞くことはない。喋って発散できるのなら勝手に喋るだろうが、一人がそういう発散の仕方をするタイプでもないので無理矢理言わせる気もない。
いつも通りの施術をして、少しでも身体が楽になるように自分の仕事をするだけである。
施術後に少しだけ一人の顔色が良くなったのを見て、は自己満足を感じた。一人自身楽になったと伝えてくれるので、それで充分だろう。
結局、何があったのかは話してもらえない。自分の立ち位置は、その程度なのだからしょうがないのだろう。少しばかり寂しさも感じるけれど、疲れたときに自分の施術を受けに来てくれるだけでも嬉しいのだからそれ以上求めるのも筋違いだろう。
そうやって、また自分の気持ちや一人に対しての感情に蓋をした。