今日の朝、本庄君に名字を呼ばれた。
何回か話したことはあるけれど、名字を呼ばれたのは初めてだった。
(…あの子、私の名前ちゃんと知ってたんだな…)
失礼なことを考えた。
けれども、今まで何度か話していて、名前を呼ばれたことはなかった。こちらから呼ぶことばかりだからかもしれない。数回話をしていて本庄君は私の名前を知らないんじゃないかと思っていたのだ。
話はするけど名前とか全く知らない、というのはこういう大きな学校だったらよくあったりする。寧ろ近所の人とかそうだ。挨拶はするけど名字は知らないっていうのが、結構ある。…いやでもアレはあっちが自分のことを知っているのか。近所の人たちは自分のことを子どもの頃から知っているわけだし。
それと似たようなことだと思っていた。まあ、知らなくても聞かれたら答えれば良いし、知らないままで彼が良いのならそれだけのことだった。自分自身が彼の名前を知っているから、呼び止めることに困ることもない。
そもそも図書室以外では廊下くらいでしか接点はない。図書室で会うのも週に2回程度なので、別段これからも困ることはないだろう。
そう思っていたけれど、今日の朝登校途中で呼び止められた。
恒例の漢字テストの日で、ちょっとだけ憂鬱になっていた朝だった。ああ嫌だ。今回あまりきちんと勉強していない。テキストを見て読めるから書けるだろうと思っていたのだが、本腰入れて勉強し始めたら8割方読めるけれど全く書けなくて唖然としたのが昨日の夜だった。特に四字熟語とか知らない語彙が多すぎる。そして読めないし書けない。こんなの日常で使うのかと叫びたくなるが、それを言ったら高校までの勉強なんて大体必要あるかどうかなんて微妙だ。
そうして軽くため息をついた。直後にあまり聞きなれていない声で呼び止められる。
「…先輩、おはようございます」
「え、あ。おはよー」
横に立っていたのは綺麗な銀髪の、本庄君だった。やっぱり背が高い。羨ましい。それと今日も髪の毛が綺麗だ。
初めて名字を呼ばれて、ビックリした。でもそんなこと表に出したら失礼だろうから普通の態度で接していた。…はずだ。結構驚いているのは確かだった。多分知らないんだろうと思っていたけれど、今更自分を紹介するのは面倒くさいし恥ずかしいと思っていたからだ。知っていたのにビックリした。
学校までの短い距離を、並んで歩く。足が長いのに本庄君は足並みを揃えてくれた。
漢字テストの日だから、あのアメフト部も練習はないだろうけど、自主練とかしてるのだろうか。ギリギリまで部活の練習をして、テスト勉強をするってのも大変だろうなあと思った。だからこそ運動部の人たちの成績は芳しくない人が多いのかもしれない。
「運動部って、こういうテスト勉強とか大変だよね」
「…そうでもないですよ?」
「えー」
多分自分では、無理だろう。帰宅部なのに既にこの体たらくだ。うん、しょうがない昨日面白いテレビやってた上に借りた本が面白かったからだ。元々の頭の問題もあるのかもしれないけれど。
やっぱりこの子頭良いんだな。パッと見インテリっぽいのは伊達じゃなかった。読書好きだし、国語と英語とか成績飛びぬけてそうだと勝手に考えた。
そういうどうでも良い日常のことを軽く話して、昇降口まで辿り着いた。1年と2年は靴箱の位置が違うから、そこで別れる。
「じゃあね、本庄君」
「はい」
そうして自分の靴箱から上履きを取り出した。
後輩君に負けないようにちょっと教室で最後の悪あがきでもしてみようかと思う。