一人になれる空間が鷹は好きだった。
教室は騒がしくて、誰かに話しかけられることもあるから本を読むのには不向き。それでも学校に居る間は、主な読書場所は教室だった。
最近大和に案内してもらったこの屋上は、教室よりも静かで空が近い。晴れてるときと人が居ない時間に鷹は何度か足を運んでいた。教室よりも静かで一人になれる空間なのが好きだった。風が強いときは本が駄目になるので諦めることも何度かあったけれど、いつもと違う場所というのはそれだけで気分が違う。
今日は朝練がなかったので、いつもと同じ時間に来てこの屋上に足を運んでいた。空は青くて陽も出てる。読書をするにはもってこいだ。
屋上の周りにある柵へと背中を預けて、鷹は座る。走りこみは学校に来る前に終わらせているから、今日は読書をしようと決めていた。この時間の屋上は人が居ないからだ。吹奏楽部が放課後使ったりもするが、朝から使う人や部活は早々居ない。鷹は広い屋上の中、一人で座り込んで本を開く。
この間借りた本。借りてから授業の課題が幾つか出てしまったので、あんまりページ数は進んでいなかった。早く読んで、早く返したい。
早く、先輩に逢いたい。
その気持ちが今は一番強いかもしれない。でも、読書も好きだから本はきちんと読むし内容も理解している。
元々そんなに時間がかからないような本を選んでいたから、今日この時間だけで読みきれるかもしれない。鷹は集中して読み進めた。時折吹く風に注意しながら、本のページをどんどん捲っていく。
今借りている作者の本は、ミステリー系統が主だが中々展開が読めない。けれども王道ストーリーも何個か書いてるので、才能だろう。豊富な語彙で誤魔化している、パッと見難解そうな本よりもこういう本の方が読んでいて充実している。頭が活性化されているのは嫌々難解な字を読み進めるよりも、絶対こっちの方が良いだろうと鷹は思う。実際面白い。本は乱雑に読むが、それでもやはり自分が面白いと思った本を読むのは一等好きだった。
その作者はあとがきは書かなかった。本編の最後のページを捲って、奥付が出てきたところで鷹は本を閉じた。
一息ついて、時計を見る。あと10分あった。良かったギリギリだ。
ふと、空を見上げる。白い雲が流れて青い空が広がっている。グランドで見る空も広いが、屋上から見る空の方が高さがある分やはりもっと広く感じる。今日も快晴だった。放課後の練習の時間でも暑くなりそうだ。今日は朝練が無かった分タオルは1枚しかない。足りれば良いなあとぼんやり思う。
手に持っていた本をまた見つめて、鷹は図書室の先輩が今何の本を読んでいるのだろうと気になった。
先輩の好みの本は何だろうか。恋愛小説とか、ファンタジー物とかも読んでそうな気がした。何の本を、読んでいるのだろう。どんな本が、好きなのだろう。
先輩の名前も、学年も、そういう好みのことも知らない。自分は知らないことばかりだ。先輩は自分の名前を知っているけれど。
もしも、自分が先輩のお薦めを聞いたら、教えてくれるだろうか。
鷹は本の表紙を指でなぞる。特に意味はなかった。図書室の本だから全部同じ透明なカバーが付けられている。本に直接貼っているから、時折空気が入っている下手くそなカバーの付け方もある。図書室の本はそこがあまり好きではなかったが、言ってもしょうがないので鷹は気にしないようにしていた。
先輩のお薦めを教えてもらえるなら、それを今度借りてみたい。先輩が面白いと思った本を、読んでみたい。知りたかった。先輩のお薦めだったら、カバーが汚い本でも喜んで手に取って読み進めるのだろう。
鷹は本を持ち、腰を上げる。ああ、1限が始まるまであと8分。1年の教室まではちょっと遠いから、早足で歩こう。
今日は先輩が図書当番の日だ。昼休みに本を返して、また借りよう。
早く、先輩に逢いたい。