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試験とは別に学校全体でテストみたいなことをすることが、帝黒学園ではある。漢検や英検のテキストを使って、学校全体で小テストのようなことをするのだ。聞いた話によると毎回満点だと賞金も出るとか。…まあ高校生なので図書カード500円とかそこらだろうけれど。
その学校全体で行う小テストの日は、何処の部活も朝錬がなかった。朝の時間にそのテストを行うからだ。部活のせいで遅れたという言い訳ができないようにするために、月に2回決まった日に何処の部活も朝錬はしないように徹底していた。因みに学校での自主練も禁止に近い。意外と学業にも力を入れているのは鷹も入ってから知ったことだった。スポーツにしか興味なかったけれど、まあ別に鷹にしたら問題はなかった。

今日は漢字テストのほうだった。読みはテキスト流し読みで何とかなったし、書きもそこそこ練習したから多分何とかなるだろう。取れるなら100点は目指すが、別段取れなくても問題はなかった。部活のほうが秤が上で、身体を動かしているほうが楽しいからがっつくほど勉強する気はなかった。あと勉強するよりも本を読んでいたい。

一般生徒と同じ時間の登校はまず電車が混む。それが鷹は嫌だった。電車の中で禄に本も読めない。開くことすらできないという状況が嫌だった。けれども朝錬できなくて自主練もできないなら自宅でトレーニングをするしかない。そうしたら自然と登校時間が一般生徒と一緒になってしまうのである。しょうがないのは解っているけれどやっぱり混むのは嫌だった。

そんなことを歩きながら考えた。学校近くになると、更に帝黒学園の生徒でごった返していた。…だからあんまり鷹はこの時間に登校したくない。歩きにくい。
ちょっと視線を上げて、そこでやっと気付いた。ちょっと前を歩いているのは、多分、あの人だ。
…朝から先輩の姿が見れるのは凄い運かもしれない。知らず、口を真一文字に結び直した。
このタイミングなら、自分が先輩の名字を呼んだって不都合もないし、自然な流れだろう。そんな計算を何故だか頭の中でして、鷹は少しだけ大股で歩いてわざわざ先輩の横に立った。先輩は当然のように自分より小さい。極一般的な身長であろう先輩は、自分の肩ほども背丈がなかった。
先輩の横に立つ直前で、声をかける。

「…先輩、おはようございます」
「え、あ。おはよー」

ドキドキした。
初めてのクラスメイトですらこんなにも緊張はしなかった。したことがなかった。別に一人でいるのにも慣れているし、躍起になって友人を作るつもりもなかった。

…好きな人だからって、こんなにも変わるものなのか。自分が結構普通の人間だったことに気付く。意外と超人というか一般的ではないということは解っていたので、よく読む本などの登場人物のようなことに自分がなっていることに驚きを隠せなかった。いや目の前の人には隠しているけれど。
そのまま鷹は先輩の隣に立ち、軽い話をしながら歩いた。

「運動部って、こういうテスト勉強とか大変だよね」
「…そうでもないですよ?」
「えー」

今日のテストの話をして、勉強してるとかそんな話をしていたら直ぐに校舎に着いた。

「じゃあね、本庄君」
「はい」

頭を下げて、別れる。ちょっとだけ鷹は先輩のその自分とは違う小さな背中を目で追った。当たり前だがよくみる部活仲間(特に大和とか)と比べると随分小さくて細い。花梨と同じ…いや、花梨も最近ちょっと筋肉付いてきたし、何より部活中はユニフォームのせいで一回りくらい大きく見える。それらに比べたら、随分小さいその背中を、見送る。

(…頑張ろう)

何だか凄い舞い上がっている気分だった。父親に勝ったときとは、また違う高揚感。何でこんな風に話しているだけで幸せだと思っているのか。自分の幸せはちっぽけで安上がりだった。それでも鷹は朝から先輩に会えて先輩の名字をやっと呼ぶことができて、あまつさえ軽い世間話をして歩くことができたのだから何だかもう今日は自分の運を使い切った気がした。

けれども、今日は満点を取れそうな予感がした。